歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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本日、フジTVのお昼の有名な某バラエティ番組に出演。
何せ、ここ何年も観たことがない番組で、私にとっては、無縁の世界だと思っていましたが……。

「偉人たちの大好物」というクイズコーナーで、天璋院篤姫が取り上げられることになり、なぜか私に白羽の矢がたち、出題者兼解説者として出演と相成った次第。
出題内容はやや不本意。スタッフ側と意見が少し違った。個人的には鹿児島の味が懐かしい篤姫(鹿児島の赤味噌がないと食事を摂らないという有名な手紙がある)にしたかったのに、江戸のグルメ女王になってしまいました(笑)。

じつは、前フリで赤味噌にも触れるという段取りでしたが、時間が押してしまい、結局、タモリに端折られました(泣)。
打合せの半分もしゃべらせてもらえませんでしたが、ボロが出なくてよかったです。

朝早くから拘束され、リハーサルまであって疲れましたが、いい経験だったかも。

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【2008/01/30 19:46】 | 雑記
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え!ご出演ですか?
武藤 臼
おめでとうございます?!
あるい、はお疲れさまでした
さすがに検索かけても笑っていいともの動画をアップしている人は見つかりません。

録画されてませんか?(^^;

慶祝 初?全国ネット登場
ばんない
といっても、私も「いいとも」全然見てなかったので全くノーマーク。どうしてここで予告して下さらなかったんでしょうか(^^;)
大河に民放も便乗したい気持ちは分かるけど、江戸のグルメ女王って、なんでそういうことになっちゃったんでしょう。もしかして、大奥再現料理試食会でも番組中にあったんでしょうか?

篤姫が赤味噌が好物とは驚きました。鹿児島の名産は麦味噌ですが、現在販売されている物の色は白っぽいですよね。昔は違ったのでしょうか。また、現在東京のスーパーで一番売れ筋なのは信州味噌かと思いますが、鹿児島の麦味噌はそれとはかなり違うタイプの味噌ですので、篤姫としてはつらかったのでしょう。まあ、今の時代でも味噌の違いとかしょうゆの違いは結構ハードルになりますが。そういう私も東京のスーパーで売れ筋らしい「○○ちゃん味噌」が苦手です(苦笑)

別件ですが
>何かいいことでもありましたか
いいえ(爆)
NHKスタッフがアレの意味が分かるレベルなら『篤姫』あんな事になってなかったでしょうね…来週は更に加速して「楽しい」展開になりそうですが。ただ、歴史物でラブコメしたかったなら、覚悟が出来ていた来年のネタでやってくれ、という気分ではあります(苦笑)。ちょっとあの話をあのキャストでするのは宝の○○○○というか…

菓子
調所
菓子については私も先日、かるかんの明石屋のホームページを見たという人から、現存最古の注文書は弘化四年に調所から出されたものだそうだが、第二回放送で調所が食していたのは、かるかんですか?と尋ねられました。当時のは黒糖を使ってたので黒っぽかったそうです。

篤姫の好物
ばんない
赤味噌の謎、自己解決しました
『家庭画報』3月号に「篤姫の好物」として登場しています。写真掲載されていたのはキンコー醤油製でした。豆味噌ではない赤味噌とは驚きました。おそらく、三河伝来の将軍家伝統の八丁味噌もつらかったんでしょうね(苦笑)
あと、これをおそらく桐野さんは言いたかったのかも知れませんが「ビワ」の話も出ていました。あと何とかの蜂蜜づけも好物だったと書いてありましたが、それは失念。

『家庭画報』のほうには先日、『南日本新聞』に掲載された「島津斉彬新藩主お国入り」の際の復元宴会料理の写真もかなり大きく載っています。新聞の方は話だけだったので想像が付かなかったのですが、実際、かなり派手な本膳料理だったようですね。最も本膳料理はほとんどは眺めるだけで折に詰めて持って帰るのですが。
それには「斉彬が菓子好きだったので菓子の種類が非常に多い」とも書かれていましたが、斉彬も徳川家茂と同様に全部の歯が真っ黒になるほど「やられてた」んでしょうか…(汗)

かるかん
桐野作人
調所さん、こんばんは。
かるかんのいちばん古い注文書は調所家のものですか。すごいですね。弘化四年(1847)といえば、調所が亡くなる前の年ですね。明石屋というお店はよほどの老舗のようですが、鹿児島でいちばん古いかるかん屋さんなんでしょうか?

