小学館古文書塾「てらこや」特別講座「天璋院篤姫と小松帯刀」2少し時間が空いてしまったが、22日(火)夜、上記に出講。
今シリーズ2回目。
前回のレジュメが半分程度しか消化できなかったので、続きをやる。
結果として、今回もまたすべて消化しきれず、肝心の池田屋事件の具体的な話に入れずじまい。
その代わり、池田屋事件についての長州の木戸準一郎、薩摩の西郷吉之助の意見を比較検討した。
久坂玄瑞に宛てた木戸書簡は、池田屋事件の敗北の一因として、情報漏洩、機密保持の不十分性を挙げていたのが印象的だった。古高俊太郎が血盟書を幕府方に奪われたため、署名した人物が片っ端からローラー作戦で検挙されたとも書いている。
何かと勇ましい長州系尊攘派の面々に対して、木戸の慎重な態度が際立つ。尊攘派の最前線にありながら、明治まで生き延びた秘訣のようなものを見た思いがした。
木戸書簡のなかにある「
賊」が誰を指すか質問があった。
私は、池田屋事件の弾圧に関わった勢力、いわば、のちの一会桑勢力ではないかと答えた。
木戸や長州藩にとって、彼らは君側の奸に見えたということだろう。
一方、西郷は情報収集の名手という印象を受けた。
大久保一蔵宛ての西郷書簡を検討した。
西郷は、園田五助・中村半次郎・松田東園という3人のスパイを長州側に潜入させており、長州側の様子を正確に把握していることがわかった。
3人のなかでは、園田五助は盗みまでやる問題人物で、西郷は二重スパイではないかと疑っている。松田東園は能力が不十分で、西郷を非難させ、尊攘的言論を述べさせて、長州側を信頼させておいてから、情報収集させる手筈だったようだが、「
埒明き申さず」と西郷が述べたように、結果を出せなかったようだ。
それに引き替え、西郷を満足させたのが中村半次郎、のちの桐野利秋である。
中村は長州の京都藩邸に出入りして、長州側の内情を詳しく西郷に報告している。これにより、長州側は西郷には丸裸になったも同然だったようである。
中村はさらに長州の国許まで潜入することを希望し、西郷は小松帯刀に相談したうえ、これを許可している。
小松が「
本道の暴客に相成るかは知れず候」と、中村が真正の尊攘派になってしまうかもしれないと懸念しながら、それはそれで致し方ない、帰ってきてくれたらもうけものだと述べているくだりなど、じつに秀逸でさえある。
本講座には中村半次郎贔屓の受講生も多く、今回はきっと満足してもらえたのではあるまいか。
また、この西郷書簡には「
近比(ちかごろ)長州にては頻りに討幕の説相起り候由」という一節がある。
史料上にあらわれる「
討幕」用語としては、かなり早い時期に属すると思う。
西郷がこう書いているからには、長州勢力の間で実際に「
討幕」という言葉がよく使われていたことの証左ではないだろうか。時期は元治元年6月14日である。
受講者からこの「
討幕」が何を意味するのかと質問され、さらに上記木戸書簡にある「
賊」と対応するのか否かという質問を重ねられた。
ことほどさように当講座の受講生の方はレベルが高く、鋭い。
おそらくこの「
討幕」は幕府の完全打倒という意味あいではなく、京都政局を八・一八政変以前に戻し、長州の主導権を回復すること。その阻害物である一会桑勢力を打破するという趣旨ではないかと答えたが、むろん自信がない。
次回は池田屋事件そのものをやれるだろうか。
本当は、そろそろ禁門の変に入ったほうがいいと思うが……。
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