歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

日次記です。

19日(火)
元古書店主で、現在、歴史研究家の長岡由秀氏より『新釈 生麦事件』(文藝春秋企画出版部刊)をご恵贈いただく。ここにアマゾンの紹介あり。
長岡氏は長年、生麦事件、とくに英国人リチャードソンを斬ったのが誰なのか、通説の奈良原喜左衛門ではなく、実弟の喜八郎繁の関与もあり、それが何らかの事情で隠されてしまったのではないかという推理を展開している。

奈良原繁といえば、寺田屋事件でも有名だが、生麦事件のとき、島津久光の大名行列のなかにも供目付としてたしかにいた。繁も何らかの行動を起こしたとしてもおかしくなく、それが、その後の兄弟の明暗にも影響しているのではないかという大胆な見通しをもっておられるようだ。とくに兄喜左衛門の墓に刻んである命日が通説と異なっていることも発見している。

私からも、弟繁が生麦事件に関与したかもしれない史料をお礼代わりに贈呈した。

同じく、友人の作家、植松三十里さんからも御高著をいただいた。だいぶ前に頂戴しながら、ご紹介が遅くなった。

天璋院と和宮』(PHP文庫)

まさに旬のテーマである。
大奥での二人の葛藤と和解・相互理解がモチーフになっているようだ。
女性らしい視点と、繊細な描写は、とても私には真似できない。
篤姫と和宮の関係を知りたい方には格好の本だろう。


20日(水)
以前、頼んでいた図録『小西行長』が届いた。
昨年の展示会に合わせて刊行されたもの。
小西行長の支城、八代城があった八代市立博物館未来の森ミュージアムが版元。
行長の発給文書を中心に、キリシタン関係や八代城跡から発掘された遺物なども収録されている。
行長文書は多くが写真付きで有難い。

小西行長

八代城は近世になって、加藤清正から細川氏に領主が移り、とくに細川忠興の重臣、松井佐渡守康之が入部し、幕末まで松井家が城主だった。

八代市立博物館では、現在、「八代城に備あり」と題した特別展示を行っているようである。
サブタイトルが「薩摩境目の城として」とあるように、細川氏にとって、南の島津氏に備える重要な拠点だった。
会期中、村落論で有名な稲葉継陽氏の講演があったようだが、すでに終わっている。残念。一度拝聴したいものである。

よろしければ、下記をクリックして下さい。
人気ブログランキング

スポンサーサイト

【2008/02/21 13:04】 | 日次記
トラックバック(0) |
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。