蜂蜜漬
桐野作人
ばんないさん、どうも。

家庭画報ですか。縁がない雑誌ですが、買ってみようかと思います。最新号でまだ本屋に並んでいますよね。

蜂蜜漬は、茘枝(ライチー)とそれによく似た龍目(「りゅうがん」と読むらしい)だと思います。
どうも琉球経由じゃないでしょうかね。
もっとも、これは篤姫が入輿してから、島津家から徳川家へ贈る量が増えたというだけで、果たして篤姫の好物だったかどうはよくわかりません。
一応、TVではそれもリストアップしていたのですが、採用しませんでした。

『家庭画報』
ばんない
確かに3月号で販売されたばかりの最新の物なのですが、『篤姫』関連は5頁ぐらいしかないので、1ヶ月経ったころに図書館でカラーコピーすると言う手もあるかも知れません。カラーコピーの代金にもよりますが。
『家庭画報』とか『婦人画報』とか『和楽』とか高いんですよね。目と頭の保養にはなるんですが、定期購読できない(苦笑)歯医者には必ずどれか1冊(時には3冊とも)おいてありますけど(爆)

これはネタバレになるんですが、寛永寺の篤姫墓所にはビワが植えてあるのだそうで。寛永寺徳川家墓所は一般人非公開だったと思うので、この話は興味深く読みました。

笑っていいとも
板倉丈浩
こんばんは。
テレビ出演おめでとうございます。
最近のお笑いタレントはあまりよく知らないのですが、回答者に南野陽子さんがいたので、ちょっとうらやましいかも(笑)

さて、武藤臼さん・ばんないさん他、見逃した皆様のために、まあこんな感じでしたということで、桐野さん出演部分だけアップしておきます(文中敬称略)。


-出題者入場-

タモリ「歴史作家の桐野さんです。よろしくおねがいします」
桐野「よろしくお願いします」
タモリ「問題発表です。『御殿女中の研究』三田村鳶魚・・・。これはインタビューに基づいて書いた・・・」
桐野「そうですね。御殿とは江戸城の大奥のことですね。篤姫付きの侍女に三田村鳶魚さんという方がインタビューして書いた・・・」
タモリ「間違いない」
桐野「はい」
タモリ「(出題パネルを読む)『■はおあがりになり、浅蜊(あさり)・蜆(しじみ)はお上がりになりません。冬になると■■といって、■■■の穴へ昆布を詰めて、慈姑(くわい)・海老・切り身・三つ葉、それに椎茸か松茸を入れて、卵を掛けたものを上げます』・・・これよく料理がわかんないんですけど」
桐野「篤姫はですね・・・」
タモリ「殻のまんま料理したということですか。・・・あ、それ言っちゃダメだった」
(回答陣「え、なんて言ったの?」と騒然)
タモリ「危ない危ない。さー私が今ヒントを言ったのは何でしょうか!」
(回答陣それぞれ回答。サザエとする人が多い)
タモリ「それでは答えをお願いします」
桐野「篤姫の好物は鮑(あわび)です」
(伏せてあった部分:■→鮑、■■→貝煮、■■■→鮑の貝)
タモリ「あの小さい穴に入れてた?」
桐野「器がきれいですよね、鮑は。おそらくこの料理は茶碗蒸しに近いような・・・」
タモリ「殻でやる茶碗蒸し?」
桐野「貝煮といいまして、煮る料理なんですね。はい」
タモリ「くわい・海老・切り身・・・そうか。材料からいえばこれは茶碗蒸しだもんね」
(回答陣「茶碗蒸しだ。茶碗蒸しだ」と納得した様子)

-終了-


鹿児島人
生 南野陽子と同席された桐野先生がうらやましい

私の家は鹿児島でも 地方です。
小さい頃親と鹿児島に行った帰りの 当時病床の明治生まれの祖父へのお土産は必ず 山形屋横の明石屋製かるかんでした
かるかんまんじゅう ではありません。
江戸屋でも青柳でも風月堂でもありませんでした。
いつでも 必ず 明石屋の かるかん 箱入り
もうなくなって40年以上たちます。
子供心には 母方の祖父がくれる 文明堂のカステラが好きでした。

