歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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NHK大河ドラマ「篤姫」第40回「息子の出陣」

ドラマ進行時点は、元治元年(1864)初頭から慶応元年(1865)初頭。

急にドラマの進行が早くなりましたね。
じつをいうと、幕末史で、このあたりが一番複雑な時期。幕末のドラマがわかりにくいという理由もその辺にあるわけですが、このドラマはそんな面倒な男の物語はスルーして先を急ごうというわけでしょうか。

今回の見どころは、①禁門の変、②小松帯刀と坂本龍馬の出会い、③琴花(のちのお琴)の登場といったところでしょうか。

まず①ですが、その前に西郷吉之助が島流しから帰ってきました。
本来なら重要事件のはずですが、そのいきさつが端折られたばかりか、琴花登場の刺身のツマにされてしまいましたね(笑)。
小松が西郷の役職が「軍賦役」になると告げていましたが、そのとおりです。西郷は乾門の指揮をとることになります。
禁門の変では、小松は内郭の公家門内に50人ばかりの兵を率いて本陣を置いていました。
長州藩は筑前藩が守っていた中立売門を突破して、公家門近くまで突入してきたのはたしかです。「禁裏守護兵出発」(『忠義公史料』三)には、次のように書かれています。

「此時賊軍(長州兵)は一橋・筑前の兵と戦ひ、賊軍勝ちに乗て公家門前に突入したり、此時本藩城下兵は四門の大砲を連発し、或は小銃を放ち、其音天地に震ふ」

小松の本陣に長州兵が斬り込んできたのは、このあたりを参考にしたものでしょうが、小松本陣まで攻められたとは考えにくいですけどね。
結局、長州兵は敗れて、近くにある日野家の屋敷に逃げ込みました。

あと、最後の篤姫紀行でも取り上げていましたが、薩摩藩が長州兵の兵粮米を焼き出された人々に配付したという件。小松がやったかどうかはわかりませんが、史実です。
私が典拠として思いつくのは『若山要助日記』下です。これには次のように書かれています。

「猶又、嵯峨天りうし(天龍寺)へ長州方より貯へ置し兵粮米五百俵、右は薩州侯より分取に及ばれ候につき、右米市中類焼の者共へ下され、東洞院錦小路薩州様御屋敷へ貰に行き候由」

敗走した長州兵を追って、その拠点である天龍寺に行った薩摩藩兵の大将は小松です。
お寺はもぬけの殻で、長州兵は一人を除いてすべて逃げ去っていました。
小松らは労せずして、武具や兵粮などを鹵獲できたわけで、その兵粮米を配るよう命じたのは、たしかに小松である可能性は高いですね。
ただし、二本松の藩邸ではなく、四条に近い錦小路藩邸で配付したところを見ると、火事で延焼したのは京都御所より南方がひどかったのでしょうか。

②小松と龍馬の出会い。
いや、どうも「のだめ」を思い出してしまいます(爆)。あちらでも千秋先輩が一枚上手でしたが、今回もピストルにブーツで二枚も上手。一部では「鹿」に顔が似ているという声もあるようで(爆爆)。

さて、ドラマでは小松邸に龍馬が訪ねてくるという設定になっていました。
このあたりは史料がないので、ある程度想像になっても致し方ないでしょう。
勝麟太郎が龍馬たち塾生の面倒を小松に託したのは史実です。小松は快諾して、彼らを大坂の蔵屋敷に匿うことにしました。

ただ、小松邸が藩邸から独立した形で、元治元年(1864)暮れ頃にすでにあったかどうかは微妙なところです。小松は同年夏頃まで、まだ二本松の藩邸に住んでいたようで、後述のお琴と一緒に暮らすようになるのは、同年末か慶応元年初頭くらいではないかと思っています。

③琴花=お琴
 今回の隠れた主役は芸妓の琴花でしたね。一番目立っていました(笑)。
いうまでもなく、小松ののちの京都妻お琴です。
ある小松の系図には「コト」と書かれています。これに「琴」という字をあてたのでしょう。
琴花の源氏名はもちろん、創作です。

