歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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日次記です。

9月21日(日)甲子、雨ときどき曇り
 お彼岸。雨の晴れ間を縫って墓参り。
でも、現地に着いたら、また降り出してきた。
近くのレストランに早々に退避。
墓参りのときは、いつもここで昼食をとっていた。地ビールがおいしかったのだが、来月いっぱいで閉店とのこと。残念。

22日(月)乙丑、天晴れ
 単行本の加筆分の資料をファイリング。
あれこれ乱雑に溜め込んでいたので、整理に予想以上の時間がかかる。
連載原稿の構想をメモ。さらに長丁場がつづきそうだから、ネタ切れにならないようにしないといけない。中世のいいネタがないかな……。
「嘉吉附庸」などがいいと思っているだんけど、最新研究はどなたかな?

23日(火)丙寅、雨
 明後日の名古屋出張とその準備のため、連載原稿を早めに仕上げる。
今回から鶴丸城について書くつもり。

24日(水)丁卯、曇りときどき小雨
 中日文化センター講座のレジュメ作り。
夕方、外出。信長研究者の谷口克広、和田裕弘両氏と会う。
谷口氏が北海道から上京されていて、たまたま和田氏も関西から上京されたので、どうせなら3人で会おうということになった。お二人とも史料編纂所で終日史料調査をされていたらしい。毎度ながら頭が下がる。
居酒屋で、織田一族の系譜や桶狭間合戦など、いろいろ話をする。
谷口氏から史料批判の方法論を体験的に話していただき、大変ためになった。史料に語らせるべきで、飛躍してはいけないという言葉、肝に銘じるべきだろう。
それはともあれ、某テーマについて少し自説にこだわりすぎて、谷口氏を呆れさせたかも知れない。反省。
帰宅後、レジュメを作ったり、あれこれ雑用をしているうちに気づいたら、夜が明けようとしていた。

25日(木)戊辰、天晴れ
 朝、新幹線で名古屋へ。最近、名古屋づいている。
中日文化センター講座「関ヶ原合戦を読み解く」もいよいよ本日が最終回(第6回)。
じつをいうと、少し体調が悪かった。前夜、あまり寝ていなかったせいだろう。偏頭痛がしたが、ドリンク剤を飲んで気合いを入れる。

今回は「関ヶ原決戦と島津の退き口」というテーマ。
関ヶ原合戦に対する島津家の立場がどのようなものだったか、義弘の兵が集まらない理由、石田三成との不仲説の検討、決戦は意外と早く決着がついたのではないかという話もした。
「退き口」は参陣して生き残った兵士たちの書上を多数使用。『旧記雑録後編』所収の史料をこれほど一同に扱った講座もないのではないか。
島津方の討死者の交名があって、本当はこれも使いたかったのだが、数頁もあったので断念。
いつかは、この交名を使った講座もやってみたいものだ。

終了に際し、来月からの新講座「本能寺の変を読み解く」の案内も少しする。センターの担当者にうかがったら、すでに相当の受講申し込みがある様子。このままでは前期の人数を超えそうな勢い。あまり多いと、受講者の反応がわかりづらいのだが、ぜいたくな悩みか。
詳しくは、ここから、「10月スタートの新講座はこちら」をクリックして、「歴史」系のカテゴリーをさらにクリックし、21番目に私の講座があります。問い合わせ・申し込みも上記サイトに書かれています。
新講座について、中日新聞の取材がある模様。

東京にとんぼ返り。
帰りの新幹線で、5月の小松帯刀講演会でお世話になった方から電話あり。
また何か企画になりそうな感じ。

東京駅から神保町に行く。
 「兼見卿記輪読会」に出席。
天正15年(1887)の北野大茶会の記事を中心に読む。
この茶会は当初、10日間ほど予定されていたのに、なぜか1日だけで終わってしまった。
その理由が何なのか、肥後一揆との関連は薄いという指摘もあり、それでは何だと議論になった。
史料を前にした、こういうやりとりは楽しいものである。
次回の担当は小生になった。

