歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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NHK大河ドラマ「篤姫」第39回「薩摩燃ゆ」

ドラマ進行時点は、文久3年(1863)春から秋にかけて

ほぼ一週間遅れの感想です。

今回は将軍家茂の上洛と、薩英戦争が中心でしたね。

将軍の上洛と参内は、寛永11年(1634)の3代将軍家光以来、じつに230年ぶりのことでした。
参内は3月7日のことで、清涼殿鴬間代で孝明天皇と対面しました。ドラマでもあったように、関白鷹司輔熈以下、五摂家と大臣の面々が同席しておりました。

このとき、家茂は和宮降嫁と庶政委任の勅諚に対するお礼とともに、攘夷決行を請ける旨言上しています。まかり間違っても、攘夷は出来ないなどとは言えないわけで、ドラマとはかなり異なります。

庶政委任の勅諚とは、いわゆる大政委任のことで、これは家茂に先行して上洛した将軍後見職の一橋慶喜の奔走によって得たものです。大政委任の勅諚こそ、動揺する幕府政治の正統性を担保するものでした。
その代償が攘夷決行の受諾ですから、攘夷が不可能などと言い出したら、大政委任も不可になるわけで、今さら家茂はそんな泣き言を言える立場にはないのです。ドラマはこのあたりが甘いですね。

ドラマでは朝廷に先手を打たれて手も足も出ない家茂を描いておりましたが、本当のところはもっとすごいのです。いみじくも、勝麟太郎に「幕府はすでに日本のまつりごとの要ではない」と言わしめた実態はどのようなものだったのかといえば、

まず、家茂は上洛の2カ月前、同2年12月、これまでの失政の責任をとって、正二位内大臣からの降等を申し出ています。
また、それまで朝廷の重要役職である関白・大臣・武家伝奏の任免には幕府の内諾を得るという慣例が廃止され、朝廷が勝手に任命できるようになりました。幕府は朝廷政治を統制する手段を失ったのです。
そのほかにも、政事総裁職に任命された松平春嶽が、家茂に将軍辞職を求める建白書を提出し、自身も辞任しようとしました。これは家茂の「勅旨遵奉」が朝廷を裏切ることになるという理由からです。「勅旨遵奉」とはすなわち、攘夷決行の受諾です。幕府は約束してもできないことを受諾していいのか、春嶽はそんな責任はとても負えない、朝廷に対しても失礼だというわけです。
このように、幕府内の内情もゴタゴタでした。

そして、家茂個人も散々な目に遭います。
参内するとき、家茂なら公家門の車寄せまで輿で行けるのですが、家茂は徒歩で歩かされています。さらにすごいのは座次(ざなみ、席次のこと)です。
家茂は孝明天皇との対面のとき、関白、左右大臣、内大臣の次に坐らされました。
230年前の将軍家光のときは、関白よりも上位だったこととくらべると雲泥の差です。幕府の衰退が座次にもはっきりと表れたわけです。


一方、薩摩ではいよいよ薩英戦争になりました。
意外と時間をかけて描いていましたね。さすがに西瓜売り決死隊などは出てきませんでしたが(笑)。

違和感があったのは2点。
ひとつは、英国艦隊の砲撃で、薩摩藩側はさんざんやられて、多数の死傷者が出ていたように描かれていましたが、実際は戦死者5名、重軽傷十数名という比較的軽微な人的損害ですんでいます。もっとも、台場はほとんどやられたようですが。

もうひとつは、小松帯刀が炎上する鹿児島城下を見下ろすシーンがありましたが、城下のほとんどが火の海になっているように見えましたね。
これも大げさです。実際は城下の10分の1程度が焼失したといわれています。
城下北郊の集成館一帯(鋳銭所も含む)と、上町(かんまち)一帯で、焼失したのは寺院4カ所と、町屋敷350戸、武家屋敷160戸です。江戸時代に十数度あった鹿児島の大火は数千戸が焼失しているのがざらですから、それとくらべると、意外なくらい軽微だったといえるのではないでしょうか。

次回は禁門の変が描かれるようですね。
前半がゆっくりだったせいか、後半が駆け足ですが、それなりに楽しみです。

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【2008/10/05 01:26】 | 篤姫
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どうもありがとうございます。
NAO4@吟遊詩人
このドラマを見ていると、小中学生は、家茂は本当に攘夷決行が無理なことを参内して説得に行ったと思うのではないでしょうか。大河を見慣れた大人なら、初めて聞く話は、話半分に聞いておりますでしょうが。

>本当のところはもっとすごいのです。
すごいですね。惜しげもなく、こういうお話を聞かせていただいて、ありがとうございます。

史実と虚構の境目
桐野作人
NAO4@吟遊詩人さん、こんばんは。

フィクションだと思って観る分にはいいんですが、子どもなど、まだ判断力がない人が観ると、仰せのような心配もありますね。

個人的には、そんな現象は通過儀礼の一種だと思いたいですが、時間が経ってもずっと通過しなかったりしますから、厄介ですね(笑)。

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このコメントは管理人のみ閲覧できます
2008/10/05(Sun) 22:05 |   |  #[ 編集]
どうもありがとうございます。
このドラマを見ていると、小中学生は、家茂は本当に攘夷決行が無理なことを参内して説得に行ったと思うのではないでしょうか。大河を見慣れた大人なら、初めて聞く話は、話半分に聞いておりますでしょうが。

>本当のところはもっとすごいのです。
すごいですね。惜しげもなく、こういうお話を聞かせていただいて、ありがとうございます。
2008/10/05(Sun) 22:54 | URL  | NAO4@吟遊詩人 #laIirjiw[ 編集]
史実と虚構の境目
NAO4@吟遊詩人さん、こんばんは。

フィクションだと思って観る分にはいいんですが、子どもなど、まだ判断力がない人が観ると、仰せのような心配もありますね。

個人的には、そんな現象は通過儀礼の一種だと思いたいですが、時間が経ってもずっと通過しなかったりしますから、厄介ですね(笑)。
2008/10/05(Sun) 23:54 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
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 今回のドラマは話の流れがはずいぶん遅うございますな。江戸開城後はあっさり一回も...
2008/10/05(Sun) 02:44:48 |  旅じゃ.com
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