そもそも、お琴が芸妓だったかどうか確定できる史料は存在しません。
でも、お琴が洛南の百姓の娘であることはわかっています。百姓の娘と大藩の家老の接点は妓楼しかないではないかというのは合理的推論かも知れませんね。
ほかに可能性があるとすれば、藩邸で雑用をする女中として雇用されていたのかもしれませんが、よくわかりません。

お琴は明治7年(1874)8月27日死去、享年26です。
逆算すると、ドラマの小松と会ったのは元治元年(1864)ですから、16歳だったことになりますね。
なお、お琴の写真は現存しているようです。ちょっとピンボケですが。

余談ですが、今回、お琴は原田夏希が演じていますが、20年前の大河ドラマ「翔ぶがごとく」でも、じつは登場しています。そのときは角川三人娘の一人、渡辺典子でした。
その設定は、大久保の京都妻、おゆうの実家である祇園の茶屋一力亭に出入りの芸妓でした。そのドラマでは、西郷信吾(のち従道)が憧れていましたが、上役で先輩の小松に取られてしまうというものでした(笑)。

来週はいよいよ「薩長同盟」です。
もしかしたら、今年7月建碑されたばかりの堀川一条「小松帯刀寓居参考地」の石碑が篤姫紀行で登場するかもしれません。要チェックです。

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【2008/10/05 23:23】 | 篤姫
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硬軟お見事^^
シラオ
>「のだめ」を思い出し(爆)
>「鹿」に顔が似ている(爆爆)

これが時々あるから、先生の記事に惹かれてしまいます(笑)
ドラマ篤姫を2倍3倍、楽しませて頂いております。感謝^^
今朝の(6日付)南日本新聞の「御台所は薩摩人・・・」の記事で、家茂の死から大政奉還まで書かれてました。短い期間に、これ程の大きな動きがあったのかと、改めて感じ入ります。だからこそ、ドラマでは全てを描けず、切り捨てられる事柄があって致し方無いのですね・・・。

言い換えれば、だからこそ、先生の記事が私には必要です^^
これからも楽しみにしております。。




洛中です
中村武生
桐野様
 こんにちは。
 いつもいろいろご教示たまわりありがとうございます。
 いわずもがなのことをひとつ。
 若山要助のいた東塩小路村の大半は、御土居堀で囲まれたなかに位置します。
 すなわち洛南ではなく、洛中になります。
 微細なことですが、まもなく京都観光案内をなさるとうかがっておりますので、「大文字焼き」の先例がこわく、ひとこと申しあげました。失礼はお許しください。

 来週の「篤姫紀行」に小松帯刀寓居参考地標石が登場するのは確実のようです。僕も楽しみにしております。

新聞記事
桐野作人
シラオさん、こんにちは。

仰せのように、わかりやすいことはいいことかもしれませんが、それだけで終わってはどうかなと思います。
その部分は、私どもの役割かも知れませんね。


訂正しました
桐野作人
中村武生さん、こんにちは。

ご指摘有難うございます。
本文を訂正しておきました。
漠然と南の方という意味で使ったのですが、御土居内でしたか。たしか京都駅付近でしたよね?
貴著『御土居ものがたり』を拝見したところ、御土居の南端は九条通、東寺の南端あたりのようですね。

鹿・・・
木暮兼人
すみません・・爆笑してしまいました。
映画の役作りのせいなのでしょうか
この方、少し痩せ過ぎてしまってる印象があります。

この方、出身は尾張中村ですので
いずれは太閤記で猿もしくは虎を演じてくれないかと
ちょっと期待しているのですが、顔は鹿なんですね。

中村
桐野作人
木暮兼人さん、こんにちは。

お琴が上野樹里だったらどうしようかと思っていました。
鹿男は中村出身でしたか。知りませんでした。
猿は似合いそうですけど、虎はどうですかね?



