歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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一昨10日、島佐近の名前が出てくる石田三成文書が発見されたというニュースがあった。

各紙のなかで文書がよく見えるのが読売新聞だった。ここです。

少し小さくて見にくいが、ちょっと読んでみた。


免相之■ハ、嶋左近・    ■は「弁」「事」か

山田上野・四岡帯刀・

両三人ニ申付候、右之三

人之儀、勿論誓詞之    

上、可為順路候而、任

其旨可相納候、三人

方へも右之趣申付候也、

 八月廿三日 三成(花押)



かわとさんのご教示をいただき、一部訂正しました。
有難うございます>かわとさん。

内容について。
たしかに「嶋左近」の名前が出てきますが、貢租収納の代官のように見えます。
もし左近が家老なら、このような代官を勤めるのかどうか、やや疑問なきにしもあらずですが。
あるいは、筒井家からの転仕からほどない時期で、まだそれほど家中での地位が高くなかった頃でしょうか?
宛所は誰なんでしょうね? 所蔵者の先祖なんでしょうか?
いずれにしても、興味深いです。

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【2008/04/12 00:59】 | 戦国織豊
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かわと
最初の一節は「免相之事」ですかねぇ?
「事」がかなり厳しいですが…。
ちなみに「免相(めんあい)」とは年貢の賦課率のことです。
あと後ろから二行目の「主」は「其」のようです。

免相
桐野作人
かわとさん、こんばんは。

さっそくのご教示有難うございます。

「免相」ですか。術語を知っていないと、すぐには思い付きませんね。「相」の字が木偏には見えなかったもので、誤読してしまいました。
その後ろに出てくる「相納」の「相」はほぼ同じくずし方で、ちゃんと読めているのに(汗)。

ちなみに、「免相」の賦課率は数字で表記するのでしょうか?
たとえば、30%の場合、「三十」とか「三分」と書くのでしょうか。




かわと
「免相」は太閤検地の頃から登場する用語のようですが、近世に一般化する言葉なので、私もあまり馴染みはありません(笑)。
たとえば35%だと、「三ツ五歩」と言ったりするようです。

検索をかけてみると、以下のような論考がありました。

青野春水「近世免相(免)成立史論─免相(免)の再検討─」(『日本歴史』551、1994年)

石田三成文書
板倉丈浩
こんにちは。
こちらの記事が比較的詳しいですね↓
http://ameblo.jp/my-you/entry-10086931444.html

宛所は伊香郡代官(と推定される)・今井清右衛門尉という武士のようです。
文書に出てくる3人は今井よりも地位が上と見られ、重臣クラスと見て良いと思われます。

山田上野は関ヶ原合戦時の佐和山城の守将の一人として軍記物に出て来る人物ですね。
四岡帯刀という名前は見たことありませんが、慶長2年4月20日付け伊香郡落川村百姓中あて三成書状に出てくる「日岡帯刀」と同一人物ではないかと思われます。
こちらの書状は、水田の麦の年貢率などを定めており、「右如此、日岡帯刀ニ申付候間、もし此外ひぶん(非分)なる儀これあらハ、此方ヘ可申上者也」とあります。
同様の文書は浅井郡上八木村あてにも出されており、ここでは日岡の代わりに島津氏との外交で活躍した「安宅三河(秀安)」の名前が見えます。

該当文書の内容ですが、「免相」=年貢率をめぐって農民から訴えがあり、重臣3人を誓詞をとった上で派遣したので指示に従いなさい、というものなのではないかと思料されます。

免相
桐野作人
かわとさん、さらに詳しいご教示有難うございました。
本文の翻刻もご指摘に従って、訂正しておきました。

ご紹介の論文も見てみたいと思います。

「免相」がわからないなんて、やっぱり不勉強ですな(汗)。

安宅秀安
桐野作人
板倉丈浩さん、こんにちは。

いろいろご教示有難うございました。
「近江毎夕新聞」という地方紙は知りませんでした。
以前、滋賀新聞?とかいう地方紙があって取材を受けたことがあり、その後廃刊になったのは知っていたのですが、その再建紙、後続紙なんでしょうかね?

