歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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尊皇攘夷

といっても、幕末維新の話題ではない。
前に戦前の『歴史公論』誌(12/15「『猿』は誰だ」参照)を古書で購入したことを書いたが、そのとき、一緒に買った『公論』という名の雑誌である。幕末維新特集かと思ったらそうじゃなかった(笑)。

発行年月が昭和17年(1942)11月である。まさにアジア太平洋戦争に突入し、ミッドウェーで敗北を喫したあとである。

戦中の思想状況がどのようなものか、うかがい知るには好個の史料かもしれない。
執筆者には、著名な右翼もしくは日本浪漫派の言論人もいる。

影山正治……尊皇攘夷の大道
保田與重郎……攘夷の思想

とくに興味深かったのは、常岡瀧雄「勤皇の大義」という論文である。これには、勤皇主義を基軸に据えて、歴史上の人物や学者を勤皇か不忠・逆賊かを裁断するという論調になっていて、その視角というかとらえ方が面白い。

まず、幕末の志士(土佐勤王党)の田中光顕と会ったとき、田中が次のように述べたという。
「我々明治維新の志士は勤皇を実践したのである。[闕字]天皇陛下を尊ぶだけ即ち尊皇だけでは駄目だ、皇事に勤労即ち悪戦苦闘しつゝ、[闕字]陛下の御為に一切を捧げて血みどろの勤労をすることが勤皇であり、日本人は総て勤皇でなければならぬ」

そうだったのか。尊皇と勤皇は同じような意味の言葉だと思っていたが、田中に言わせれば違うのだ。尊皇は思うだけであって実践がない。血みどろの勤労こそが勤皇だというわけだ。両者に区別があるとは知らなかったなあ。

そして、歴史上の人物・団体が次々と俎上に上げられる。

足利高氏:日本一の不道徳漢、非人格者 
 ↑尊氏じゃないのは後醍醐天皇からの一字拝領だからかな
源頼朝:七百年の武人大権干犯の元祖
 ↑「干犯」は当時の流行語なんだな
白虎隊:「逆賊徳川の走狗たる藩主を君と誤認」「天皇に弓を引いた逆賊」「勇ありとも大義を弁えず」
 ↑「勇」は認めているらしいな
道鏡:君主制をそのままにして己れ 天皇たらんとし
蘇我馬子:天皇を弑し奉り
幸徳秋水:明治天皇に対して不軌を図り

ほかにも、学者や思想家も上記のような逆賊を賞揚したとしてヤリ玉に挙げられる。

吉野作造・河上肇・美濃部達吉・大山郁夫:日本精神喪失の、ユダヤ第五列教授
平泉澄:大権干犯強盗の元兇源頼朝を事もあらうに国体観念明確なりとして賛嘆
元田永孚:勉学の模範人物として東夷と自称せし支那思想の奴隷徂徠を挙げてゐる
中村直勝:大逆賊義時を人格者として称揚
北 一輝:皇国の国体と絶対相容れざる民主々義の忠僕でありその信奉者

リベラルな学者だけでなく、どちらかといえば皇国史観的で国粋主義的な学者の言論まで重箱の隅をほじくるような執拗さで非難している。とにかくレッテル張りに用いられる語彙の極端さにはある種感嘆させられる。

戦中の思想統制の一端がうかがわれるが、その批判の矛先が多方面にわたっていることは、当時の支配的思潮が思想的な「純化」によって極端な党派性と不寛容さを有しているだけでなく、まわりがすべて敵に見えてしまう思想的隘路に陥っていることも同時に明らかにしているように思えた。

『公論』第5巻11号
第一公論社
1942年11月
特価90銭

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【2006/12/26 23:16】 | 古書
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この本は見たいなぁ
ひの字
夏に、上北沢の松沢教会で東京裁判の映画会やりました。
大川周明がなよなよした奴だったのにはびっくり。
専攻が近代史だったんで、この辺大いに興味があります。