省略
御座候
八月十八日の政変・池田屋事件に関する説明・描写もありませんでしたよね。

はしょり
桐野作人
御座候さん、こんばんは。

返事が遅れてすみません。

ご指摘のとおりですね。
おそらく政治的な重要事件はほとんどスルーだと思います。
大政奉還や王政復古政変などもそれほど詳しくやるとは思えませんね。


琴=芸妓?
ばんない
こんにちは。古い記事にレスして申し訳ございません。

桐野さんのお話によると琴の出身というのははっきりしていないと言うことですが、いろいろと問題のある(苦笑)ネット百科事典「wikipedia」のお琴の記事で必死になって琴=芸者説を主張されている方がおられるようで、更に今回のこのドラマで琴=芸妓は一般常識で確定してしまいそうですね。

私も気になったので
・『近世・禰寝系図』(村山友一編 文昌堂)
・『幻の宰相 小松帯刀伝』(小松帯刀顕彰会)
を取り寄せてみてざっと読んでみました。

『近世禰寝系図』のほうは禰寝家に伝わっていた江戸時代中期~後期の古文書を解読して解説したという、かなり手堅い本だと思いました。が、こちらの方では琴については「三木六兵衛七女」と没年と死没地ぐらいしか記述がありませんでした。

あと一冊の『幻の宰相~』は今のところ小松帯刀に関して一番詳しい伝記と思われますが、内容については
・勝手に台詞を作ってお話を演出する傾向がある
・話の根拠となった資料のタイトルなどを掲示していない
という、かなり問題のある本だと思いました。この本で「琴=京都の芸者」という説を幾度に渡って力説しており、おそらく大河ドラマもこれをそのまま採用しちゃったものと考えられます。
ところで『幻の宰相~』のほうは大河ドラマ歴史考証担当の原口鹿大教授が監修しているようなのですが、
http://www.amazon.co.jp/%E5%B9%BB%E3%81%AE%E5%AE%B0%E7%9B%B8%E5%B0%8F%E6%9D%BE%E5%B8%AF%E5%88%80%E4%BC%9D-%E6%94%B9%E8%A8%82%E5%BE%A9%E5%88%BB%E7%89%88-%E7%80%AC%E9%87%8E-%E5%86%A8%E5%90%89/dp/4863502869
もしかすると原口氏は「琴=京都の芸妓」という説の根拠を持ってられるのでしょうか?原口氏も小松関連本を書いてられるようですが、残念ながら予約がいっぱいでなかなか入手できないので気になるところです。

お琴の出自
桐野作人
ばんないさん、こんにちは。

お琴の出自については、私も少し史料をもっていますが、それには洛南の百姓の娘とあるだけで、芸妓だったとは書かれていません。
なお、『近世・祢寝系図』は未見なので何ともいえませんが、私のもっている史料とは少し異なるような気がします。三木云々はお琴の父親の実家かなと思いますが……。
余談ながら、この本を国会図書館などで検索してみたのですが、ヒットしませんでした。私家版なのでしょうか?

そのほかの刊行本はほとんど参考にならないでしょうね。
ただ、原口泉氏が以前に書かれた『NHKかごしま歴史散歩』(日本放送出版協会、1986)に、お琴の写真が掲載されています。ちょっとピンボケですが、ふっくらした感じですね。
もっとも、本当にお琴の写真なのかどうか籔の中です。所蔵先はどこなのかもわかりません。また、今年、これだけお琴が脚光を浴びたのに、まったく公表されないのも理由が分かりません。

『近世・禰寝文書』
ばんない
申し訳ありません、タイトル間違ってました。表題が正しいタイトルです。でもどちらにしろ国会図書館には所蔵がありません。桐野さんのご推察通りで、おそらく自費出版された本のようです(URLにかいたブログにちらっと紹介があります)。所蔵している図書館も非常に少ないと思います。お琴の生没年、実家については村山氏の推測や考察を交えられたわけではなく、系図の記述通りのようです。

また、コメントで言及があった「お琴の写真(ややピンぼけ)」については、おそらくそれと同じと推測される物が問題の本『幻の宰相・小松帯刀伝』に所収されています。同書の記述に依れば、個人蔵(本には所蔵者実名記載あり)とのことです。

ご多忙のご様子、ブログの更新も無理せずお過ごし下さい。



お琴の写真
桐野
ばんないさん、こんばんは。
鹿児島からです。

お琴の写真、瀬野さんの本にもありましたか。
うっかりしてました。
ということは、原口さんがそちらから転載したということになりそうですね。
私も瀬野さんとは生前交流があって、小松のご本も署名入りでいただいていたのですが……。

