歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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南日本新聞連載「さつま人国誌」第84回
―豪華な和洋料理で歓待―

本日、鹿児島から帰ってきました。

連載が更新になりました。
左のリンク欄「さつま人国誌」をクリックすれば、ご覧になれます。

今回は前回の続きで、薩摩側がパークス一行を磯別邸(現・仙巖園)に招待してもてなしたことを書きました。
異文化の遭遇なので、いろいろ面白いことが起こっています。
薩摩側も驚くことが多く、英国側も同様です。
とくに、薩摩側の柔軟な適応力が見えるような気がします。

接待も1日目は日本料理、2日目は洋式と、心憎い演出ですね。
2日目に出た豚の丸焼きはパークス一行も驚いたようです。
ほとんど西洋式だったからでしょう。
もともと鹿児島には豚食文化がありました。
それに加えて、新納刑部、堀孝之など洋行帰りの連中が向こうで経験した食文化をすばやく取り入れたものだと思います。

大げさにいえば、日本の近代化の原型を見る思いがします。

次回は、パークス一行の見聞や、小松帯刀の写真について書きたいと思います。

よろしければ、下記をクリックして下さい。
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【2008/11/16 16:10】 | さつま人国誌
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ドラマ
武藤 臼
この饗応は、それだけでドラマのようです。
面白いですね。

妄想を膨らませると、今なら地球に初めて来た宇宙人を饗応するというSFものと、同じ様な絵が描ける様な感じです。

餃○の王将
ばんない
こんばんは。本編最後の2行で思わず表題の某中華料理チェーン店のCM思い出しました。ローカルCMで関東では流れてない上、桐野さんの在学中にはたぶんまだやってなかったと思いますので、URLにyoutubeの映像へのアドレス書いておきます(汗)

それにしても豚肉はまだ分かるのですが、鶏3000羽、卵5万個って何に使ったんでしょうか、気になります。卵焼きにすると想像を絶する量になりそうですが。鶏はほんの一部だけを使って内臓や鶏ガラなどは廃棄したのかも知れません。

さて、このころには見よう見まねの洋食を饗してイギリスご一行を驚かせた薩摩藩も、数十年後に島津忠重兄弟のためにイギリスから家庭教師を迎えたときには、彼女に対して1日3食ステーキというボタンを掛け違えた心配りを見せてうんざりさせてますね。島津家においては国際感覚は明治にはいって逆に退化してしまっていたのかも知れません。


磯庭園での歓待
岩剣石塁
 先日、島津家の古写真の本を見ていましたら、
明治24年にロシアのニコライ皇太子(後のニコライ2世)が
磯庭園で甲冑武者行列の歓待を受けているシーンの写真が
ありました。
 時代が進むにつれて、歓待が懐古調になるのが
おもしろいですね。

猿の惑星?
桐野作人
武藤 臼さん、こんばんは。
いや宇宙人の饗応といえば、思い出してしまいました。

餃○の王将
桐野作人
ばんないさん、こんばんは。

いやはやCM、笑ってしまいました。

あれだけの食材になったのは、上陸した公使一行だけでなく、軍艦の乗組員にも大量の肉・卵類を差し入れたからだそうです。

懐古調
桐野作人
岩剣石塁さん、こんばんは。

鹿児島ではお世話になりました。

ばんないさんも書かれていますが、明治以降の島津家は外国人接待がいまいちのようですね。
どこか感覚がずれてしまったのでしょうか?


ばんない
こんばんは。CM受けていただいたようで発掘したかいがありました(汗)。あんなのまであるとはyoutube恐るべし、ですが。

>あれだけの食材になったのは、上陸した公使一行だけでなく、
>軍艦の乗組員にも大量の肉・卵類を差し入れた
なるほど、戦艦3隻分の乗組員の食料ですから相当な量になったはずです。最も材料だけ差し入れて調理はイギリス側にまかせたのでしょうね。

>ニコライ2世
確か日本(というか世界)最後の犬追物の興行、でしたっけ。当時の島津家当主・忠義自身が騎乗して展覧にいれたそうです。
何ヶ月か前にBSデジタルの特集(チャンネルは失念)で、ニコライ2世皇太子時代の日本訪問記を取り上げた番組を拝見したのですが、この番組ではこの時の鹿児島ご来訪も取り上げていました。さて「犬追物」の実演ですが、さすがに本物の犬を撃ってあらぬ誤解をされても困るので、米俵か炭俵を人間が引っ張って代用したようです。が、何をやりたいのかの意図がどうも伝わらなかったようで、ニコライ2世の感想は余り良くなかったようです。
ちなみにその数日後、京都に行ったときの芸妓遊びは非常に楽しまれたそうで、わざわざ自筆の日記にも特記されているそうです。やはり軍事演習もどきでは女の色気に勝てません(涙)

ニコライ二世
桐野作人
ばんないさん、こんばんは。

ニコライ二世のエピソードもなかなか面白いですね。
犬追物といえば、島津忠義が馬に乗ってそれらしき服装をした写真が残っていますね。馬が小さく見えたのは、忠義が大柄だからだというのが今回分かりました(笑)。
さて、テーマからはずれますので、この辺で打ち止めにしましょう。

日本の豚
トーティ
はじめまして。いつも「さつま人国記」とブログを楽しく拝見しています。
パークスは「もっとも奇観」って英語で何と言ったのだろうと、あれこれ想像して、ぐぐってしまいました。