大川周明
桐野
ひの字さん、はじめまして。

近代史を専攻されていたんですか。
この雑誌は稀覯本でしょうかね。国会図書館のデータベースでも引っかかりませんでした。

東京裁判の映画って、小林正樹監督の作品でしたよね。私もだいぶ前に見たことがあります。大川周明が東條英機の頭を後ろから叩くシーンが有名ですね。
以前、鶴岡に行ったとき、光丘文庫で石原莞爾の史料と一緒に大川周明の史料もちょっと見たことがあります。二人はたしか同郷でしたよね。

逆賊東條の左翼性
逆賊東條の左翼性
逆賊新撰組や八重桜が震災復興とからめて美化されて大河ドラマにされているが、しょせんフィクションであることを
確認すべき。八重桜や戊辰戦争とその子孫東條とか、新撰組に資金援助していた今の関東連合や部落開放同盟?竹中?みたいな弾左衛門は天皇に弓引いた朝敵であるためである。そうした朝敵を靖国は独立系だからといってごちゃ混ぜに
祭ってしまうと天皇が東條同様敗戦の元凶なの?とおかしなことになるのは明白。天皇はこの国では負け側になることは有り得ないことを確認する必要があるわけであり、それらはわが国の国体維持にとって超えられない一線であることを理解できない一部の者が逆賊だけど日本人だからとか、信念が~などと小さな弁明によって大きな損失を見せないようにしようという、イラクの3馬鹿みたいな左翼思想に他ならないというわけである。平清盛が栄華を極めたのに法皇や上皇や天皇サイドから逆賊となり、今や平家の落人は部落民扱いなのであるが、それは例え華族になれても天皇に弓引いた逆賊徳川とその穢れた遺伝子を撒き散らす名古屋土人や、皮革部落で有名な関東連合の江戸時代バージョンの弾左衛門、そしてそれらの飼い犬の逆賊新撰組、戊辰戦争の八重桜などが叩かれるのはそういう理由である。震災に陥ったことは非常に残念なことではあるが、現状の被災状況と当事の政治的闘争において因果関係を捻じ曲げてまで逆賊新撰組や逆賊戊辰組、その子孫東條を美化しようというのはNHKという大規模放送局が放映するにはいささかに稚拙過ぎるというわけだ。我々は地域の小英雄だけが全てなのではなく、小さな島国日本としてみた場合に当時として最も最適な政権を選ぶ自由や獲得闘争を引き起こすことは当然の権利であったので、単に福島が可哀相だから、徳川が部落扱いで可哀相だから、土方がゲイに人気有るから、という田舎の小英雄を美化したいからという理由だけで事実をどんぶり勘定することはよくないというだけの話である。これらの前提を踏まえれば、憲兵隊と新撰組と部落開放同盟の類似性も言わずもがなではあるが、アイヌ同様天皇家に弓引いた逆賊としてこの国の歴史上で既に処理された集団であり、だからこそ天皇否定に走る中国共産党系のような逆賊思想をこちらが正しい、本物だと煽ろうとするとすることが少しづつではあるが理解できるのではあるまいか。天皇のDNAでどの成分が検出されるにせよ、朝敵となった、ならないの事実に及ぶものではないため、仮に部落民の娘が部落民の立場をよくするために苗字が平とかいかにもな出自の娘を嫁がせてもそれで大逆行為というものが消えると言うわけではないので、この国の精神的国体維持にとってむしろ神経を逆撫でする結果にしかならないことを知るべきである。要するに新撰組や徳川や東條を美化することは、この国の日本人の日本国民の神経を逆撫でする精神であり、それらが例え、日本人の中で主流派から脱落した被差別部落のコンプレックスから来る物であっても、彼らだけが日本に住んでいるわけではないので新手な思想テロとしてむしろ弾劾されなければならないのである。これがまさしく極右と右翼の違いである。