26日(金)己巳、天晴れ
 連載原稿の締切だが、体調極めて悪し。
昨日、ほぼ完徹のうえ、未明から夜遅くまで出張その他で、ほとんど休んでいなかったせいか。
この間の懸案だった複数の仕事の資史料を机まわりで、いかにうまく整理するか――その解決の一案として、キャスター付きの小さな本棚を購入した。図書館の返却図書を一時ためておくような本棚。
2日前に届いていたので組み立てたが、パイプの1本が不良品でネジが締まらないことが判明。
購入先に電話して、結局、返品となる。
時間を無駄にした感じ。

鹿児島の某団体から講演依頼あり。
まだテーマが決まっていないが、主催団体に個人的な関心があるので、引き受けることになるだろう。

昨日の名古屋の講座で、かつて島津の退き口を踏破したことを少し話したが、ついでにスズメバチに足を刺されたことを話した。
そしたら、今日の夕刊に、スズメバチに刺されたカメラマンがアレルギー反応を起こしながら、自分を被写体にして撮影し、DVDにまとめたという記事があった。
じつをいうと、私も1回刺されているから、ヤバいのだ。また刺されたら、「アナフィラキシー」というアレルギー反応を起こして、最悪、死に至る。
その予防策として、刺されたとき、太腿に刺すと症状がやわらぐ「エピペン」という携帯用の簡易器具がある。以前から購入したいと思っているのだけど、なかなか探せないでいる。ネットでも購入できるのかな? あるいは医師の処方が必要なんだろうか? これも他人事じゃないので、早めに対策を講じたい。とくに秋になって、山に出かけると危ないから。

今日はまだ終わっていない。
体が少し楽になったので、懸案の原稿に取りかかるとしよう。

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【2008/09/26 19:25】 | 日次記
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エピペン
ばんない
こんにちは。ハチは怖いですね。しかし、青虫芋虫の類が天敵の私には青虫芋虫を喰ってくれるスズメバチはありがたい味方でもあります。仲良くおつきあいせねば…って、スズメバチらしいのが来たら網戸締めて室内に逃げているだけですが(苦笑)
ハチもそうですが、蚊なども含めて、黒い服が良くないらしいです。どうも黒服を見たら襲いたくなる習性が働くらしいです。古城跡などに行くときは誰かホストクラブのお兄さん一人連れていって生け贄にするのもいいのかも知れませんね(汗)

さて、表題のエピペンですが、やはり医師の処方が必要のようです(URL参照)。公式HPもありました(URLに書いてあるページの上位HPです)。死に至らなくてもアレルギーは恐ろしいです。お大事に。

嘉吉附庸
かわと
勉強会には出席できず失礼いたしました。
「嘉吉附庸」の件ですが、実際に嘉吉期の状況(大覚寺義昭とか)との関係を探るのは荒唐無稽かなという気もしますので、やはり薩摩侵攻の頃の研究ということになるでしょうか。

代表的な研究としては紙屋敦之『幕藩制国家の琉球支配』(校倉書房、1990年)、上原兼善『幕藩制形成期の琉球支配』(吉川弘文館、2001年)、豊見山和行『琉球王国の外交と王権』(吉川弘文館、2004年)あたりが浮かびます。精読したわけではないので、空振りになるかもしれませんが…。

最近では渡辺美季さんが若手として頑張っておられますが、以前報告を伺った限り、まだこの時期については「島津家文書」の分析のレベルで検討の余地があるような感じでした。
研究についてはご本人のHP(http://www.geocities.jp/ryukyu_history/index.html)をご参照下さい。

