歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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南日本新聞連載「さつま人国誌」第67回
―息子たちに真情を吐露―

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今回は前回予告を変更して、大久保利通の遺書について書きました。
この遺書は『大久保利通文書』にも収録されていますが、これまで「遺書」だという認識はあまりなかったようで、それほど注目されていませんでした。
それを「遺書」だと呼んだのは、佐々木克氏だったでしょうか。

書かれた時期は明治6年(1873)10月頃。
明治6年政変、いわゆる征韓論で西郷隆盛との対決に臨む直前に、米国留学中の2人の息子に宛てて書かれたものです。

2人の息子に宛てたものだけに、決して他人には見せない大久保の真意が書かれているように思います。
とくに大久保が死を覚悟していたことは驚きで、それだけに、遠く離れた米国にいる息子たちには何としても、親としての決意と気持ちを書き残しておこうと思ったのでしょう。
岩倉具視にも木戸孝允にも明かさなかった真意。大久保もまた人の親だったと思います。

この「遺書」は大久保邸が罹災したときに、辛うじて持ち出されたもので、まわりが焼け焦げています。書類が束になっていたせいで、まわりだけ焼けて、全部燃えなかったのが不幸中の幸いでした。

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【2008/07/19 09:54】 | さつま人国誌
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