ヒトラーは昭和時代、日本人は天皇を大事にせよと伝えているが、当時の日本の宰相、東條と松岡はむしろその天皇から逆賊認定された非国民、もしくは隠れ非国民の出自であった為、こうした勢力はドイツよりもむしろソ連と組んで天皇制を廃止し江戸時代をさらに強化した東條幕府、八重桜幕府でも作り、占領地を大東亜共栄圏の小さなソ連にしたいとする意向が強いことが、自民族優先主義のエリート極右、ナチスドイツと国体解体、権力者による圧政支配と憲兵と言う被差別民による弾劾左翼支配のソ連左翼(半端な右翼)=これが実質左翼であり極左という構図が成立することになるのだ。要するに極右からみれば右翼というのは腐敗体制維持のために左翼が右翼ごっこをとった姿であり、それは無能な現体制を恐怖政治で強いる為に自国民に厳しい、もしくは虐殺を正しい犠牲と執行するのが右翼(この場合は極左)であり、腐敗体制を駆逐して、自国民の発展を促す為に無能な現体制を崩壊させ新秩序を作ろうというのが極右というわけである。明治維新は言ってみればナチ的でもあったが、それらは無能徳川と無能エタヒニンの根絶であり、昭和クーデターは中国共産党みたいな腐敗体制護持のための自国民犠牲当然主義者が陸軍士官学校を統制派で乗っ取り、かつての明治時代の逆恨みを自国民の抑圧で達成しようというポルポトや毛沢東のような極左革命でああったことが伺える。何より靖国神社をアピールすることで右翼のめっきを被ったことであり、これらが盲目的な愛国心を尽忠報国などして賛美しようとする見た目右翼の韓日友好、竹島提供みたいな右翼というよりは右翼(笑)に結びつくというわけである。靖国神社の東條庇い工作は八重桜や部落民新撰組徳川や東條を賛美しようとする右翼と言うよりは右翼(笑)の実質的左翼であり、この手法は文化大革命などの権力者による知的階層の絶滅工作に近いというわけだ。いや、本質的には同じである。ドイツはヒトラーによって日本の徳川や部落にあたるドイツ共産党は葬り、戦後分割統治されても目立った戦闘もなく東ドイツ、つまり左翼側から勝手にソ連崩壊に合わせて併合できている点が興味深く、彼らはその後ワイマル憲法時代の塗炭の状態からはいくぶんマシになっているだろうし、イスラム左翼が国家を荒らしまわり、ドイツを乗っ取ろうとする新しい問題に直面してはいるが少なくとも賠償金で踏み潰される状況ではないことから、敢えて暴れた意味はあったのかもしれないが、ある意味自国民優越主義のもたらした結果とその正反対なのが日本のポルポト東條や徳川、新撰組のケースである。こちらは自国民弾圧主義という反省、刑罰、虐殺主義である為、腐敗体制が内圧(明治)、外圧(米英)によって、なされ、現状は米英によって潰された分中国で言う香港のような状態となり、東條の左翼支配よりも米英の植民地支配のほうがまだマシになってしまったという馬鹿げた状態に陥っているという目を背けたくなるような状況にあることが分かるだろう。仮に日本をワイマルドイツぐらいに追い込むと極右が行動しやすくなるという歴史を踏まえ、自民党という左翼寄り政党と竹中のような部落民を用いて中間層を絶滅させ、アルバイトと移民にして自国民弾圧主義と自民幕府の形成を促したいと考えている連中が冒頭における八重桜美化、逆賊新撰組美化、東と日本は違う思想のばら撒き、文系学問に左翼思想の投入などを行い、有能層の弾圧と無能談合の為のコミュニケーション至上主義、この場合は完全なるコミュニストではあるが、実質左翼体制の達成だというだけの話である。