エピペン
桐野作人
ばんないさん、こんにちは。

やっぱり医師の処方がいるんですね。
近所に扱っている医院がありましたので、そのうち行ってみようと思います。有難うございました。

嘉吉附庸
桐野作人
かわとさん、こんにちは。

さっそくのご教示、有難うございます。
もしかしたら、かわとさんあたりが教えてくれるかもと少し期待してました(笑)。

迂闊なことですが、ご紹介いただいた紙屋敦之・上原兼善両氏の著作はちゃんと持っていることに気づきました。豊見山さんのももしかしたら、持っているかもしれません。すぐ調べられることがわかりました(汗)。

渡辺美季さんは存じ上げませんでしたが、坊津の輝津舘にあった図録?に書かれている論考は読んだことがあり、この人かと気づいた次第。
経歴を見たら、お若いのにたくさん論文を書いている人ですね。

そういえば、かわとさんもいよいよ研究書の上梓が間近とか。おめでとうございます。いろいろ参考になりそうなので、楽しみにしております。、

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エピペン
こんにちは。ハチは怖いですね。しかし、青虫芋虫の類が天敵の私には青虫芋虫を喰ってくれるスズメバチはありがたい味方でもあります。仲良くおつきあいせねば…って、スズメバチらしいのが来たら網戸締めて室内に逃げているだけですが(苦笑)
ハチもそうですが、蚊なども含めて、黒い服が良くないらしいです。どうも黒服を見たら襲いたくなる習性が働くらしいです。古城跡などに行くときは誰かホストクラブのお兄さん一人連れていって生け贄にするのもいいのかも知れませんね(汗)

さて、表題のエピペンですが、やはり医師の処方が必要のようです(URL参照)。公式HPもありました(URLに書いてあるページの上位HPです)。死に至らなくてもアレルギーは恐ろしいです。お大事に。
2008/09/26(Fri) 22:58 | URL  | ばんない #kyBjvhlc[ 編集]
嘉吉附庸
勉強会には出席できず失礼いたしました。
「嘉吉附庸」の件ですが、実際に嘉吉期の状況(大覚寺義昭とか)との関係を探るのは荒唐無稽かなという気もしますので、やはり薩摩侵攻の頃の研究ということになるでしょうか。

代表的な研究としては紙屋敦之『幕藩制国家の琉球支配』(校倉書房、1990年)、上原兼善『幕藩制形成期の琉球支配』(吉川弘文館、2001年)、豊見山和行『琉球王国の外交と王権』(吉川弘文館、2004年)あたりが浮かびます。精読したわけではないので、空振りになるかもしれませんが…。

最近では渡辺美季さんが若手として頑張っておられますが、以前報告を伺った限り、まだこの時期については「島津家文書」の分析のレベルで検討の余地があるような感じでした。
研究についてはご本人のHP(http://www.geocities.jp/ryukyu_history/index.html)をご参照下さい。
2008/09/27(Sat) 00:14 | URL  | かわと #klRpdzBA[ 編集]
エピペン
ばんないさん、こんにちは。

やっぱり医師の処方がいるんですね。
近所に扱っている医院がありましたので、そのうち行ってみようと思います。有難うございました。
2008/09/27(Sat) 09:35 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
嘉吉附庸
かわとさん、こんにちは。

さっそくのご教示、有難うございます。
もしかしたら、かわとさんあたりが教えてくれるかもと少し期待してました(笑)。

迂闊なことですが、ご紹介いただいた紙屋敦之・上原兼善両氏の著作はちゃんと持っていることに気づきました。豊見山さんのももしかしたら、持っているかもしれません。すぐ調べられることがわかりました(汗)。

渡辺美季さんは存じ上げませんでしたが、坊津の輝津舘にあった図録?に書かれている論考は読んだことがあり、この人かと気づいた次第。
経歴を見たら、お若いのにたくさん論文を書いている人ですね。

そういえば、かわとさんもいよいよ研究書の上梓が間近とか。おめでとうございます。いろいろ参考になりそうなので、楽しみにしております。、
2008/09/27(Sat) 09:42 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
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