ナンノ
桐野作人
鹿児島人さん、こんにちは。

生のナンノは3メートルくらいの距離でじっくり拝見させていただきました。色が白くてきれいでした。

明石屋のかるかんは有名なんですね。
先日、たまたま鹿児島からの来客にいただいたものも明石屋のでした。おいしくいただきました。

調所さんのコメントでは弘化四年(1847)の注文書がいちばん古いとのことでしたが、同封のしおりには嘉永元年(1849)創業と書いてありました。1年遅いのが気になっております。


調所
私もその件、変だなぁと。明石屋のホームページ見たら創業安政元年と書いてあるのに、最古の注文書が弘化四年調所からのものとしてあります。鹿児島特有のテケテケなのか、あるいは注文書自体最近発見されたのかなとも思います。

明石屋
調所
今、見てみたら見つかりませんね。保存してあるので今度お見せ致します。千葉大名誉教授の木原啓吉という国有財産審議委員も兼ねてる人が書いてる文だったのですが。矛盾を誰かにつっこまれて削除したのでしょうか。

かいやき
ばんない
板倉様、実況中継ありがとうございました。
麦の赤味噌がアワビの貝焼きに変身したとは(苦笑)
元ネタは三田村鳶魚の本でしたか。

貝焼きは江戸時代の後期にはかなり流行した料理法だそうです(『再現江戸時代料理』小学館 参照)。アワビはともかく、ホタテは余り江戸時代人には好まれなかったようで、殻だけ貝焼き用にとって中身は棄ててたのではないかという考察には泣きました(苦笑)

かるかん…子供のころ、色が変だと思いつつカステラと思って食べたら別物だったので悲しかった記憶があります。個人的にはあくまきの方が好みだったりします。あくまきは切りわけるの大変ですけど。

あくまき
子供のころ初めて食べた鹿児島のお菓子は、曾祖母が送ってくれたぶんたんあめとひょうろくもち?でした。あくまきは珍しいし、哀愁があって私も好きですね。

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この記事へのコメント
え!ご出演ですか?
おめでとうございます?!
あるい、はお疲れさまでした
さすがに検索かけても笑っていいともの動画をアップしている人は見つかりません。

録画されてませんか?(^^;
2008/01/30(Wed) 22:14 | URL  | 武藤 臼 #-[ 編集]
慶祝 初?全国ネット登場
といっても、私も「いいとも」全然見てなかったので全くノーマーク。どうしてここで予告して下さらなかったんでしょうか(^^;)
大河に民放も便乗したい気持ちは分かるけど、江戸のグルメ女王って、なんでそういうことになっちゃったんでしょう。もしかして、大奥再現料理試食会でも番組中にあったんでしょうか?

篤姫が赤味噌が好物とは驚きました。鹿児島の名産は麦味噌ですが、現在販売されている物の色は白っぽいですよね。昔は違ったのでしょうか。また、現在東京のスーパーで一番売れ筋なのは信州味噌かと思いますが、鹿児島の麦味噌はそれとはかなり違うタイプの味噌ですので、篤姫としてはつらかったのでしょう。まあ、今の時代でも味噌の違いとかしょうゆの違いは結構ハードルになりますが。そういう私も東京のスーパーで売れ筋らしい「○○ちゃん味噌」が苦手です(苦笑)

別件ですが
>何かいいことでもありましたか
いいえ(爆)
NHKスタッフがアレの意味が分かるレベルなら『篤姫』あんな事になってなかったでしょうね…来週は更に加速して「楽しい」展開になりそうですが。ただ、歴史物でラブコメしたかったなら、覚悟が出来ていた来年のネタでやってくれ、という気分ではあります(苦笑)。ちょっとあの話をあのキャストでするのは宝の○○○○というか…
2008/01/30(Wed) 22:37 | URL  | ばんない #kyBjvhlc[ 編集]
菓子
菓子については私も先日、かるかんの明石屋のホームページを見たという人から、現存最古の注文書は弘化四年に調所から出されたものだそうだが、第二回放送で調所が食していたのは、かるかんですか?と尋ねられました。当時のは黒糖を使ってたので黒っぽかったそうです。
2008/01/31(Thu) 07:58 | URL  | 調所 #-[ 編集]
篤姫の好物
赤味噌の謎、自己解決しました
『家庭画報』3月号に「篤姫の好物」として登場しています。写真掲載されていたのはキンコー醤油製でした。豆味噌ではない赤味噌とは驚きました。おそらく、三河伝来の将軍家伝統の八丁味噌もつらかったんでしょうね(苦笑)
あと、これをおそらく桐野さんは言いたかったのかも知れませんが「ビワ」の話も出ていました。あと何とかの蜂蜜づけも好物だったと書いてありましたが、それは失念。