これは内部左翼が自民であり、中国共産側からの支援による民主党、所謂外部左翼との違いこそあれ、どちらにも左翼的であるという類似点があるが、違いがあるのは自国民労働者を守ろうとする側がこの場合ドイツでいうワイマル否定派の極右サイド的であり、自国民労働者を絶滅させ、移民に置換しよう、反対派は粛清しようという犠牲必定主義が極左サイド的であるということである。安倍は低学歴ゆえに理解はしないだろうが、TPPに反対する左翼に屈しないといいながら、それは外部左翼に対しての言葉であるが、実質自民党と部落開放同盟のやっていることは内部左翼、ポルポト的な労働者絶滅、移民置換によるソフトな自国民弾圧思想であることから、彼らもまた左翼であるというわけである。左翼と左翼が食い合っているため、政権交代しても改善される問題もあるが、残る問題もあるどころか、外部左翼の悲願である人権侵害設置法案や外人参政権、自民と部落の派遣改悪法など恐るべき国家解体法が自民、民主両サイドから発生した事実からも知ることが出来るのだ。自民であっても民主であっても八重桜という自滅賛美はNHKみたいな大手が垂れ流し、自国民の労働者の雇用を派遣によってぶつ切りにして生活基盤を破壊し絶滅を試みようとする部落開放同盟を野放しにする小泉政権やその後継者安倍を含め、戦後米英の植民地であり続けたわが国はまさしくワイマルドイツのように左翼がストライキを起こして国家と国民の生活基盤を外国に売り渡し、滅亡させようとする勢力に満ち満ちている末期的状況であることを知らねばならない。敵はこうした滅びを善とする左翼勢力そのものであるが、名古屋土人を含めこの国のサヨクと言うのは非常に巧妙であり右翼の”皮”を着ることに長けているのであるが、近年ネットの台頭によってそうしたややこしい工作を看破することは容易となりつつあるのだ。今や若者は新聞やテレビを信用せず、むしろネットで相互情報を確認して話の根幹を知るようになり、より左翼の排撃というナチ的闘争に近付きつつあることは非常に喜ばしいことでもあるだろう。というのは極右勢力が不在なため、今まで愛国右翼の側を被った左翼な部落民どもが図に乗れたことが弾劾しやすくなったからである。面白いのは名古屋人という日本の天皇弓引いた逆賊の末裔どもやその下僕憲兵新撰組や平家のカムロみたいな被差別民どもと外部左翼の中国共産党系や北朝鮮などの外部左翼が権益を奪い合って殺し合いを始める点であろう。しかし、あくまでこの国を本当の意味で正しく導くことが出来るのはそうした内部左翼や外部左翼やどっちに転んでも自国民弾圧左翼となる自民民主ではなく、極右闘争に目覚めた我々でなければならないということである。この国は天皇を精神的柱としながら、無能な政治権力との決別の為の闘争によって統一されなければならないのであり、それは内部左翼と外部左翼の内ゲバによるものであってはならないのだ。自民民主が徳川、不良アジア人や部落開放同盟が憲兵や新撰組みたいなものであるが、明治時代はその両勢力を連続して克服しているという事実を忘れてはならない。在日支配と部落支配の壊滅こそ我々が真に望む闘争でなくてはならないのだ。自民と民主はそうした意味で末期的であり、真に自国民優越主義、自民族優越主義を望む者だけが破滅的状況を打破しうる唯一の存在であることを過去の克服闘争を再確認して知る必要があるといえるだろう。この国は名古屋人を始めとした天皇に弓引いた無能層どもの玩具に堕させてしまってはならず、それらは逆賊新撰組や逆賊東條、裏切りの靖国野郎との決別でもある。奴らは感情に訴えるだけで何の進歩のビジョンも見出さないどころかむしろその逆だ。破壊し破滅させるだけの、そして結果を予想できないが保身だけは直感的に感じる単なる一方通行感覚バカに過ぎないことを今一度確認しなければならないだろう。

