歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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いささか旧聞に属するが、大河ドラマ「篤姫」の数回前の「篤姫紀行」で、島津氏発祥の地を出水市だと紹介したことに対して、旧島津荘があった都城市が抗議するといういきさつがあった。

この問題について、何をもって「発祥の地」とするか、その定義が曖昧なままで事態が進行したように感じていた。
当ブログでも、島津氏祖の惟宗忠久の生誕をもって島津氏発祥とするなら、京都だったという議論も成り立つだろうといったやりとりもあった。

地元紙南日本新聞4月16日付で、薩摩の中世史に詳しい三木靖氏(鹿児島国際大学短期大学部名誉教授)がこの問題について表題のタイトルで寄稿している。簡潔でとてもわかりやすい記事である。
前から紹介しようと思ったが、忙しさにかまけてできないでいた。遅ればせながら、要約して紹介したい。なお、同社サイトには転載されなかったようである。


惟宗忠久は1185年(寿永4年)、源頼朝から薩摩・大隅・日向にまたがる荘園島津荘の下司職に任命され、その後、薩隅日のほか、諸国で守護や郡地頭職に任命されている。そのなかで、もっとも広大な島津荘を本貫にしようと、「島津」姓を名乗った。

これだけだと、島津荘の中心地だった都城市が発祥地のようにみえるが、忠久は現地に赴任したわけではない。三木氏も「惟宗を名乗っていた時代を含めた「島津家」の発祥地は京都と考えることもできるし、島津を名乗った時点を発祥とすると鎌倉とも言える」と指摘している。

問題は島津氏がいつ南九州に土着化したかという点。その伝承のとらえ方によって、出水説と都城説が派生したと、三木氏は指摘している。
忠久の南九州移住の伝承を形成した端緒は、どうやら『山田聖栄自記』(鹿児島県史料集Ⅶ)らしい。15世紀後半に書かれたものだが、忠久の移住について次のように記している。

「先薩摩山門院に御下、夫より嶋津之御荘ニ御移、嶋津之(御)庄ハ庄内也、三ヶ国を庄内為懐依り在所也、去程庄内南郷内御住所城(堀)内ニ嶋津御所作有て御座候訖」

【出水説】
冒頭にある「山門院」(やまといん)は出水のことである。これをもとに、『島津国史』(江戸後期成立)は1186年(文治2年)に忠久が木牟礼城(現・出水市)に入ったとし、『三国名勝図会』(江戸後期成立)も、忠久以降、島津5代が木牟礼城にいたとする。
一度失脚した忠久が1213年(建保元年)、薩摩国守護職に再任されたとき、薩摩国内に守護所を設けたとされ、これが出水発祥説の根拠となっているようである。
また出水市(旧・野田町)の感応寺に忠久から貞久まで5代の墓があるが、これも島津氏が建立したかどうかわからないと、三木氏は指摘する。はっきりとは言われないが、『島津国史』や『三国名勝図会』などで唱えられた木牟礼城説に従って拵えられた墓かもしれないということか。

【都城説】
この説も同様に、先の『山田聖栄自記』の記事に基づく。忠久が山門院から島津荘の堀之内御所に移ったという部分である。それを敷衍したのが『三国名勝図会』で、1196年(建久7年)、山門院から日向島津院の祝吉御所(いわいよし~)に入り、その後、堀之内御所に移ったとする。
現在、島津氏発祥地の碑が建っているのは、祝吉御所跡伝承地だという。

しかし、史実として忠久が出水にも都城にも移住したとは認められないと三木氏は指摘し、出水説、都城説のいずれも伝承にすぎないと一蹴している。

島津氏は、初代忠久が鎌倉で活動してそこで生涯を終え、二代忠時も同様に鎌倉で没し、三代久経は元寇のとき、北九州で没している。四代忠宗も北九州にいたことが確認されている。
島津家当主で南九州に土着したことが確認できるのは五代貞久以降である。碇山城(現・薩摩川内市)に貞久の守護所が置かれていたという。となると、ここも発祥の候補地ということにならないか。

いずれにしろ、これらの史実に基づかない伝承の根源は『山田聖栄自記』にあるようだ。なかなか定評のある史料だが、一面、忠久の源頼朝庶長子説(ただし三男とする)の端緒ではないかとも思われることから、島津氏発祥や出自に関しては、何かとお騒がせな史料でもあることがわかった。

また、島津氏の出自の扮飾や島津発祥地の伝承が『島津国史』や『三国名勝図会』などの影響力に預かっているのは無視できない。どうも、そうした伝承が形成されたのは江戸時代後期、とくに重豪時代の顕著な特徴ではないかという気がする。重豪が鎌倉に源頼朝と島津忠久の墓を建立したのもそうした動きの一環だろう。

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【2008/05/04 14:38】 | 戦国島津
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2008/05/08(Thu) 18:43 |   |  #[ 編集]
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2010/12/17(Fri) 23:01 | URL  | カミタク(リンク先は「感応寺訪問記」) #O/BmnR6Q[ 編集]
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2010/12/19(Sun) 00:32 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
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