歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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先週の鹿児島史跡ツアーから激ジョブがつづき、更新もままならぬ状態。
とりあえず、日次記で。落ち着いたら、ツアー報告など書きます。


5月18日(日)戊午
本日、歴研大会2日目なるも、参加できず。
レジュメと企画書づくりに追われる。

19日(月)己未
鹿児島の小松帯刀講演会のレジュメづくり。
雑誌原稿を執筆するが、雑用多くて集中できず。

20日(火)庚申、天晴れ
夜の「てらこや」講座のレジュメづくり。意外と早く完成。
その後、雑誌原稿執筆。今回は膨大な量。
夜、「てらこや」講座。禁門の変前夜の史料を読む。
小松帯刀書簡を読んだのち、諸藩の立場や事情を比較検討しようとしたが、結局、読めたのは長州の『防長回天史』のみ。また次回へ持ち越しだ。

某薩摩藩士の書簡を大量にお持ちの方と連絡とる。
今度見せていただくことになった。差出人の名前を聞いただけで垂涎もの。
来月が楽しみである。
篤姫の実家、今和泉島津家の、ある子孫の方から突然メールをいただく。
関東在住とのことで、お会いすることとなるかもしれない。

21日(水)辛酉、天晴れ
週末の甲東祭用の資料づくり。今日出さないと間に合わない。
名古屋の講座のレジュメづくり。
これも、どこまで掲載するか迷う。
しかし、迷っている暇はなく、ほとんど成り行きで作るしかなかった。
でも、「直江状」の全文を読むのかと思うと、少し億劫である。

某雑誌のゲラ校正。幕末諸隊のなかで、「精忠組」を書かせていただいた。
当ブログ経由で都城市関係者からメールをいただき、新知見、新情報を得る。
さっそく「都城市史」通史編を購入することにした。まことに有難いことである。

22日(木)壬戌、天晴れ
朝4時起きで、新聞連載の原稿を脱稿してから、東京駅へ。
中日文化センターの講座「関ヶ原合戦を読み解く」第2回。
会場で、岐阜在住の友人の学芸員さんとばったり会う。
以前、安土で会ったっきりだったので、少し話をする。
前回から受講されているのは知っていた。しかし、学芸員さんが受講されるのは何とも面映ゆい。
講座はやはり、「直江状」16カ条をすべて読破。
そんな講座はほとんどないんじゃないか(笑)。
やはり、みなさん、少し退屈そうだった。
「直江状」の真偽をどう見るか、拙論を少しお話しした。

講座終了後、受講生の方から資料をいただく。
信長の初陣である赤塚合戦についてのもの。
ご近所にお住まいとかで、以前、当ブログでも少し話題になった「三王山」(三之山)と赤塚の地理的関係について、実際に踏破された報告書である。
みずから足で歩かれた資料なので、とても有難い。単行本化のときに活用させていただきたいと思う。多謝。
初回は懇親会をしたが、今回は中止させていただいた。友人たちにはお詫びしたい。

すぐさま名古屋駅に行き、京都へ。
泉涌寺の塔頭、今熊野観音寺の写真撮影に行く。
真言宗のお寺だ。本堂前に柔和な弘法大師と子どもたちの銅像があった。
西国巡礼のお寺らしく、参拝者が多い。
本堂裏のめあての墓にすぐ辿り着いた。
それも、リンク先のばんないさんのサイトにある案内のおかげ。
島津義久の逆修墓。
以前から行きたかったところ。一度近所まで行ったが、時間がなくて断念したところだ。
慶長3年(1598)に建立されている。
太閤秀吉が他界した年だ。義久は上京していたのか……。
義久の左隣には「平田太郎左衛門増宗」の逆修墓もあった。
義久の長命をもっとも望んでいた人物。そして非業の死を遂げた。
これも自分の逆修墓ではなくて、主君の長寿を願ったものだろう。感無量。
『旧記雑録後編』などで調べたいが、なかなか時間がない。


23日(金)癸亥、天晴れ
5月なのに、真夏日の猛暑。
来週の鹿児島での講演のため、いろんな準備をする。
メールや電話だけで20回ほど。
在鹿児島の有志のみなさんやメディアの方々で、前夜、懇親会を開いて下さるというので、その打ち合わせも。私の高校時代の友人も呼ぶことにした。

また、ある有名人の子孫という方からも会いたい旨の連絡あり。
福岡在住だというのに、わざわざ鹿児島までおいでいただくことになった。恐縮。
新聞連載「さつま人国誌」の単行本化についても、打ち合わせすることになった。
しかし、高校時代のサークル仲間との懇親会はどうしても双方の時間が調整できず、お流れ。
先週の鹿児島史跡ツアーで、サークルの後輩が有名な縄文遺跡の解説をしてくれ、盛り上がって同窓会をということになったのに、残念。

