歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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台風の中、信長研究者の谷口克広氏と久しぶりにお会いする。
以前よりお元気そうで安堵。

さっそく情報交換などする。
最近取り組まれている織田一族の新作について、系図まで含めて教えていただいたが、なかなか頭に入らない。永禄11年(1568)の信長上洛以前はどうも鬼門だ。今後、その鬼門のほうを手がけなければならないのだが、さてどうなることやら。

桶狭間合戦について、信長公記の解釈や史料的な限界についてほとんど意見が一致したが、義元本陣をどこに想定するかについて、谷口氏の個人的見解をうかがって、なるほどと思った。信長公記の記述と矛盾しない。ただ、天理本首巻とはどうか多少気になった。また今川軍前衛部隊の位置がどこだったかについても議論した。
それと、織田方の千秋四郎・佐々隼人正の最初の所在地とその後の所在地、なぜ無謀な突撃を敢行して玉砕したのか、藤井尚夫説と天理本でほぼ明らかにできるのではないかという点で意見が一致した。

北海道にお住まいなので、図書館が充実しておらず、史料探しが大変だという苦労話もうかがう。私の蔵書で手伝えることがあったら、と申し出た。

4時間近く話し込んだが、さすがに台風が気になって散会した。
帰路、駅から自宅までが大変だった。
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【2007/09/07 13:08】 | 雑記
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