>極端に鍔の小さい拵えの刀剣を用いるのが特徴である。つばぜり合いを拒絶し、一撃必殺を狙う攻撃的な剣法だから
豆知識入手(笑)。
なるほど、薩摩拵の鍔にはそんな謂れがあったんですか。
以前、鹿児島市内の書店で、薩摩拵について書かれた書籍を図版(写真)と一緒に眺めていたさい、些か不思議に思っておりましたが、これで疑問氷解です。
>「青山白雲」の一節
上の件の一節は、龍馬と小楠の会談が”ケンカ別れ”に終わったとする史料が強調されるにおよんで、最近はこの談話自体、引用の度合いが目減りしたかの印象がありますね。
長州処分における意見の対立からケンカ別れ終わったとする結末以外、史料と談話もさほど矛盾する箇所があるとも思えないので、私個人としては相応に信頼できる内容かと思っとります。
追伸:先日「入薩記――坂本龍馬の場合」に書き込みました当方のコメント。「管理者にだけ表示を許可する」にチェック入れてしまったため、ウェブ上には表示されていないみたいですね。パスワードを「管理者にだけ表示を許可する」のかと思ってチェックを入れてしまいました(笑)。申し訳ありません。
松裕堂さま
コメント有難うございます。
薩摩拵はほかにも柄が長くて面白い反り方していることなど、いろんな特徴があります。一撃で相手を倒す工夫がなされているようです。
友人の調所一郎氏に『薩摩拵』(改定増補版、里文出版、2004)という専門的な著作があります。
このときの龍馬と小楠の会見で、小楠が「乱臣賊子になるなかれ」と龍馬に告げたというときのものですよね。
何というか、捨てぜりふ的にも聞こえます。
このときの二人の意見の相違は長州処分をめぐる評価だったわけですか。
龍馬が長州復権論で、小楠が時期尚早論という感じでしょうか?
あるいは、龍馬が薩摩藩に接近しすぎだと警鐘を鳴らしたものでしょうか。
別件にもコメントをいただいたとのこと。管理者だけが見られるということだったのですが、どうすれば見られるのかよくわかりませんでした。でも、何とか見られました。
松裕堂さんは龍馬が歩いたあのルートを辿ろうとされたのですね。何の変哲のない道です(笑)。
でも、途中に薩摩焼の里があったり、島津義弘ゆかりの妙円寺があったりします。
いま、うちの郷里は鶴が乱舞してます。