いずれにしろ、お琴が芸妓だったかどうかは史料上ではよくわかりませんが、おそらく小松家や小松の所領だった吉利ではわかっていて、伝承として伝わっているのかもしれませんが。



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この記事へのコメント
硬軟お見事^^
>「のだめ」を思い出し(爆)
>「鹿」に顔が似ている(爆爆)

これが時々あるから、先生の記事に惹かれてしまいます(笑)
ドラマ篤姫を2倍3倍、楽しませて頂いております。感謝^^
今朝の(6日付)南日本新聞の「御台所は薩摩人・・・」の記事で、家茂の死から大政奉還まで書かれてました。短い期間に、これ程の大きな動きがあったのかと、改めて感じ入ります。だからこそ、ドラマでは全てを描けず、切り捨てられる事柄があって致し方無いのですね・・・。

言い換えれば、だからこそ、先生の記事が私には必要です^^
これからも楽しみにしております。。


2008/10/06(Mon) 09:17 | URL  | シラオ #-[ 編集]
洛中です
桐野様
 こんにちは。
 いつもいろいろご教示たまわりありがとうございます。
 いわずもがなのことをひとつ。
 若山要助のいた東塩小路村の大半は、御土居堀で囲まれたなかに位置します。
 すなわち洛南ではなく、洛中になります。
 微細なことですが、まもなく京都観光案内をなさるとうかがっておりますので、「大文字焼き」の先例がこわく、ひとこと申しあげました。失礼はお許しください。

 来週の「篤姫紀行」に小松帯刀寓居参考地標石が登場するのは確実のようです。僕も楽しみにしております。
2008/10/06(Mon) 15:03 | URL  | 中村武生 #-[ 編集]
新聞記事
シラオさん、こんにちは。

仰せのように、わかりやすいことはいいことかもしれませんが、それだけで終わってはどうかなと思います。
その部分は、私どもの役割かも知れませんね。
2008/10/06(Mon) 18:13 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
訂正しました
中村武生さん、こんにちは。

ご指摘有難うございます。
本文を訂正しておきました。
漠然と南の方という意味で使ったのですが、御土居内でしたか。たしか京都駅付近でしたよね?
貴著『御土居ものがたり』を拝見したところ、御土居の南端は九条通、東寺の南端あたりのようですね。
2008/10/06(Mon) 18:16 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
鹿・・・
すみません・・爆笑してしまいました。
映画の役作りのせいなのでしょうか
この方、少し痩せ過ぎてしまってる印象があります。

この方、出身は尾張中村ですので
いずれは太閤記で猿もしくは虎を演じてくれないかと
ちょっと期待しているのですが、顔は鹿なんですね。
2008/10/06(Mon) 21:20 | URL  | 木暮兼人 #-[ 編集]
中村
木暮兼人さん、こんにちは。

お琴が上野樹里だったらどうしようかと思っていました。
鹿男は中村出身でしたか。知りませんでした。
猿は似合いそうですけど、虎はどうですかね?

2008/10/07(Tue) 08:35 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
省略
八月十八日の政変・池田屋事件に関する説明・描写もありませんでしたよね。
2008/10/09(Thu) 12:43 | URL  | 御座候 #kz2iIBPw[ 編集]
はしょり
御座候さん、こんばんは。

返事が遅れてすみません。

ご指摘のとおりですね。
おそらく政治的な重要事件はほとんどスルーだと思います。
大政奉還や王政復古政変などもそれほど詳しくやるとは思えませんね。
2008/10/10(Fri) 22:48 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
琴=芸妓?
こんにちは。古い記事にレスして申し訳ございません。

桐野さんのお話によると琴の出身というのははっきりしていないと言うことですが、いろいろと問題のある(苦笑)ネット百科事典「wikipedia」のお琴の記事で必死になって琴=芸者説を主張されている方がおられるようで、更に今回のこのドラマで琴=芸妓は一般常識で確定してしまいそうですね。

