膏肓記

歴史作家桐野作人のブログ  織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記

 
NHK大河ドラマ「篤姫」第21回「妻の戦」

大奥オンリーの話、それも非歴史的な話が多く、ますます書くことがなくなりつつあります。

今回は将軍家定の出番が多かったので、彼の性格や性向について史料に何と書いてあるか、少し書いておきます。

まず、癇癖、癇癪について。

○箕浦はな子・佐々鎮子の証言 『旧事諮問録』 
 2人はもと大奥の中臈と御次

「さよう、御癇癖があったのでございます。しかし、あまり困るような事はございませぬ。ただ御首を振る癖がありました」

○朝比奈閑水手記  『徳川慶喜公伝』史料篇一
 閑水は将軍家慶・家定の小姓

「温廟(温恭院=家定)御癇癪強く、御挙動の常に意外の感もありし」

 奧女中も将軍付の小姓も期せずして、癇癖、癇癪が強いという点で一致しています。
とくに朝比奈閑水のいう「意外な挙動」というのは、ドラマにもよく採り入れられていると思います。
 もっとも、閑水は家定のそうした性格について、さほど異常とは思っていないことも付け加えています。

「世間にては暗愚の君にて甚しきまでに諸書に散見するも、文化・文政・天保の頃なれば、左まで世説も請させまじき」

 つまり、家定時代より半世紀ほど前なら、家定くらいの挙動はさほど話題にもならなかった。その当時なら、家定は普通の将軍だったということでしょう。生まれた時代が悪かったのでしょうね。

次に、家定が子どもができない、つくる気がないと告白した点

○朝比奈閑水手記

「温廟には近年御癇癖にて男女の道にも御障りあり」

これは決定的証言かもしれませんね。
生殖能力がないというより、性行為そのものが不全ということでしょうか。
家定付の小姓の証言ですから、信ぴょう性がありますね。

今回はこれくらいしか書くことがありません。

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2008/05/26(月) 22:37:26 | | #[ 編集]
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2008/05/26(月) 03:24:37 | 旅じゃ.com