歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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最近、ちょっとはまっているのが、時代劇専門チャンネルで再放映している表題のドラマ

直木三十五『南国太平記』を、市川森一が脚色したもの。
幕末薩摩藩のお由羅騒動を中心に描いた作品である。NHKが1979~80年にかけて放映した。もう30年近く前の作品である。

主人公は仙波小太郎(勝野洋)だが、やはり、変幻自在の活躍をする益満休之助(西田敏行)が異彩を放つ。

主なキャストは、島津斉彬が津川雅彦、お由羅の方が南田洋子、調所笑左衛門が中村伸郎である。とくに中村伸郎の薩摩弁が味があってよい。熟練で権謀の家老役に打ってつけである。

見ていて気づいたのは、必ずしも単純な善悪二元論に立っていないことである。
一方で、斉彬の家臣使い捨てや幕閣の阿部正弘と結んだ謀略もちゃんと描いているし、他方で、調所の財政改革の苦労ぶりも描く。また呪詛調伏の兵道家、牧仲太郎(柳生博)の兵道家としての意地も共感的に描かれている。

可憐なる紅一点は、やはり小太郎の妹役で出ている故・夏目雅子である。調所と結んだ大阪の蔵元、薩摩屋に潜入する間諜役。その儚げで愁いに満ちたまさざしが印象的である。

この頃の時代劇は雰囲気があり、チャラチャラしていなくて重厚で、役者がいかにも役者然としていて、安心して見ていられる。

と褒めるだけ褒めながら何だが、このドラマの原作には、以前から抱いていた素朴で根本的な疑問がある。益満休之助のことだ。

たとえば、昨日の放映分は、島津斉彬がまだ世子の頃で、お由羅騒動前夜の時期である。斉彬の長男寛之助が夭折した直後だから、嘉永元年(1848)前後である。

ところが、斉昭の密偵として活躍している益満休之助は天保12年(1841)生まれである。どう考えても年代が合わないのだ。
直木三十五がこの作品を書いた時点で、益満の生没年を知らなかったわけでもあるまい。それでも、あえて年代を無視して重要な役どころにしたのはなぜなのだろうか。これが以前から解けない疑問である。
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【2007/10/14 12:01】 | 雑記
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南国太平記
調所
私も南国太平記は世間で言うほどご先祖のこと悪く書いてないと思います。伝わり方は悪家老でしたが。祖父広良が鹿児島から笑左以降の墓を、まだ鹿児島にも家があったのに東京の九品仏に持ってきたのが昭和六年七月でした。南国太平記のヒットが前年なのが何かを物語っていそうではありますが。

時期が一致?
桐野
調所さん、こんばんは。

南国太平記はベストセラーになったらしいことは知っていますが、何せ戦前のことなので、感覚的によくわかりません。
でも、調所さんの家で、墓を移した時期と重なっているのは単なる偶然ではないのかもしれませんね。

いやはや、すごい話です。

ドラマでも、ご先祖は悪人というよりも、陰影のある、静かな使命感に燃えた人物に造形されていて、知的なインテリ役が似合った中村伸郎がいい味を出していますけどねえ。


秘剣
9/22に鹿児島福昌寺の笑左墓前にて、演武を奉納してまいりました。調所家につたわり、縁あっていま手元に置かせていただいている波平にての抜刀です。
その縁がなければ、薬丸流の復興はなかったといっても過言ではありません。長いそして深い縁に感謝しています。
来年の大河、平幹二郎の笑左が、ちゃんとバランスをとった描写になるように願っているところです。


調所
秘剣さん、有難うございました。福昌寺の墓は平成十三年に九品仏浄真寺から分骨改葬したものなんです。今後とも宜しくお願い致します。

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南国太平記
私も南国太平記は世間で言うほどご先祖のこと悪く書いてないと思います。伝わり方は悪家老でしたが。祖父広良が鹿児島から笑左以降の墓を、まだ鹿児島にも家があったのに東京の九品仏に持ってきたのが昭和六年七月でした。南国太平記のヒットが前年なのが何かを物語っていそうではありますが。
2007/10/14(Sun) 18:12 | URL  | 調所 #-[ 編集]
時期が一致?
調所さん、こんばんは。

南国太平記はベストセラーになったらしいことは知っていますが、何せ戦前のことなので、感覚的によくわかりません。
でも、調所さんの家で、墓を移した時期と重なっているのは単なる偶然ではないのかもしれませんね。

いやはや、すごい話です。

ドラマでも、ご先祖は悪人というよりも、陰影のある、静かな使命感に燃えた人物に造形されていて、知的なインテリ役が似合った中村伸郎がいい味を出していますけどねえ。
2007/10/14(Sun) 21:57 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
9/22に鹿児島福昌寺の笑左墓前にて、演武を奉納してまいりました。調所家につたわり、縁あっていま手元に置かせていただいている波平にての抜刀です。
その縁がなければ、薬丸流の復興はなかったといっても過言ではありません。長いそして深い縁に感謝しています。
来年の大河、平幹二郎の笑左が、ちゃんとバランスをとった描写になるように願っているところです。
2007/10/15(Mon) 12:40 | URL  | 秘剣 #-[ 編集]
秘剣さん、有難うございました。福昌寺の墓は平成十三年に九品仏浄真寺から分骨改葬したものなんです。今後とも宜しくお願い致します。
2007/10/15(Mon) 13:34 | URL  | 調所 #-[ 編集]
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