歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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今川義元墓

写真:桶狭間古戦場にある今川義元の供養塔

昨日は関東一円で激しい雷雨があった。

川崎では雹も降ったようだ。→この記事

初夏なのに、氷みたいな雹なんてと思ったが、雹は夏の季語なんだとわかって納得。

雹といえば、桶狭間合戦が思い出される。
信長が今川義元の本陣を攻撃する直前、突然雷雨が起こり、雹が降った。『信長公記』には次のように書かれている。

俄に急雨(むらさめ)石氷を投打つ様に、敵の輔(つら)に打付くる。身方は後の方に降りかゝる。

引用中の「石氷」が雹のことだと言われている。
「急雨」が昨日のような雷雨だろう。

この「石氷」が今川方には不運にも顔に当たり、織田方には幸運にも背中から降ってきた。このときの風向きが勝敗を分けたという。

さて、桶狭間合戦があったのは、永禄3年5月19日である。
これを西暦換算したところ、1560年6月22日だとわかった。
昨日の雹とかなり近い日であることが判明した。

同日か2,3日違いだったら、もっと劇的だったが、そういうわけにはいかなかった(笑)。
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【2007/06/01 00:55】 | 信長
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