南日本新聞連載の先週掲載記事、島津義久後室・種子島氏について、新聞社経由でいくつかお手紙をいただく。そのなかには新城島津家の子孫と思われる方も。貴重な情報ばかりである。私の勉強不足を恥じ入るばかりだが、読者からの反応があるのがうれしい。
『鹿児島県史料』の最新刊に掲載されていた記事だ。買っていたのに見落としていたな。
亀寿だけでよいと思ったが、その姉新城氏も見ておかないといけなかった。
新城氏(義久二女)の名前についても、鹿児島大学の五味克夫先生が考察されているらしい。
『垂水市史』の記事も要再検討か。
もう一度、勉強し直しである。

歴史読本」の掲載誌7月号が届いた。
連載「信長」第7回掲載。今回から桶狭間合戦を取り上げている。
でも、次号の原稿が……。尻に火が付いている。

昨年、講演をした武蔵野大学から生涯学習センターの特別講師を拝命することになった。
その日程の通知がある。
いつぞや、霞会館で、大久保利泰、島津晴久、榎本隆允の諸先生と一緒に、同大学の学長さんを囲んで会食したが、その席でこの話があった。それが実現した形に。
学長じきじきのお話だけに、断るわけにはいかない。

明日は大久保甲東130年祭。
あいにく午後から天気が崩れるらしい。


そんなこんなで、更新が滞っています。お許しを。

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【2008/05/23 20:35】 | 日次記
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ばんない
関西の方は天気がいまいちだったと思いますが、無事到着されたようで何よりでした。

慶長3年には義久は上京中ですね。近衛前久の屋敷で開催されたお正月連歌会に招待されてます(『薩藩旧記雑録』後編3-365)。過去のこのブログの記事でも言及されてますが、慶長4年の3月、あの伊集院忠棟暗殺事件の直前に帰国してますね。
http://dangodazo.blog83.fc2.com/blog-entry-192.html

御礼
桐野作人
ばんないさん、こんにちは。

おかげさまで無事行けました。
有難うございます。助かりました。
義久の右隣のはたしかに「有■」でしたが、果たして山田有栄なのかどうか?
この時期、有栄は父有信の代から逼塞状態にあるんじゃなかったかなという気もします。
また、義久の側近というには若すぎる気がして、平田増宗とのバランスがどうかなとも思っています。


有なんとかさん
ばんない
こんばんは。

あの墓参りの時は、秋の一番日の短いときだったので、写真だけ撮るだけ撮って、家に持ち帰って写真を見て文字解読したというかなりぶっつけな物でして(苦笑)。もう一度実物を見ないとはっきりしないかも知れないです。

山田有信なら、後に義久の病気回復を祈願して絶食し、どうもそれが原因で衰弱死したようで(『本藩人物志』など)わからなくもないのですが、有栄はちょっと若すぎるようにも思いますね。

書き込まれた時間が超絶ですね。本当にご多忙とお察しします。お体ご自愛下さい。

管理人のみ閲覧できます
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講座を受けてみての感想など
木暮兼人
当方のブログに、掲載させていただきました。
私自身が織田信長と黒田官兵衛のファンである、という以外に
基本的な日本史の知識くらいしかないのがネックな記事になっておりますが
自分がよく知っている内容だけの講座というのも物足りないと思われます

毎回ありがたく拝聴させていただいております。

第2回の講座の肝は
「直江状はしつこいくらいに長い文章で
 くどくどと徳川家に反論している」
事だと思ってしまったのですが・・・

6月は。私はおそらくお休みすることになってしまうと思われます
残念です。

次回残念です
桐野作人
木暮兼人さん、こんにちは。

前回は貴重なレポート頂戴し、有難うございました。
私もそのうち出かけて、自分の目でたしかめてみたいと思います。

直江状はたしかにしつこいですね。
あれが兼続の性格でしょうか? もっとも、相手を説得するという内容でもないと思いましたが、いかがでしょうか。

次回はご欠席とのこと。
レジュメは後送してもらえるとか、あとで事務局でもらえるとかサービスはあるんでしょうか?


ありがとうございます。
木暮兼人
ご希望であれば、ガイドをつけさせていただきます。

私は、直江状は
「ここまで徳川家に追い詰められた」ことを
表しているのではないかと考えていたところです
あげつらわれた反論を読んでいると、確かに細かいのですが
むしろ精神的な余裕がないような
そういう有形無形の嫌がらせをしつこいほどに
徳川家に受けていたのではないか、と想像いたしました。
売られた喧嘩を買ったかのように読み取れましたが・・・