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この本は見たいなぁ
夏に、上北沢の松沢教会で東京裁判の映画会やりました。
大川周明がなよなよした奴だったのにはびっくり。
専攻が近代史だったんで、この辺大いに興味があります。
2006/12/28(Thu) 02:26 | URL  | ひの字 #mQop/nM.[ 編集]
大川周明
ひの字さん、はじめまして。

近代史を専攻されていたんですか。
この雑誌は稀覯本でしょうかね。国会図書館のデータベースでも引っかかりませんでした。

東京裁判の映画って、小林正樹監督の作品でしたよね。私もだいぶ前に見たことがあります。大川周明が東條英機の頭を後ろから叩くシーンが有名ですね。
以前、鶴岡に行ったとき、光丘文庫で石原莞爾の史料と一緒に大川周明の史料もちょっと見たことがあります。二人はたしか同郷でしたよね。
2006/12/29(Fri) 00:08 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
逆賊東條の左翼性
逆賊新撰組や八重桜が震災復興とからめて美化されて大河ドラマにされているが、しょせんフィクションであることを
確認すべき。八重桜や戊辰戦争とその子孫東條とか、新撰組に資金援助していた今の関東連合や部落開放同盟?竹中?みたいな弾左衛門は天皇に弓引いた朝敵であるためである。そうした朝敵を靖国は独立系だからといってごちゃ混ぜに
祭ってしまうと天皇が東條同様敗戦の元凶なの?とおかしなことになるのは明白。天皇はこの国では負け側になることは有り得ないことを確認する必要があるわけであり、それらはわが国の国体維持にとって超えられない一線であることを理解できない一部の者が逆賊だけど日本人だからとか、信念が~などと小さな弁明によって大きな損失を見せないようにしようという、イラクの3馬鹿みたいな左翼思想に他ならないというわけである。平清盛が栄華を極めたのに法皇や上皇や天皇サイドから逆賊となり、今や平家の落人は部落民扱いなのであるが、それは例え華族になれても天皇に弓引いた逆賊徳川とその穢れた遺伝子を撒き散らす名古屋土人や、皮革部落で有名な関東連合の江戸時代バージョンの弾左衛門、そしてそれらの飼い犬の逆賊新撰組、戊辰戦争の八重桜などが叩かれるのはそういう理由である。震災に陥ったことは非常に残念なことではあるが、現状の被災状況と当事の政治的闘争において因果関係を捻じ曲げてまで逆賊新撰組や逆賊戊辰組、その子孫東條を美化しようというのはNHKという大規模放送局が放映するにはいささかに稚拙過ぎるというわけだ。我々は地域の小英雄だけが全てなのではなく、小さな島国日本としてみた場合に当時として最も最適な政権を選ぶ自由や獲得闘争を引き起こすことは当然の権利であったので、単に福島が可哀相だから、徳川が部落扱いで可哀相だから、土方がゲイに人気有るから、という田舎の小英雄を美化したいからという理由だけで事実をどんぶり勘定することはよくないというだけの話である。これらの前提を踏まえれば、憲兵隊と新撰組と部落開放同盟の類似性も言わずもがなではあるが、アイヌ同様天皇家に弓引いた逆賊としてこの国の歴史上で既に処理された集団であり、だからこそ天皇否定に走る中国共産党系のような逆賊思想をこちらが正しい、本物だと煽ろうとするとすることが少しづつではあるが理解できるのではあるまいか。天皇のDNAでどの成分が検出されるにせよ、朝敵となった、ならないの事実に及ぶものではないため、仮に部落民の娘が部落民の立場をよくするために苗字が平とかいかにもな出自の娘を嫁がせてもそれで大逆行為というものが消えると言うわけではないので、この国の精神的国体維持にとってむしろ神経を逆撫でする結果にしかならないことを知るべきである。