いずれにしろ、地元だけに他紙より詳しい内容ですね。

島佐近らの地位が代官の今井清右衛門尉より上位にあたるとのご指摘、なるほどなと思いました。
左近ら三人は三成の指示を忠実に遂行させる役割を担っているようですね。

また、安宅秀安まで登場したのには驚きました。安宅は島津氏に対する取次で、島津義久・義弘なども彼には従わざるをえないほどの実力者でしたからね。

その安宅と四岡とがほぼ同格ということなら、左近と安宅もほぼ同格という推定も出来そうですね。
もっとも、左近は他家への取次をやっているようには見えませんが。

こんにちは
びわこ
桐野さん、こんにちは。

三成の書状について書かれてたので、遅まきながら。

「免相之弁ハ」というふうに長浜城の太田氏は読まれてますね。

また、「四岡帯刀」なる家臣はいるのか?と太田氏に尋ねられたのですが、私も上記の板倉さんと同じく、慶長2年の麦掟から「日岡帯刀」じゃないかと思ったのですが、この麦掟自体、原文書未確認とありますので、「四岡」か「日岡」かわかりません。
ただ、今回の原文書から太田さんが「四岡」って読まれたんならそうなのかなぁ・・・なんて、思ったりしてます。

最近の彦根は、さこにゃんとか、いしだみつにゃんとか、なんか凄く、妙に盛り上がってます。

免相之弁
桐野作人
びわこさん、お久しぶりです。

「免相之弁」の「弁」は私も最初、そのように思って書いておりましたが、修整後に消してしまいました。
「弁」の意味がややとりにくいですね。
「年貢の賦課率について説明すること」といった意味でしょうか。

「四岡」はそのように読めますので、間違いないでしょう。
「日岡」と同一人物なのかどうかまではわかりませんが、下の名乗りが一緒なので、同一人物の可能性は高いでしょうね。

そうそう、びわこさんのサイトが見られなくなっていますが、URLを変えられたか、やめられたのでしょうか?


びわこ
「免相之弁」の弁の字ですが、桐野さんが最初に読まれてたように「事」のようです。

結構、この「事」の字は曲者のようで、弁と見間違えるようなくずし方があるのだそうです。

以上、長浜歴史博の太田さんより教えていただきました。
太田さんも「訂正せんとあかんなぁ・・・」って言っておられました。



「事」ですか
桐野作人
びわこさん、こんばんは。

太田さんも「事」だと仰せでしたか。
私は最初「弁」と読みましたが、かわとさんが「事」ではないかとアドバイスしてくれました。
くずし字辞典を見ると、「事」の変なくずし方がたしかにありますね。

太田さんにもよろしくお伝え下さいませ。
昨年、安土でお会いしました。

追伸
名古屋の講座で、さっそく現地見学会をしてくれという要望も出たので、主催者側にも相談するつもりです。史跡見学会は受講者でなくても参加できるそうです。
ただ、これから夏に向かいますので、山城跡の見学には不向きですねえ。どうしたものか。

史跡見学会
びわこ
楽しみ、楽しみ(^^)

三成の陣所などは整備されてるので大丈夫でしょうが、大谷の陣所や松尾山とかになると、夏場はきついでしょうか。

どこをどう回るのが効率的か・・・
関ヶ原って、意外に難しいんですよね。

松尾山
桐野作人
びわこさん、こんばんは。

個人的には、松尾山の頂上まで登って、小早川秀秋の気分を体感してもらいたいなと思っております。
ただ、受講者は年齢層が高いので、松尾山登山となると、どうしたものかと思っています。

また、できればレンタサイクルが使えないかと思っていますが、40台確保するのは数量的に難しそうですし、みなさん、乗れるとは限りませんからね。

笹尾山、大谷吉継陣所、松尾山を中心に、コースを考えようかと思っています。最後に島津の退き口ルートを辿ろうかと。
西軍陣所に偏っているので、桃配り山や黒田長政陣所なども加えていいかもしれません。

