歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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昨夜、渋谷区某所の薩摩郷土料理屋で、鹿児島の県人会の方々と会合。

おいしい薩摩揚げ、豚骨、黒豚しゃぶしゃぶをいただき、焼酎を楽しむ。焼酎も鹿屋か大崎だったか、新発売のものを試飲させていただく。

会合といっても、よく趣旨がわからなかったが、とにかく県人会に協力してほしいということだろう。さしあたっては、会員を集めた講演会をという話だった。

これまでいくつかある県人会関係の団体には一度も出席したことはない。今回もたまたまよく参加する薩摩の会の関係者からのお呼びだったのと、少人数での会だというので出かけたもの。
果たして具体的な話になるのかどうか、しばらくは模様眺めだろうか。
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【2007/08/14 18:45】 | 雑記
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ぼっけもん新聞
熱しやすく冷めやすい。それが鹿児島人の悪いところです。最近は、大久保公のように国のためを思う一心を貫き通す薩摩人が減ったように思います。熱き心は必要ですが、それを持続させる冷めた心も必要です。このバランスに欠くと「言行一致」にはなりにくいと思います。
私も薩摩人として「郷中教育」」の教えである「嘘をつかない」を体言できればと、精進しております。
講演会が決まりましたら、お誘いください。
楽しみにしています。

熱しやすく
桐野
ぼっけもん新聞さん、こんにちは。

熱しやすく冷めやすいというのは、薩摩人だけでなく、日本人全体がそんな気がしますね。

郷中教育は美徳の面もありますが、「議をいうな」精神では果たしてどうかとも思います。そのままではなく、時代に即してイノベーションしないといけないかもしれませんね。


ぼっけもん新聞
「議をいうな」といわれる郷中教育ですが、「舎の者と議論を行い己を高めるていた」という記述を読んだ気がします。これは「議」ではないのでしょうか。以前より疑問なのです。
本来、「議をいうな」とは「言動が一致しない口先だけの者」に対して使われていたのではないのだろうか、と推測しています。私は幼い頃より「議をいうな」と言われ育ってきました。「相手を黙らせる最強の呪文」のように連呼する人が多かったですが、そのような方にかぎって「謙虚な姿勢に欠けていた」気がします。「議」を行うことにより「洗練された思考」を身に付けることが可能だと思うので、単純に「議をいうな」精神だけでは問題でしょうね。

議をいうな
桐野
ぼっけもん新聞さん、こんにちは。

>本来、「議をいうな」とは「言動が一致しない口先だけの者」に対して使われていたのではないのだろうか、と推測しています。

本来はそういう趣旨といいますか、議論よりも実践が大事だという意味だったのかもしれませんが、結局、年長者や上位者の年少者・下位者への優位を示す手段、言論封殺の手段になったのは否めませんね。
たとえば、西南戦争でも、挙兵反対論や自重論に対して、この言葉が発せられ、悲惨な結末を招いています。

ですから、そのような精神風土の再現にならないよう注意が肝要かと存じます。


無名戦士
今でもありますね。例えば西郷さんにマイナスな私学校生による挙兵反対論者虐殺の史実などの話題は封殺されますからね。

私学校
桐野
無名戦士さん、初めまして。

仰せの通り、西南戦争の暗部はあまり取りあげられておりませんね。
大久保政権の挑発によって、やむをえず起ったという歴史観が主流ですが、果たしてそうでしょうかね。

鹿児島士族間の矛盾や対立などにも目を向けるべきですね。とくに城下士(私学校)による差別的な郷士支配という面を無視してはならないと思います。




ぼっけもん新聞
上記の意見のとおりです。本来の意味であったであろう「議をいうな」は結局、上位者が下位者への優位を示す言論封殺の行為になってしまったことは、事実だと思います。



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コメント
この記事へのコメント
熱しやすく冷めやすい。それが鹿児島人の悪いところです。最近は、大久保公のように国のためを思う一心を貫き通す薩摩人が減ったように思います。熱き心は必要ですが、それを持続させる冷めた心も必要です。このバランスに欠くと「言行一致」にはなりにくいと思います。
私も薩摩人として「郷中教育」」の教えである「嘘をつかない」を体言できればと、精進しております。
講演会が決まりましたら、お誘いください。
楽しみにしています。
2007/08/14(Tue) 21:49 | URL  | ぼっけもん新聞 #-[ 編集]
熱しやすく
ぼっけもん新聞さん、こんにちは。

熱しやすく冷めやすいというのは、薩摩人だけでなく、日本人全体がそんな気がしますね。

郷中教育は美徳の面もありますが、「議をいうな」精神では果たしてどうかとも思います。そのままではなく、時代に即してイノベーションしないといけないかもしれませんね。
2007/08/15(Wed) 18:55 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
「議をいうな」といわれる郷中教育ですが、「舎の者と議論を行い己を高めるていた」という記述を読んだ気がします。これは「議」ではないのでしょうか。以前より疑問なのです。
本来、「議をいうな」とは「言動が一致しない口先だけの者」に対して使われていたのではないのだろうか、と推測しています。私は幼い頃より「議をいうな」と言われ育ってきました。「相手を黙らせる最強の呪文」のように連呼する人が多かったですが、そのような方にかぎって「謙虚な姿勢に欠けていた」気がします。「議」を行うことにより「洗練された思考」を身に付けることが可能だと思うので、単純に「議をいうな」精神だけでは問題でしょうね。
2007/08/16(Thu) 02:44 | URL  | ぼっけもん新聞 #-[ 編集]
議をいうな
ぼっけもん新聞さん、こんにちは。

>本来、「議をいうな」とは「言動が一致しない口先だけの者」に対して使われていたのではないのだろうか、と推測しています。

本来はそういう趣旨といいますか、議論よりも実践が大事だという意味だったのかもしれませんが、結局、年長者や上位者の年少者・下位者への優位を示す手段、言論封殺の手段になったのは否めませんね。
たとえば、西南戦争でも、挙兵反対論や自重論に対して、この言葉が発せられ、悲惨な結末を招いています。

ですから、そのような精神風土の再現にならないよう注意が肝要かと存じます。
2007/08/17(Fri) 13:56 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
今でもありますね。例えば西郷さんにマイナスな私学校生による挙兵反対論者虐殺の史実などの話題は封殺されますからね。
2007/08/17(Fri) 16:25 | URL  | 無名戦士 #-[ 編集]
私学校
無名戦士さん、初めまして。

仰せの通り、西南戦争の暗部はあまり取りあげられておりませんね。
大久保政権の挑発によって、やむをえず起ったという歴史観が主流ですが、果たしてそうでしょうかね。

鹿児島士族間の矛盾や対立などにも目を向けるべきですね。とくに城下士(私学校)による差別的な郷士支配という面を無視してはならないと思います。

2007/08/17(Fri) 18:13 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
上記の意見のとおりです。本来の意味であったであろう「議をいうな」は結局、上位者が下位者への優位を示す言論封殺の行為になってしまったことは、事実だと思います。

2007/08/18(Sat) 00:13 | URL  | ぼっけもん新聞 #-[ 編集]
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