歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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南日本新聞連載「さつま人国誌」第66回
―2つの相続 周辺に異論も―

連載が更新になりました。
左のリンク欄「さつま人国誌」をクリックすれば、ご覧になれます。

今回は、小松帯刀の死後について書きました。
小松には養子右近実子安千代(のち清直)がおりましたから、家督問題には苦慮していたようです。実子がすでに生まれていたのに、養子をもらったのは、久光のじきじきのお声掛かりだったので、断れなかったのでしょう。

そこで、小松は遺言書を作成して、遺産分けをします。遺産といっても、賞典禄1000石のみ。これを実子安千代に800石与えるというのですから、小松の真意がどこにあるかは明らかです。
そして、小松家を2つに分けて、国許の実家を右近に、新たに立てる家を安千代に継がせるという苦肉の策をとったようです。

でも、国許では桂久武や吉井幸輔が遺言書の内容に不満で、やはり右近に継がせるべきだと考えていたようで、結局、右近を後継として届出をします。

その後、伯爵小松家は明らかに安千代の系統で継がれました。国許の小松家がどうなったのか、消滅したのか、安千代系統に統合されたのか、史料不足、勉強不足でわかりませんでした。ご存じの方がおいでなら、ご教示下さいませ。

次回は西郷従道の抱腹絶倒のエピソードを書く予定です。

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【2008/07/12 10:02】 | 信長
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町田君はどこへ行ったのでしょう
ばんない
こんにちは。

前回の予告からタイトルの「町田君」(汗)こと町田申四郎(小松右近)の消息を遂に突き止められたのかと思っていたのですが、やはり駄目でしたか。それにしても借金のために逆に相続を返上できないと言うのは今でもありがちな話ですね。
小松帯刀本人も、薩摩藩における功労者の筆頭を争う人物が、晩年は借金と相続問題で悩みの中に客死したというのが泣けます。今年の大河じゃたぶんそこまでは書けないでしょうけど。

それにしても、そこまで苦慮した実子安千代の系統もその後断絶して、今は来週の主人公・西郷従道のご子孫になっているようで。最近「小松の子孫」としてマスコミ露出の多い某酒造メーカー社長は、今回桐野さんが言及されたごたごたの末引き取られた妹の系統とか聞いたことがあります。

町田申四郎
桐野作人
ばんないさん、こんばんは。

町田申四郎のことはなかなかわかりませんね。
鹿児島の吉利にある小松家墓所に右近の墓があるのかどうか、さしあたってはこれを確認すべきかもしれませんが。
3回も行きながら、墓所の墓の見取図をなぜか1回も撮影していないという体たらくでして(笑)。

でも、墓所の見取図にある小松家当主の代数は清廉から清直で、間になかったような記憶があります。
やはり、途中で家を出たんでしょうかね?


よくわかりません
桐野作人
kuwasukeさん、はじめまして。

お尋ねの件ですが、結論から申してよくわかりません。
小松帯刀の明治以降の系図には、「市朗」「市郎」ともありませんね。この系図は多少簡略化されており、直系しか載っておらず、庶子が省略されているきらいがあるので、何ともいえないのですが。

私よりも、ご祖母がご健在なら、そちらに聞かれたほうが早いのではないでしょうか。あるいはすでにお亡くなりでしょうか。


ありがとうございます
kuwasuke
早速のお返事ありがとうございます。
おっしゃるとおり、祖母は7年ほど前に他界しました。
生前から聞いていたので、もっと詳しく聞いておくべきでした。

お手数をおかけして申し訳ございませんでした。

今後も先生のブログ・作品を楽しみにしております。
ありがとうございました。

管理人のみ閲覧できます
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コメント
この記事へのコメント
町田君はどこへ行ったのでしょう
こんにちは。

前回の予告からタイトルの「町田君」(汗)こと町田申四郎(小松右近)の消息を遂に突き止められたのかと思っていたのですが、やはり駄目でしたか。それにしても借金のために逆に相続を返上できないと言うのは今でもありがちな話ですね。
小松帯刀本人も、薩摩藩における功労者の筆頭を争う人物が、晩年は借金と相続問題で悩みの中に客死したというのが泣けます。今年の大河じゃたぶんそこまでは書けないでしょうけど。

それにしても、そこまで苦慮した実子安千代の系統もその後断絶して、今は来週の主人公・西郷従道のご子孫になっているようで。最近「小松の子孫」としてマスコミ露出の多い某酒造メーカー社長は、今回桐野さんが言及されたごたごたの末引き取られた妹の系統とか聞いたことがあります。
2008/07/12(Sat) 18:37 | URL  | ばんない #kyBjvhlc[ 編集]
町田申四郎
ばんないさん、こんばんは。

町田申四郎のことはなかなかわかりませんね。
鹿児島の吉利にある小松家墓所に右近の墓があるのかどうか、さしあたってはこれを確認すべきかもしれませんが。
3回も行きながら、墓所の墓の見取図をなぜか1回も撮影していないという体たらくでして(笑)。

でも、墓所の見取図にある小松家当主の代数は清廉から清直で、間になかったような記憶があります。
やはり、途中で家を出たんでしょうかね?
2008/07/12(Sat) 19:31 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
よくわかりません
kuwasukeさん、はじめまして。

お尋ねの件ですが、結論から申してよくわかりません。
小松帯刀の明治以降の系図には、「市朗」「市郎」ともありませんね。この系図は多少簡略化されており、直系しか載っておらず、庶子が省略されているきらいがあるので、何ともいえないのですが。

私よりも、ご祖母がご健在なら、そちらに聞かれたほうが早いのではないでしょうか。あるいはすでにお亡くなりでしょうか。
2008/07/14(Mon) 21:01 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
ありがとうございます
早速のお返事ありがとうございます。
おっしゃるとおり、祖母は7年ほど前に他界しました。
生前から聞いていたので、もっと詳しく聞いておくべきでした。

お手数をおかけして申し訳ございませんでした。

今後も先生のブログ・作品を楽しみにしております。
ありがとうございました。
2008/07/16(Wed) 10:13 | URL  | kuwasuke #tPPS4xwI[ 編集]
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2010/03/07(Sun) 21:06 |   |  #[ 編集]
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