何か、かなり具体的に考えてしまいました(笑)。

でも、夏場になると、思った以上に日ざしが強く、体力を消耗しますから、時期の選定が一番難しいかも知れません。




びわこ
>松尾山の頂上まで登って、小早川秀秋の気分を体感

金吾の逡巡・・・最近は金吾の母の気持ちになってしまい、一概に金吾を責める気持ちにもなりません。

それぞれの武将の立場に立ってしまうと、歴史上の結果が、やはり、その時々で一番ベストな選択だったのかもしれませんね。

>西軍陣所に偏っているので

どうなんでしょう。
やっぱり、中日カルチャーの受講生のみなさんは、西軍贔屓が多いんでしょうか?


特別展「石田三成と忍城水攻め」
市野澤 永
あけまして おめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します。

早速ですが、ご著書の「真説 関ケ原」や
「火縄銃・大筒・騎馬・鉄甲船の威力 戦国最強の兵器図鑑」や論考で
桐野さんが取り上げられる守備範囲の特別展があるので、お知らせ致します。

特別展「石田三成と忍城水攻め」
行田市郷土博物館
平成23年2月5日(土曜日)~3月13日(日曜日)

小説『のぼうの城』に登場する石田三成の生涯を、
忍城水攻めや関ヶ原合戦など代表的な戦いを通して紹介します。

公開講演「北武蔵の戦国時代」
日時:平成23年2月27日(日曜日)午後14時~
講師:埼玉大学名誉教授 田代 脩 氏
会場:行田市郷土博物館講座室
定員:80名
申込:電話で郷土博物館(048-554-5911)まで

行田市郷土博物館
〒361-0052
埼玉県行田市本丸17-23
電話:048-554-5911
FAX :048-553-4951

http://www.city.gyoda.lg.jp/41/06/11/kyoiku/iinkai/sisetu/moyosimono/index.html



忍城
桐野
市野澤さん

また貴重な情報提供、有難うございます。
行田は一度行きたいと思っていました。
せっかくの機会なので、何とか展示も見たいと思います。


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この記事へのコメント
最初の一節は「免相之事」ですかねぇ?
「事」がかなり厳しいですが…。
ちなみに「免相(めんあい)」とは年貢の賦課率のことです。
あと後ろから二行目の「主」は「其」のようです。
2008/04/12(Sat) 02:02 | URL  | かわと #klRpdzBA[ 編集]
免相
かわとさん、こんばんは。

さっそくのご教示有難うございます。

「免相」ですか。術語を知っていないと、すぐには思い付きませんね。「相」の字が木偏には見えなかったもので、誤読してしまいました。
その後ろに出てくる「相納」の「相」はほぼ同じくずし方で、ちゃんと読めているのに(汗)。

ちなみに、「免相」の賦課率は数字で表記するのでしょうか?
たとえば、30%の場合、「三十」とか「三分」と書くのでしょうか。

2008/04/12(Sat) 02:12 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
「免相」は太閤検地の頃から登場する用語のようですが、近世に一般化する言葉なので、私もあまり馴染みはありません(笑)。
たとえば35%だと、「三ツ五歩」と言ったりするようです。

検索をかけてみると、以下のような論考がありました。

青野春水「近世免相(免)成立史論─免相(免)の再検討─」(『日本歴史』551、1994年)
2008/04/12(Sat) 09:26 | URL  | かわと #-[ 編集]
石田三成文書
こんにちは。
こちらの記事が比較的詳しいですね↓
http://ameblo.jp/my-you/entry-10086931444.html