『家庭画報』のほうには先日、『南日本新聞』に掲載された「島津斉彬新藩主お国入り」の際の復元宴会料理の写真もかなり大きく載っています。新聞の方は話だけだったので想像が付かなかったのですが、実際、かなり派手な本膳料理だったようですね。最も本膳料理はほとんどは眺めるだけで折に詰めて持って帰るのですが。
それには「斉彬が菓子好きだったので菓子の種類が非常に多い」とも書かれていましたが、斉彬も徳川家茂と同様に全部の歯が真っ黒になるほど「やられてた」んでしょうか…(汗)
2008/01/31(Thu) 18:20 | URL  | ばんない #kyBjvhlc[ 編集]
かるかん
調所さん、こんばんは。
かるかんのいちばん古い注文書は調所家のものですか。すごいですね。弘化四年(1847)といえば、調所が亡くなる前の年ですね。明石屋というお店はよほどの老舗のようですが、鹿児島でいちばん古いかるかん屋さんなんでしょうか?
2008/01/31(Thu) 22:27 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
蜂蜜漬
ばんないさん、どうも。

家庭画報ですか。縁がない雑誌ですが、買ってみようかと思います。最新号でまだ本屋に並んでいますよね。

蜂蜜漬は、茘枝(ライチー)とそれによく似た龍目(「りゅうがん」と読むらしい)だと思います。
どうも琉球経由じゃないでしょうかね。
もっとも、これは篤姫が入輿してから、島津家から徳川家へ贈る量が増えたというだけで、果たして篤姫の好物だったかどうはよくわかりません。
一応、TVではそれもリストアップしていたのですが、採用しませんでした。
2008/01/31(Thu) 22:31 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
『家庭画報』
確かに3月号で販売されたばかりの最新の物なのですが、『篤姫』関連は5頁ぐらいしかないので、1ヶ月経ったころに図書館でカラーコピーすると言う手もあるかも知れません。カラーコピーの代金にもよりますが。
『家庭画報』とか『婦人画報』とか『和楽』とか高いんですよね。目と頭の保養にはなるんですが、定期購読できない(苦笑)歯医者には必ずどれか1冊(時には3冊とも)おいてありますけど(爆)

これはネタバレになるんですが、寛永寺の篤姫墓所にはビワが植えてあるのだそうで。寛永寺徳川家墓所は一般人非公開だったと思うので、この話は興味深く読みました。
2008/01/31(Thu) 22:59 | URL  | ばんない #kyBjvhlc[ 編集]
笑っていいとも
こんばんは。
テレビ出演おめでとうございます。
最近のお笑いタレントはあまりよく知らないのですが、回答者に南野陽子さんがいたので、ちょっとうらやましいかも(笑)

