歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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日次記です。

2月9日(土)
南日本新聞連載「さつま人国誌」を見た中原猶介の子孫の方から、南洲顕彰会経由で連絡あり。
連絡がとれて、電話で少し話をうかがう。中原猶介がつくったと思われる写真原版があるとか。もし本物ならすごい。安政年間のものである可能性があるからだ。
ほかにも、戊辰戦争や箱館戦争に出征した兵具隊の小隊長某氏の史料などもあるとうかがう。『薩藩出軍戦状』にその部隊の戦闘報告書があるが、おそらくそれとは別の戦闘日誌ではないかと思われた。食指が動いた。
次回、帰鹿のとき、お目にかかるかもしれない。

同じく中原猶介関係で、コラムで掲載した中原の写真に関して、新聞社経由で質問が寄せられていた。幕末古写真関係では有名な先生らしい。
写真の撮影者・撮影場所・撮影時などについての確認の問い合わせだった。
私は中原の子孫が編んだ伝記の写真説明をそのまま付したが、少し疑問があるらしい。いろいろ調べてみたが、撮影時期は慶応3年ではないかもしれない。
また撮影場所も長崎の可能性がある。時期は文久3年か?

その先生から港区立港郷土資料館が刊行した井関コレクション『写真集 近代日本を支えた人々』のなかに、私が掲載した写真とよく似た中原の写真があると教えてもらった。
その写真集はちゃんと持っていたのに、把握していなかったのは、まことに迂闊である(汗)。
改めてよく見てみると、同じ場所(同じ書斎)で撮影されたのは明らか。若干角度が異なっている。中原が姿勢を少し変えたのだろう。
先生からの教示によれば、中原に限らず、幕末には撮影した自影を名刺代わりにして、相手に渡していたという。なかには着色されたものもある。中原もそうして写真を配ったので、似たようなものが何点か残存しているらしい。

ちなみに、伝記に収録されていた写真は、英国の提督(海軍大将)が所持していた写真を中原の子孫が譲り受けたもの。その提督は明治30年頃来日し、写真の裏に「Satsuma admiral」と書いてあるのを手がかりに、旧薩摩藩関係者に写真を見せて回って人物の特定をしようとした。誰もわからなかったが、松方正義だけが覚えていて、その主は中原猶介という勇者だったが、戊辰戦争で戦死したと告げたので、提督はいたく残念がったという逸話が残っている。

私は古写真を史料的に解読するのはまったくの門外漢なので、何ともいえないが、中原の史料を突きあわせることで、ある程度、時期と場所を絞り込めるのではないかと思う。
新しい見方を教えていただいて感謝。

2月10日(日)
 午前中、橋場殿下から突然電話あり。安土からだった。いま安土では展示会が開かれている。知ってはいたが、とても行けそうもない。
殿下からは、図録が必要なら余分に購入しておくがという有難いお申し出。せっかくのご好意なので、お願いする。わざわざ思い出していただき有難いかぎり。
殿下の桶狭間合戦の論考についても、紹介しようかと思っているが、なかなかできないでいる。なかなか興味深い結論になっている。

 友人の研究者、西澤朱実氏より相楽総三史料集の仮ゲラが届く。
私にとっては足かけ4年になる仕事である(西澤氏は何年だろうか)。最初、戦前に刊行された諏訪教育会の相楽史料集の復刻を山口のマツノ書店に提案したのがきっかけだった。どうせなら、ただの復刻だけでは面白くないので、相楽総三をずっと追いかけている西澤氏の力を借りて、新出史料を補遺という形で追録しようということだった。

でも、主客転倒というか、西澤氏が精魂込めて集めた史料は厖大で、むしろそちらをメインにして、復刻分は付録ということになった。
西澤氏とは諏訪の魁塚(相楽たちの慰霊碑)に一緒に行ったり、佐倉の歴史民俗博物館、伊那、世田谷区郷土資料館、学習院大学文書館、国会図書館憲政資料室その他、あちこちに史料を探しに行き、撮影もした。難解なくずし字の地方文書の翻刻に2人して頭を抱えたこともあった。
また関東の草莽に並々ならぬ関心をお持ちの幕末維新史の大家、宮地正人先生にも、お知恵を拝借したり、佐倉の歴博にある平田家の史料などでもお世話になった。推薦文のお願いもして、もう出来ていると聞く。

仮ゲラを見て、いろんな思いが込み上げてきた。
じつは、刊行予定のボリュームより、実際に収集した史料量が圧倒的に多い。涙を呑んで割愛してある。
そして本当は、今年4月の魁塚の慰霊祭に間に合わせたかった。今年は相楽らが処刑されてから、ちょうど140周年にあたっている。相楽子孫の木村さんに、いち早く献呈したかった。でも、日程的に4月刊行は難しそうだ。6月くらいになりそう。
相楽総三や赤報隊、出流山事件、慶応3年の薩邸焼討事件などについての、画期的な史料集になるのは間違いない。西澤氏の永年の努力と執念が結実しそうである。頭が下がる思いだ。
私も推薦文を書くことになっている。この史料集の出来上がるプロセスを、西澤氏の奮闘ぶりを記録に留めておくべきだろう。

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【2008/02/11 22:40】 | 日次記
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