宛所は伊香郡代官(と推定される)・今井清右衛門尉という武士のようです。
文書に出てくる3人は今井よりも地位が上と見られ、重臣クラスと見て良いと思われます。

山田上野は関ヶ原合戦時の佐和山城の守将の一人として軍記物に出て来る人物ですね。
四岡帯刀という名前は見たことありませんが、慶長2年4月20日付け伊香郡落川村百姓中あて三成書状に出てくる「日岡帯刀」と同一人物ではないかと思われます。
こちらの書状は、水田の麦の年貢率などを定めており、「右如此、日岡帯刀ニ申付候間、もし此外ひぶん(非分)なる儀これあらハ、此方ヘ可申上者也」とあります。
同様の文書は浅井郡上八木村あてにも出されており、ここでは日岡の代わりに島津氏との外交で活躍した「安宅三河(秀安)」の名前が見えます。

該当文書の内容ですが、「免相」=年貢率をめぐって農民から訴えがあり、重臣3人を誓詞をとった上で派遣したので指示に従いなさい、というものなのではないかと思料されます。
2008/04/12(Sat) 11:44 | URL  | 板倉丈浩 #/2jzPtOA[ 編集]
免相
かわとさん、さらに詳しいご教示有難うございました。
本文の翻刻もご指摘に従って、訂正しておきました。

ご紹介の論文も見てみたいと思います。

「免相」がわからないなんて、やっぱり不勉強ですな(汗)。
2008/04/12(Sat) 12:07 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
安宅秀安
板倉丈浩さん、こんにちは。

いろいろご教示有難うございました。
「近江毎夕新聞」という地方紙は知りませんでした。
以前、滋賀新聞?とかいう地方紙があって取材を受けたことがあり、その後廃刊になったのは知っていたのですが、その再建紙、後続紙なんでしょうかね?

いずれにしろ、地元だけに他紙より詳しい内容ですね。

島佐近らの地位が代官の今井清右衛門尉より上位にあたるとのご指摘、なるほどなと思いました。
左近ら三人は三成の指示を忠実に遂行させる役割を担っているようですね。

また、安宅秀安まで登場したのには驚きました。安宅は島津氏に対する取次で、島津義久・義弘なども彼には従わざるをえないほどの実力者でしたからね。

その安宅と四岡とがほぼ同格ということなら、左近と安宅もほぼ同格という推定も出来そうですね。
もっとも、左近は他家への取次をやっているようには見えませんが。
2008/04/12(Sat) 12:15 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
こんにちは
桐野さん、こんにちは。

三成の書状について書かれてたので、遅まきながら。

「免相之弁ハ」というふうに長浜城の太田氏は読まれてますね。

また、「四岡帯刀」なる家臣はいるのか?と太田氏に尋ねられたのですが、私も上記の板倉さんと同じく、慶長2年の麦掟から「日岡帯刀」じゃないかと思ったのですが、この麦掟自体、原文書未確認とありますので、「四岡」か「日岡」かわかりません。
ただ、今回の原文書から太田さんが「四岡」って読まれたんならそうなのかなぁ・・・なんて、思ったりしてます。

最近の彦根は、さこにゃんとか、いしだみつにゃんとか、なんか凄く、妙に盛り上がってます。
2008/04/13(Sun) 13:22 | URL  | びわこ #-[ 編集]
免相之弁
びわこさん、お久しぶりです。

「免相之弁」の「弁」は私も最初、そのように思って書いておりましたが、修整後に消してしまいました。
「弁」の意味がややとりにくいですね。
「年貢の賦課率について説明すること」といった意味でしょうか。

「四岡」はそのように読めますので、間違いないでしょう。
「日岡」と同一人物なのかどうかまではわかりませんが、下の名乗りが一緒なので、同一人物の可能性は高いでしょうね。

そうそう、びわこさんのサイトが見られなくなっていますが、URLを変えられたか、やめられたのでしょうか?
2008/04/14(Mon) 13:04 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
「免相之弁」の弁の字ですが、桐野さんが最初に読まれてたように「事」のようです。

結構、この「事」の字は曲者のようで、弁と見間違えるようなくずし方があるのだそうです。

以上、長浜歴史博の太田さんより教えていただきました。
太田さんも「訂正せんとあかんなぁ・・・」って言っておられました。

2008/05/03(Sat) 10:03 | URL  | びわこ #-[ 編集]
「事」ですか
びわこさん、こんばんは。

太田さんも「事」だと仰せでしたか。
私は最初「弁」と読みましたが、かわとさんが「事」ではないかとアドバイスしてくれました。
くずし字辞典を見ると、「事」の変なくずし方がたしかにありますね。