さて、武藤臼さん・ばんないさん他、見逃した皆様のために、まあこんな感じでしたということで、桐野さん出演部分だけアップしておきます(文中敬称略)。


-出題者入場-

タモリ「歴史作家の桐野さんです。よろしくおねがいします」
桐野「よろしくお願いします」
タモリ「問題発表です。『御殿女中の研究』三田村鳶魚・・・。これはインタビューに基づいて書いた・・・」
桐野「そうですね。御殿とは江戸城の大奥のことですね。篤姫付きの侍女に三田村鳶魚さんという方がインタビューして書いた・・・」
タモリ「間違いない」
桐野「はい」
タモリ「(出題パネルを読む)『■はおあがりになり、浅蜊(あさり)・蜆(しじみ)はお上がりになりません。冬になると■■といって、■■■の穴へ昆布を詰めて、慈姑(くわい)・海老・切り身・三つ葉、それに椎茸か松茸を入れて、卵を掛けたものを上げます』・・・これよく料理がわかんないんですけど」
桐野「篤姫はですね・・・」
タモリ「殻のまんま料理したということですか。・・・あ、それ言っちゃダメだった」
(回答陣「え、なんて言ったの?」と騒然)
タモリ「危ない危ない。さー私が今ヒントを言ったのは何でしょうか!」
(回答陣それぞれ回答。サザエとする人が多い)
タモリ「それでは答えをお願いします」
桐野「篤姫の好物は鮑(あわび)です」
(伏せてあった部分:■→鮑、■■→貝煮、■■■→鮑の貝)
タモリ「あの小さい穴に入れてた?」
桐野「器がきれいですよね、鮑は。おそらくこの料理は茶碗蒸しに近いような・・・」
タモリ「殻でやる茶碗蒸し?」
桐野「貝煮といいまして、煮る料理なんですね。はい」
タモリ「くわい・海老・切り身・・・そうか。材料からいえばこれは茶碗蒸しだもんね」
(回答陣「茶碗蒸しだ。茶碗蒸しだ」と納得した様子)

-終了-
2008/01/31(Thu) 23:00 | URL  | 板倉丈浩 #/2jzPtOA[ 編集]
生 南野陽子と同席された桐野先生がうらやましい

私の家は鹿児島でも 地方です。
小さい頃親と鹿児島に行った帰りの 当時病床の明治生まれの祖父へのお土産は必ず 山形屋横の明石屋製かるかんでした
かるかんまんじゅう ではありません。
江戸屋でも青柳でも風月堂でもありませんでした。
いつでも 必ず 明石屋の かるかん 箱入り
もうなくなって40年以上たちます。
子供心には 母方の祖父がくれる 文明堂のカステラが好きでした。
2008/02/02(Sat) 13:17 | URL  | 鹿児島人 #-[ 編集]
ナンノ
鹿児島人さん、こんにちは。

生のナンノは3メートルくらいの距離でじっくり拝見させていただきました。色が白くてきれいでした。

明石屋のかるかんは有名なんですね。
先日、たまたま鹿児島からの来客にいただいたものも明石屋のでした。おいしくいただきました。

調所さんのコメントでは弘化四年(1847)の注文書がいちばん古いとのことでしたが、同封のしおりには嘉永元年(1849)創業と書いてありました。1年遅いのが気になっております。
2008/02/02(Sat) 16:37 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
私もその件、変だなぁと。明石屋のホームページ見たら創業安政元年と書いてあるのに、最古の注文書が弘化四年調所からのものとしてあります。鹿児島特有のテケテケなのか、あるいは注文書自体最近発見されたのかなとも思います。
2008/02/02(Sat) 17:27 | URL  | 調所 #-[ 編集]
明石屋
今、見てみたら見つかりませんね。保存してあるので今度お見せ致します。千葉大名誉教授の木原啓吉という国有財産審議委員も兼ねてる人が書いてる文だったのですが。矛盾を誰かにつっこまれて削除したのでしょうか。
2008/02/02(Sat) 17:47 | URL  | 調所 #-[ 編集]
かいやき
板倉様、実況中継ありがとうございました。
麦の赤味噌がアワビの貝焼きに変身したとは(苦笑)
元ネタは三田村鳶魚の本でしたか。

貝焼きは江戸時代の後期にはかなり流行した料理法だそうです(『再現江戸時代料理』小学館 参照)。アワビはともかく、ホタテは余り江戸時代人には好まれなかったようで、殻だけ貝焼き用にとって中身は棄ててたのではないかという考察には泣きました(苦笑)

かるかん…子供のころ、色が変だと思いつつカステラと思って食べたら別物だったので悲しかった記憶があります。個人的にはあくまきの方が好みだったりします。あくまきは切りわけるの大変ですけど。
2008/02/02(Sat) 21:45 | URL  | ばんない #kyBjvhlc[ 編集]
あくまき
子供のころ初めて食べた鹿児島のお菓子は、曾祖母が送ってくれたぶんたんあめとひょうろくもち?でした。あくまきは珍しいし、哀愁があって私も好きですね。
2008/02/03(Sun) 00:09 | URL  | 元 #-[ 編集]
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