歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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日次記です。

3月18日(火) 天晴、暖かなり
午後から霞会館に出かける。大久保利泰氏(利通曾孫)にお会いする。
5月の会の打ち合わせ。
京都・石薬師の利通邸について、昭和30年代に行かれたときの話を聞く。
記憶されていることをいろいろ教えてもらう。貴重な収穫。
当時、意外にも母家のほうが女学生の寮になっていたために、あまり入れなかったとのこと。「女学生」は大久保さんの言葉。懐かしい響き。
鹿児島で戦前に刊行された利通の本を拝借。多謝。
ネットでもまずヒットしない稀覯本のようである。読むのが楽しみ。

3月19日(水) 天晴
執筆中の新書の関係で、諸書を読みくらべ。
そのうちのひとつ、『史談会速記録』に収録された市来四郎の談話を読んでいたら、面白くて止まらなくなった。
維新から30年くらい経過した時点でのオーラルの史料だが、その扱い方が難しいと感じている。
同時代の史料、たとえば書簡や日記などには、出来事や人物についての説明など書いてないのがふつう。それが後日談という形であとから明らかになることが多い。
その際、証言者の立場や記憶の程度によって、当然、バイアスがかかる。その判断が難しいが、他の史料と突き合わせて、精度を高めていくしかないのか。
それでも、貴重な示唆が得られた。

ある薩摩藩士の日記を読んでいたら、小松の京都屋敷の情報が含まれていた。慶応3年(1867)夏の頃である。
残念ながら、場所がどこなのか書かれていないが、それでも、小松邸が二階建てだったことがわかる。またそこへ同僚たちが集まってきて、二階から大文字焼きを見ながら、酒宴を張っている。如意ヶ嶽の方角だろうか?

また、別の薩摩藩士の記録に、鹿児島の小松別邸のことが書かれており、坂本龍馬夫妻が来たことと、お龍の動静が伝承として残っているのを発見。興味深い。

あれやこれや、史料も頭の中も千々に乱れているが、少しずつまとまる気配。頑張るしかない。

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【2008/03/21 10:40】 | 日次記
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