太田さんにもよろしくお伝え下さいませ。
昨年、安土でお会いしました。

追伸
名古屋の講座で、さっそく現地見学会をしてくれという要望も出たので、主催者側にも相談するつもりです。史跡見学会は受講者でなくても参加できるそうです。
ただ、これから夏に向かいますので、山城跡の見学には不向きですねえ。どうしたものか。
2008/05/04(Sun) 01:31 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
史跡見学会
楽しみ、楽しみ(^^)

三成の陣所などは整備されてるので大丈夫でしょうが、大谷の陣所や松尾山とかになると、夏場はきついでしょうか。

どこをどう回るのが効率的か・・・
関ヶ原って、意外に難しいんですよね。
2008/05/06(Tue) 21:00 | URL  | びわこ #-[ 編集]
松尾山
びわこさん、こんばんは。

個人的には、松尾山の頂上まで登って、小早川秀秋の気分を体感してもらいたいなと思っております。
ただ、受講者は年齢層が高いので、松尾山登山となると、どうしたものかと思っています。

また、できればレンタサイクルが使えないかと思っていますが、40台確保するのは数量的に難しそうですし、みなさん、乗れるとは限りませんからね。

笹尾山、大谷吉継陣所、松尾山を中心に、コースを考えようかと思っています。最後に島津の退き口ルートを辿ろうかと。
西軍陣所に偏っているので、桃配り山や黒田長政陣所なども加えていいかもしれません。

何か、かなり具体的に考えてしまいました(笑)。

でも、夏場になると、思った以上に日ざしが強く、体力を消耗しますから、時期の選定が一番難しいかも知れません。

2008/05/06(Tue) 22:18 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
>松尾山の頂上まで登って、小早川秀秋の気分を体感

金吾の逡巡・・・最近は金吾の母の気持ちになってしまい、一概に金吾を責める気持ちにもなりません。

それぞれの武将の立場に立ってしまうと、歴史上の結果が、やはり、その時々で一番ベストな選択だったのかもしれませんね。

>西軍陣所に偏っているので

どうなんでしょう。
やっぱり、中日カルチャーの受講生のみなさんは、西軍贔屓が多いんでしょうか?
2008/05/10(Sat) 11:18 | URL  | びわこ #-[ 編集]
特別展「石田三成と忍城水攻め」
あけまして おめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します。

早速ですが、ご著書の「真説 関ケ原」や
「火縄銃・大筒・騎馬・鉄甲船の威力 戦国最強の兵器図鑑」や論考で
桐野さんが取り上げられる守備範囲の特別展があるので、お知らせ致します。

特別展「石田三成と忍城水攻め」
行田市郷土博物館
平成23年2月5日(土曜日)~3月13日(日曜日)

小説『のぼうの城』に登場する石田三成の生涯を、
忍城水攻めや関ヶ原合戦など代表的な戦いを通して紹介します。

公開講演「北武蔵の戦国時代」
日時:平成23年2月27日(日曜日)午後14時~
講師:埼玉大学名誉教授 田代 脩 氏
会場:行田市郷土博物館講座室
定員:80名
申込:電話で郷土博物館(048-554-5911)まで

行田市郷土博物館
〒361-0052
埼玉県行田市本丸17-23
電話:048-554-5911
FAX :048-553-4951

http://www.city.gyoda.lg.jp/41/06/11/kyoiku/iinkai/sisetu/moyosimono/index.html

2011/01/01(Sat) 17:11 | URL  | 市野澤 永 #-[ 編集]
忍城
市野澤さん

また貴重な情報提供、有難うございます。
行田は一度行きたいと思っていました。
せっかくの機会なので、何とか展示も見たいと思います。
2011/01/02(Sun) 15:20 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
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