私も気になったので
・『近世・禰寝系図』(村山友一編 文昌堂)
・『幻の宰相 小松帯刀伝』(小松帯刀顕彰会)
を取り寄せてみてざっと読んでみました。

『近世禰寝系図』のほうは禰寝家に伝わっていた江戸時代中期~後期の古文書を解読して解説したという、かなり手堅い本だと思いました。が、こちらの方では琴については「三木六兵衛七女」と没年と死没地ぐらいしか記述がありませんでした。

あと一冊の『幻の宰相~』は今のところ小松帯刀に関して一番詳しい伝記と思われますが、内容については
・勝手に台詞を作ってお話を演出する傾向がある
・話の根拠となった資料のタイトルなどを掲示していない
という、かなり問題のある本だと思いました。この本で「琴=京都の芸者」という説を幾度に渡って力説しており、おそらく大河ドラマもこれをそのまま採用しちゃったものと考えられます。
ところで『幻の宰相~』のほうは大河ドラマ歴史考証担当の原口鹿大教授が監修しているようなのですが、
http://www.amazon.co.jp/%E5%B9%BB%E3%81%AE%E5%AE%B0%E7%9B%B8%E5%B0%8F%E6%9D%BE%E5%B8%AF%E5%88%80%E4%BC%9D-%E6%94%B9%E8%A8%82%E5%BE%A9%E5%88%BB%E7%89%88-%E7%80%AC%E9%87%8E-%E5%86%A8%E5%90%89/dp/4863502869
もしかすると原口氏は「琴=京都の芸妓」という説の根拠を持ってられるのでしょうか?原口氏も小松関連本を書いてられるようですが、残念ながら予約がいっぱいでなかなか入手できないので気になるところです。
2008/11/11(Tue) 14:24 | URL  | ばんない #kyBjvhlc[ 編集]
お琴の出自
ばんないさん、こんにちは。

お琴の出自については、私も少し史料をもっていますが、それには洛南の百姓の娘とあるだけで、芸妓だったとは書かれていません。
なお、『近世・祢寝系図』は未見なので何ともいえませんが、私のもっている史料とは少し異なるような気がします。三木云々はお琴の父親の実家かなと思いますが……。
余談ながら、この本を国会図書館などで検索してみたのですが、ヒットしませんでした。私家版なのでしょうか?

そのほかの刊行本はほとんど参考にならないでしょうね。
ただ、原口泉氏が以前に書かれた『NHKかごしま歴史散歩』(日本放送出版協会、1986)に、お琴の写真が掲載されています。ちょっとピンボケですが、ふっくらした感じですね。
もっとも、本当にお琴の写真なのかどうか籔の中です。所蔵先はどこなのかもわかりません。また、今年、これだけお琴が脚光を浴びたのに、まったく公表されないのも理由が分かりません。
2008/11/13(Thu) 13:28 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
『近世・禰寝文書』
申し訳ありません、タイトル間違ってました。表題が正しいタイトルです。でもどちらにしろ国会図書館には所蔵がありません。桐野さんのご推察通りで、おそらく自費出版された本のようです(URLにかいたブログにちらっと紹介があります)。所蔵している図書館も非常に少ないと思います。お琴の生没年、実家については村山氏の推測や考察を交えられたわけではなく、系図の記述通りのようです。

また、コメントで言及があった「お琴の写真(ややピンぼけ)」については、おそらくそれと同じと推測される物が問題の本『幻の宰相・小松帯刀伝』に所収されています。同書の記述に依れば、個人蔵(本には所蔵者実名記載あり)とのことです。

ご多忙のご様子、ブログの更新も無理せずお過ごし下さい。

2008/11/13(Thu) 18:49 | URL  | ばんない #kyBjvhlc[ 編集]
お琴の写真
ばんないさん、こんばんは。
鹿児島からです。

お琴の写真、瀬野さんの本にもありましたか。
うっかりしてました。
ということは、原口さんがそちらから転載したということになりそうですね。
私も瀬野さんとは生前交流があって、小松のご本も署名入りでいただいていたのですが……。

いずれにしろ、お琴が芸妓だったかどうかは史料上ではよくわかりませんが、おそらく小松家や小松の所領だった吉利ではわかっていて、伝承として伝わっているのかもしれませんが。

2008/11/14(Fri) 21:23 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
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