歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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昨日の大河ドラマで、もうひとつ気になった表現がありました。
表題のことでして、大したことではないのですが、妙に耳に残ったものですから。

小松帯刀が二条城での大政奉還の場で発言を求めて、自分の身分・役職を「城代家老」だと告げました。

でも、これって、何かおかしいですよね。

小松はたしかに、この年、慶応3年(1867)正月21日付で、城代家老を拝命しています(「薩藩小松帯刀履歴」)。
役料高は1000石、従来の家老勤めと担当部署はそのままというものです。辞令に「別段の思し召しを以て」とありますから、藩主茂久か国父久光のじきじきの命だったのでしょう。

もっとも、薩摩藩では、城代家老任命の事例はあまりありません(『藩法集』8、鹿児島藩・下)。幕末になると、ほとんど名誉職で、これに任命されたからといって、権限が格別強くなるいうこともありません。何より辞令が出たとき、小松は在京しています。ですから、城代家老の役目を勤められるはずがなく、名誉職にすぎないことは明らかです。
また役料も先例では2000石なのに、小松は半分というか、ふつうの家老と同じですね。
小松が城代家老になったことを高く評価する向きもありますが、どうでしょうか? 拝命前後で小松の役割や働きに格別の違いが生じたとも思えません。

もともと、城代家老は藩主が参勤交代で江戸にいるときに、国許の留守の総責任者という地位です。ましてや文久2年(1862)に参勤交代が事実上廃止されてからというもの、藩主はほとんど国許にいるわけですから、城代家老の仕事はなくなります。

常識的に考えてみればわかるように、小松があの場で「城代家老」と名乗ったら、すぐさま、「じゃ、なぜ京都にいるのか」というツッコミが入ってもおかしくありません。
つまり、対外的には通用しない役職でしょう。

この場合、TV的には「薩摩藩家老、小松帯刀」という名乗りで十分でしょう。
より厳密にいうなら、「松平修理大夫家来、小松帯刀」だと思いますが。

大したことではありませんので、読み流していただければ幸いです。

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【2008/11/03 23:30】 | 篤姫
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やはり
NAO4@吟遊詩人
ブログ楽しませていただいております。私も番組のこの台詞を聞いて、「城代家老が何で京都にいるんだ?」、「なんでここで、それを強調しなければいけないんだ?」と思ったのですが、まともな反応だったのですね。


憤懣やる方ないという感じですか…
幕末には全く興味のなかった私が大河ドラマ『篤姫』を期に
ウィキペディアや歴史家の方のサイトや、
一般の方のブログを回るようになりました。
桐野様がお造りになられたらまた違ったドラマになったのでしょうね。
今回の時代考証に参加された方々が作られたのはこのドラマであったと。
しかしその振り幅こそが時代劇の面白さではないかとも思います。
桐野様の御指摘も拝見しつつ、大河も楽しんでおりますよ。
申し訳ありませんが(笑)
思い入れのない私たちの方が楽しめるというのも皮肉な話ですね。
これからも史実の御教授よろしくお願い致します。


どうして篤ヲタって、今まで見もしなかった人様のブログで
『篤姫』に対して批判が書かれると
「でも私はこのドラマ楽しんでますから」とか勝利宣言したがるのかね
人のブログ汚す暇あるなら、マニアの内輪だけでハァハァしとけばいいのに・・・



けんしろう
はじめまして。
けんしろうと申します。
「篤姫」の中の、小松帯刀のことですね。
そこまで細かく指摘されるとは、脱帽です。
相当に歴史を研究されているのですね。
参考にさせてください。
応援させていただきます。
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コメント
この記事へのコメント
やはり
ブログ楽しませていただいております。私も番組のこの台詞を聞いて、「城代家老が何で京都にいるんだ?」、「なんでここで、それを強調しなければいけないんだ?」と思ったのですが、まともな反応だったのですね。
2008/11/04(Tue) 00:24 | URL  | NAO4@吟遊詩人 #laIirjiw[ 編集]
憤懣やる方ないという感じですか…
幕末には全く興味のなかった私が大河ドラマ『篤姫』を期に
ウィキペディアや歴史家の方のサイトや、
一般の方のブログを回るようになりました。
桐野様がお造りになられたらまた違ったドラマになったのでしょうね。
今回の時代考証に参加された方々が作られたのはこのドラマであったと。
しかしその振り幅こそが時代劇の面白さではないかとも思います。
桐野様の御指摘も拝見しつつ、大河も楽しんでおりますよ。
申し訳ありませんが(笑)
思い入れのない私たちの方が楽しめるというのも皮肉な話ですね。
これからも史実の御教授よろしくお願い致します。
2008/11/04(Tue) 09:48 | URL  | 寛 #CfpSSrsQ[ 編集]
どうして篤ヲタって、今まで見もしなかった人様のブログで
『篤姫』に対して批判が書かれると
「でも私はこのドラマ楽しんでますから」とか勝利宣言したがるのかね
人のブログ汚す暇あるなら、マニアの内輪だけでハァハァしとけばいいのに・・・
2008/11/04(Tue) 18:15 | URL  | ↑ #-[ 編集]
はじめまして。
けんしろうと申します。
「篤姫」の中の、小松帯刀のことですね。
そこまで細かく指摘されるとは、脱帽です。
相当に歴史を研究されているのですね。
参考にさせてください。
応援させていただきます。
応援クリック、ぽち。
2008/11/04(Tue) 18:19 | URL  | けんしろう #qNXjQhIg[ 編集]
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