歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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南日本新聞「さつま人国誌」第22回
―藩外人ながら薩摩藩士―

右下のリンク欄からご覧になれます。

先日、南日本新聞でJR鹿児島中央駅前の「若き薩摩の群像」から除外された2人(高見弥一・堀孝之)の銅像を完成させようという趣旨の会が発足したことが報じられた。

私も以前、拙ブログでこの問題に触れたことがある。ここです。

この銅像は慶応元年(1865)の薩摩藩英国留学生の記念碑だが、2人だけ除外されたのは「薩摩藩士ではない」という理由から。
このこと自体、開いた口が塞がらない狭量というべきだが、今回のコラムでは2人が藩外出身者ながらも、薩摩藩士だったことを実証する史料を紹介した。とすれば、当初の基準に該当するわけで、除外する理由にはならないことになる。
当時、これらの史料が明らかになっていなかったという制約はあったにせよ、藩外人だから除外するという考え方が、140年前のこの青年たちの雄図に比して、どれだけちっぽけに見えることか。

今回、急に銅像追加再建の動きが出てきたのは、島津本家の当主が動いたということもあろう。
何より、来年の大河ドラマを意識した動きではないかと思われる。来年は観光客が増えるのは間違いない。
鹿児島の玄関口である鹿児島中央駅を降りるとすぐ目の前にある銅像が、薩摩の排他性、独善性の象徴ではないかと、県外に流布されてマイナスイメージが広がったらたまらんという思いがあったのではないかと憶測する。

動機はともあれ、除外された2人のためにも喜ばしい動きである。
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【2007/09/01 17:40】 | さつま人国誌
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喜ばしいですが・・・
かじやちょう
かじやちょうです。

飲み会の席では、この二人のことは良く話題にしていましたね(笑)。鹿児島人の感覚は退行しているのでは?という情けない気持ちで一杯でした。
今回、二人の銅像を追加するというのは喜ばしいことですが、最初から抜いてはいけない人達ですから、私の中での評価はプラスにはなりません。むしろ、島津の本家が動いたからとか、大河ドラマ対策とか、一体いつまでそんなことをやっているのか・・・県民のレベルを上げる方が先決かなという印象が強くなりました。
ちょっと辛口ですが、鹿児島が好きなだけに、他地域の人にも納得できるような価値基準をもってほしいです。

退行、退歩
桐野
かじやちょうさん

辛口コメント有難うございます。
仰せの通りだと思いますね。

今回の一件にしても、島津家が動けばニュースになるというのが何とも。今でも、島津家や西郷頼りだということでしょうかね。ふつうの市民の声がもっと形にならないのかという気がしますが。

深読みすれば、この銅像問題が全国ニュースになると、鹿児島全体が大恥をかくだけでなく、観光客の減少にもつながりかねません。長期的に見れば、鹿児島にとって不利益だと思いますがねえ。

何というか、19人のメンバーからわざわざ藩外人を排除するという手続きを「有識者会議」を経て決定したというのですから、その内向きの姿勢と不見識には恐れ入ります。こんなやり方が県外でも通用する理屈だと思っているんですかね。

最近は、わが国の国内問題もアッという間に世界に広まります。国内の一部でしか通用しない特殊な議論など、たちどころに粉砕されるご時世だというのにと思います。

かつて、島津斉彬の時代に対外的危機に非常に敏感で、集成館事業を興すなど、危機への積極的かつ合理的対応をした薩摩人と、現代の鹿児島人を比較してみれば、かじやちょうさんのご指摘も無理もありません。

幕末薩摩は日本の南の玄関口で情報発信できる先進地域という認識があったのに、現代鹿児島はまさにわが国の僻地なんでしょうかね。

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コメント
この記事へのコメント
喜ばしいですが・・・
かじやちょうです。

飲み会の席では、この二人のことは良く話題にしていましたね(笑)。鹿児島人の感覚は退行しているのでは?という情けない気持ちで一杯でした。
今回、二人の銅像を追加するというのは喜ばしいことですが、最初から抜いてはいけない人達ですから、私の中での評価はプラスにはなりません。むしろ、島津の本家が動いたからとか、大河ドラマ対策とか、一体いつまでそんなことをやっているのか・・・県民のレベルを上げる方が先決かなという印象が強くなりました。
ちょっと辛口ですが、鹿児島が好きなだけに、他地域の人にも納得できるような価値基準をもってほしいです。
2007/09/02(Sun) 11:33 | URL  | かじやちょう #-[ 編集]
退行、退歩
かじやちょうさん

辛口コメント有難うございます。
仰せの通りだと思いますね。

今回の一件にしても、島津家が動けばニュースになるというのが何とも。今でも、島津家や西郷頼りだということでしょうかね。ふつうの市民の声がもっと形にならないのかという気がしますが。

深読みすれば、この銅像問題が全国ニュースになると、鹿児島全体が大恥をかくだけでなく、観光客の減少にもつながりかねません。長期的に見れば、鹿児島にとって不利益だと思いますがねえ。

何というか、19人のメンバーからわざわざ藩外人を排除するという手続きを「有識者会議」を経て決定したというのですから、その内向きの姿勢と不見識には恐れ入ります。こんなやり方が県外でも通用する理屈だと思っているんですかね。

最近は、わが国の国内問題もアッという間に世界に広まります。国内の一部でしか通用しない特殊な議論など、たちどころに粉砕されるご時世だというのにと思います。

かつて、島津斉彬の時代に対外的危機に非常に敏感で、集成館事業を興すなど、危機への積極的かつ合理的対応をした薩摩人と、現代の鹿児島人を比較してみれば、かじやちょうさんのご指摘も無理もありません。

幕末薩摩は日本の南の玄関口で情報発信できる先進地域という認識があったのに、現代鹿児島はまさにわが国の僻地なんでしょうかね。
2007/09/02(Sun) 14:01 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
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