島津久光が晩年住んだ玉里邸の庭園南日本新聞サイト本日付の記事。
詳しくは
ここです。
重富島津家(越前島津家)は島津一門家(四家)のひとつ。
徳川御三家に相当する。
島津久光が一時期、養子入りして当主(当時、忠教)になったことがある。
久光の2代前の当主忠貫の時代、文化年間(19世紀初め)の奥祐筆の日記が、鹿児島大学附属図書館の玉里文庫から見つかった。久光所蔵の書籍の裏打ち紙になっていたという。
玉里文庫は久光の玉里邸にあった文庫のこと。貴重な古文書や古典籍を所蔵していた。『玉里島津家史料』全10巻でも有名。現在は鹿児島大学の所管。
さっそく、重富島津家の現当主晴久氏に電話したら、まだご存じなかったので、記事を送る。
晴久氏によれば、重富島津家の奥向きがわかる史料は皆無だったので、貴重ではないかとのコメントあり。近いうちに帰鹿したら見てきたいとのこと。