文化センターには、レジュメをいただけるように交渉してみます。
ありがとうございます
 #おそらく可能と思われます。
 

ガイド有難く
桐野作人
木暮兼人さん、こんにちは。

ガイド役とても有難いです。
その節はよろしくお願いします。

このところ忙しくて、名古屋の講座や2回の鹿児島行きの報告さえ書けない状態で、申しわけありません。

直江兼続に余裕がないというのはたしかでしょうね。若気の至りなのかどうかわかりません。あるいはご指摘のように、徳川方に追い詰められて焦りがあったのでしょうか。
売られた喧嘩を買ったというのはそのとおりだと思います。

次回欠席は残念ですが、せめてレジュメでもと思います。

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コメント
この記事へのコメント
関西の方は天気がいまいちだったと思いますが、無事到着されたようで何よりでした。

慶長3年には義久は上京中ですね。近衛前久の屋敷で開催されたお正月連歌会に招待されてます(『薩藩旧記雑録』後編3-365)。過去のこのブログの記事でも言及されてますが、慶長4年の3月、あの伊集院忠棟暗殺事件の直前に帰国してますね。
http://dangodazo.blog83.fc2.com/blog-entry-192.html
2008/05/23(Fri) 21:47 | URL  | ばんない #kyBjvhlc[ 編集]
御礼
ばんないさん、こんにちは。

おかげさまで無事行けました。
有難うございます。助かりました。
義久の右隣のはたしかに「有■」でしたが、果たして山田有栄なのかどうか?
この時期、有栄は父有信の代から逼塞状態にあるんじゃなかったかなという気もします。
また、義久の側近というには若すぎる気がして、平田増宗とのバランスがどうかなとも思っています。
2008/05/24(Sat) 05:48 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
有なんとかさん
こんばんは。

あの墓参りの時は、秋の一番日の短いときだったので、写真だけ撮るだけ撮って、家に持ち帰って写真を見て文字解読したというかなりぶっつけな物でして(苦笑)。もう一度実物を見ないとはっきりしないかも知れないです。

山田有信なら、後に義久の病気回復を祈願して絶食し、どうもそれが原因で衰弱死したようで(『本藩人物志』など)わからなくもないのですが、有栄はちょっと若すぎるようにも思いますね。

書き込まれた時間が超絶ですね。本当にご多忙とお察しします。お体ご自愛下さい。
2008/05/25(Sun) 00:55 | URL  | ばんない #kyBjvhlc[ 編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2008/05/30(Fri) 20:49 |   |  #[ 編集]
講座を受けてみての感想など
当方のブログに、掲載させていただきました。
私自身が織田信長と黒田官兵衛のファンである、という以外に
基本的な日本史の知識くらいしかないのがネックな記事になっておりますが
自分がよく知っている内容だけの講座というのも物足りないと思われます

毎回ありがたく拝聴させていただいております。

第2回の講座の肝は
「直江状はしつこいくらいに長い文章で
 くどくどと徳川家に反論している」
事だと思ってしまったのですが・・・

6月は。私はおそらくお休みすることになってしまうと思われます
残念です。
2008/05/30(Fri) 20:55 | URL  | 木暮兼人 #gC8uIuwI[ 編集]
次回残念です
木暮兼人さん、こんにちは。

前回は貴重なレポート頂戴し、有難うございました。
私もそのうち出かけて、自分の目でたしかめてみたいと思います。

直江状はたしかにしつこいですね。
あれが兼続の性格でしょうか? もっとも、相手を説得するという内容でもないと思いましたが、いかがでしょうか。

次回はご欠席とのこと。
レジュメは後送してもらえるとか、あとで事務局でもらえるとかサービスはあるんでしょうか?
2008/06/01(Sun) 07:15 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
ありがとうございます。
ご希望であれば、ガイドをつけさせていただきます。

私は、直江状は
「ここまで徳川家に追い詰められた」ことを
表しているのではないかと考えていたところです
あげつらわれた反論を読んでいると、確かに細かいのですが
むしろ精神的な余裕がないような
そういう有形無形の嫌がらせをしつこいほどに
徳川家に受けていたのではないか、と想像いたしました。
売られた喧嘩を買ったかのように読み取れましたが・・・

文化センターには、レジュメをいただけるように交渉してみます。
ありがとうございます
 #おそらく可能と思われます。
 
2008/06/02(Mon) 00:20 | URL  | 木暮兼人 #gC8uIuwI[ 編集]
ガイド有難く
木暮兼人さん、こんにちは。

ガイド役とても有難いです。
その節はよろしくお願いします。

このところ忙しくて、名古屋の講座や2回の鹿児島行きの報告さえ書けない状態で、申しわけありません。

直江兼続に余裕がないというのはたしかでしょうね。若気の至りなのかどうかわかりません。あるいはご指摘のように、徳川方に追い詰められて焦りがあったのでしょうか。
売られた喧嘩を買ったというのはそのとおりだと思います。

次回欠席は残念ですが、せめてレジュメでもと思います。
2008/06/04(Wed) 05:12 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
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