要するに新撰組や徳川や東條を美化することは、この国の日本人の日本国民の神経を逆撫でする精神であり、それらが例え、日本人の中で主流派から脱落した被差別部落のコンプレックスから来る物であっても、彼らだけが日本に住んでいるわけではないので新手な思想テロとしてむしろ弾劾されなければならないのである。これがまさしく極右と右翼の違いである。ヒトラーは昭和時代、日本人は天皇を大事にせよと伝えているが、当時の日本の宰相、東條と松岡はむしろその天皇から逆賊認定された非国民、もしくは隠れ非国民の出自であった為、こうした勢力はドイツよりもむしろソ連と組んで天皇制を廃止し江戸時代をさらに強化した東條幕府、八重桜幕府でも作り、占領地を大東亜共栄圏の小さなソ連にしたいとする意向が強いことが、自民族優先主義のエリート極右、ナチスドイツと国体解体、権力者による圧政支配と憲兵と言う被差別民による弾劾左翼支配のソ連左翼(半端な右翼)=これが実質左翼であり極左という構図が成立することになるのだ。要するに極右からみれば右翼というのは腐敗体制維持のために左翼が右翼ごっこをとった姿であり、それは無能な現体制を恐怖政治で強いる為に自国民に厳しい、もしくは虐殺を正しい犠牲と執行するのが右翼(この場合は極左)であり、腐敗体制を駆逐して、自国民の発展を促す為に無能な現体制を崩壊させ新秩序を作ろうというのが極右というわけである。明治維新は言ってみればナチ的でもあったが、それらは無能徳川と無能エタヒニンの根絶であり、昭和クーデターは中国共産党みたいな腐敗体制護持のための自国民犠牲当然主義者が陸軍士官学校を統制派で乗っ取り、かつての明治時代の逆恨みを自国民の抑圧で達成しようというポルポトや毛沢東のような極左革命でああったことが伺える。何より靖国神社をアピールすることで右翼のめっきを被ったことであり、これらが盲目的な愛国心を尽忠報国などして賛美しようとする見た目右翼の韓日友好、竹島提供みたいな右翼というよりは右翼(笑)に結びつくというわけである。靖国神社の東條庇い工作は八重桜や部落民新撰組徳川や東條を賛美しようとする右翼と言うよりは右翼(笑)の実質的左翼であり、この手法は文化大革命などの権力者による知的階層の絶滅工作に近いというわけだ。いや、本質的には同じである。ドイツはヒトラーによって日本の徳川や部落にあたるドイツ共産党は葬り、戦後分割統治されても目立った戦闘もなく東ドイツ、つまり左翼側から勝手にソ連崩壊に合わせて併合できている点が興味深く、彼らはその後ワイマル憲法時代の塗炭の状態からはいくぶんマシになっているだろうし、イスラム左翼が国家を荒らしまわり、ドイツを乗っ取ろうとする新しい問題に直面してはいるが少なくとも賠償金で踏み潰される状況ではないことから、敢えて暴れた意味はあったのかもしれないが、ある意味自国民優越主義のもたらした結果とその正反対なのが日本のポルポト東條や徳川、新撰組のケースである。こちらは自国民弾圧主義という反省、刑罰、虐殺主義である為、腐敗体制が内圧(明治)、外圧(米英)によって、なされ、現状は米英によって潰された分中国で言う香港のような状態となり、東條の左翼支配よりも米英の植民地支配のほうがまだマシになってしまったという馬鹿げた状態に陥っているという目を背けたくなるような状況にあることが分かるだろう。仮に日本をワイマルドイツぐらいに追い込むと極右が行動しやすくなるという歴史を踏まえ、自民党という左翼寄り政党と竹中のような部落民を用いて中間層を絶滅させ、アルバイトと移民にして自国民弾圧主義と自民幕府の形成を促したいと考えている連中が冒頭における八重桜美化、逆賊新撰組美化、東と日本は違う思想のばら撒き、文系学問に左翼思想の投入などを行い、有能層の弾圧と無能談合の為のコミュニケーション至上主義、この場合は完全なるコミュニストではあるが、実質左翼体制の達成だというだけの話である。これは内部左翼が自民であり、中国共産側からの支援による民主党、所謂外部左翼との違いこそあれ、どちらにも左翼的であるという類似点があるが、違いがあるのは自国民労働者を守ろうとする側がこの場合ドイツでいうワイマル否定派の極右サイド的であり、自国民労働者を絶滅させ、移民に置換しよう、反対派は粛清しようという犠牲必定主義が極左サイド的であるということである。安倍は低学歴ゆえに理解はしないだろうが、TPPに反対する左翼に屈しないといいながら、それは外部左翼に対しての言葉であるが、実質自民党と部落開放同盟のやっていることは内部左翼、ポルポト的な労働者絶滅、移民置換によるソフトな自国民弾圧思想であることから、彼らもまた左翼であるというわけである。左翼と左翼が食い合っているため、政権交代しても改善される問題もあるが、残る問題もあるどころか、外部左翼の悲願である人権侵害設置法案や外人参政権、自民と部落の派遣改悪法など恐るべき国家解体法が自民、民主両サイドから発生した事実からも知ることが出来るのだ。自民であっても民主であっても八重桜という自滅賛美はNHKみたいな大手が垂れ流し、自国民の労働者の雇用を派遣によってぶつ切りにして生活基盤を破壊し絶滅を試みようとする部落開放同盟を野放しにする小泉政権やその後継者安倍を含め、戦後米英の植民地であり続けたわが国はまさしくワイマルドイツのように左翼がストライキを起こして国家と国民の生活基盤を外国に売り渡し、滅亡させようとする勢力に満ち満ちている末期的状況であることを知らねばならない。敵はこうした滅びを善とする左翼勢力そのものであるが、名古屋土人を含めこの国のサヨクと言うのは非常に巧妙であり右翼の”皮”を着ることに長けているのであるが、近年ネットの台頭によってそうしたややこしい工作を看破することは容易となりつつあるのだ。今や若者は新聞やテレビを信用せず、むしろネットで相互情報を確認して話の根幹を知るようになり、より左翼の排撃というナチ的闘争に近付きつつあることは非常に喜ばしいことでもあるだろう。というのは極右勢力が不在なため、今まで愛国右翼の側を被った左翼な部落民どもが図に乗れたことが弾劾しやすくなったからである。面白いのは名古屋人という日本の天皇弓引いた逆賊の末裔どもやその下僕憲兵新撰組や平家のカムロみたいな被差別民どもと外部左翼の中国共産党系や北朝鮮などの外部左翼が権益を奪い合って殺し合いを始める点であろう。しかし、あくまでこの国を本当の意味で正しく導くことが出来るのはそうした内部左翼や外部左翼やどっちに転んでも自国民弾圧左翼となる自民民主ではなく、極右闘争に目覚めた我々でなければならないということである。この国は天皇を精神的柱としながら、無能な政治権力との決別の為の闘争によって統一されなければならないのであり、それは内部左翼と外部左翼の内ゲバによるものであってはならないのだ。自民民主が徳川、不良アジア人や部落開放同盟が憲兵や新撰組みたいなものであるが、明治時代はその両勢力を連続して克服しているという事実を忘れてはならない。在日支配と部落支配の壊滅こそ我々が真に望む闘争でなくてはならないのだ。自民と民主はそうした意味で末期的であり、真に自国民優越主義、自民族優越主義を望む者だけが破滅的状況を打破しうる唯一の存在であることを過去の克服闘争を再確認して知る必要があるといえるだろう。この国は名古屋人を始めとした天皇に弓引いた無能層どもの玩具に堕させてしまってはならず、それらは逆賊新撰組や逆賊東條、裏切りの靖国野郎との決別でもある。奴らは感情に訴えるだけで何の進歩のビジョンも見出さないどころかむしろその逆だ。破壊し破滅させるだけの、そして結果を予想できないが保身だけは直感的に感じる単なる一方通行感覚バカに過ぎないことを今一度確認しなければならないだろう。
2015/01/29(Thu) 21:52 | URL  | 逆賊東條の左翼性 #/QemQCxM[ 編集]
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