プロジェクト・グーテンベルグに面白い絵がありました(URL参照)。1861年にロンドン動物園で展示された日本の豚だそうです。(p.70の挿絵)
ちょっと梅山豚に似てます。
説明によると、日本古来の種かどうかは疑わしいとのこと。太平洋地域に元からいた豚は、近年ヨーロッパや中国の豚と交配されてほぼ絶滅したとあるので、幕末期にだけ飼われていた種類の豚かもしれません。

この記事以外にもダーウィンがこの豚のことを手紙に書いているなど、英国の博物学者何人かが記録しているのでガセネタではないと思います。

こんな変な顔の豚が丸焼きになって出て来たら、パークスもびっくりするだろうなと思ってしまいました。

日本の豚
桐野
トーティさん、はじめまして。

貴重な情報有難うございます。
英語を読むのは大変ですが、イラストはよくわかりました。

面白い顔をした豚さんですね。
梅山豚に似ているといえば似ているような。

薩摩の豚のルーツは琉球ではないのかなと思っているところです。
豚肉の塩漬けは琉球でつくっていたみたいですね。
さらに琉球豚のルーツがどこなのかという興味もありますが。

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コメント
この記事へのコメント
ドラマ
この饗応は、それだけでドラマのようです。
面白いですね。

妄想を膨らませると、今なら地球に初めて来た宇宙人を饗応するというSFものと、同じ様な絵が描ける様な感じです。
2008/11/16(Sun) 22:23 | URL  | 武藤 臼 #-[ 編集]
餃○の王将
こんばんは。本編最後の2行で思わず表題の某中華料理チェーン店のCM思い出しました。ローカルCMで関東では流れてない上、桐野さんの在学中にはたぶんまだやってなかったと思いますので、URLにyoutubeの映像へのアドレス書いておきます(汗)

それにしても豚肉はまだ分かるのですが、鶏3000羽、卵5万個って何に使ったんでしょうか、気になります。卵焼きにすると想像を絶する量になりそうですが。鶏はほんの一部だけを使って内臓や鶏ガラなどは廃棄したのかも知れません。

さて、このころには見よう見まねの洋食を饗してイギリスご一行を驚かせた薩摩藩も、数十年後に島津忠重兄弟のためにイギリスから家庭教師を迎えたときには、彼女に対して1日3食ステーキというボタンを掛け違えた心配りを見せてうんざりさせてますね。島津家においては国際感覚は明治にはいって逆に退化してしまっていたのかも知れません。
2008/11/17(Mon) 00:20 | URL  | ばんない #kyBjvhlc[ 編集]
磯庭園での歓待
 先日、島津家の古写真の本を見ていましたら、
明治24年にロシアのニコライ皇太子(後のニコライ2世)が
磯庭園で甲冑武者行列の歓待を受けているシーンの写真が
ありました。
 時代が進むにつれて、歓待が懐古調になるのが
おもしろいですね。
2008/11/17(Mon) 01:57 | URL  | 岩剣石塁 #qHI8YIeE[ 編集]
猿の惑星?
武藤 臼さん、こんばんは。
いや宇宙人の饗応といえば、思い出してしまいました。
2008/11/17(Mon) 23:32 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
餃○の王将
ばんないさん、こんばんは。

いやはやCM、笑ってしまいました。

あれだけの食材になったのは、上陸した公使一行だけでなく、軍艦の乗組員にも大量の肉・卵類を差し入れたからだそうです。
2008/11/17(Mon) 23:34 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
懐古調
岩剣石塁さん、こんばんは。

鹿児島ではお世話になりました。

ばんないさんも書かれていますが、明治以降の島津家は外国人接待がいまいちのようですね。
どこか感覚がずれてしまったのでしょうか?
2008/11/17(Mon) 23:36 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
こんばんは。CM受けていただいたようで発掘したかいがありました(汗)。あんなのまであるとはyoutube恐るべし、ですが。

>あれだけの食材になったのは、上陸した公使一行だけでなく、
>軍艦の乗組員にも大量の肉・卵類を差し入れた
なるほど、戦艦3隻分の乗組員の食料ですから相当な量になったはずです。最も材料だけ差し入れて調理はイギリス側にまかせたのでしょうね。

>ニコライ2世
確か日本(というか世界)最後の犬追物の興行、でしたっけ。当時の島津家当主・忠義自身が騎乗して展覧にいれたそうです。
何ヶ月か前にBSデジタルの特集(チャンネルは失念)で、ニコライ2世皇太子時代の日本訪問記を取り上げた番組を拝見したのですが、この番組ではこの時の鹿児島ご来訪も取り上げていました。さて「犬追物」の実演ですが、さすがに本物の犬を撃ってあらぬ誤解をされても困るので、米俵か炭俵を人間が引っ張って代用したようです。が、何をやりたいのかの意図がどうも伝わらなかったようで、ニコライ2世の感想は余り良くなかったようです。
ちなみにその数日後、京都に行ったときの芸妓遊びは非常に楽しまれたそうで、わざわざ自筆の日記にも特記されているそうです。やはり軍事演習もどきでは女の色気に勝てません(涙)
2008/11/18(Tue) 00:42 | URL  | ばんない #kyBjvhlc[ 編集]
ニコライ二世
ばんないさん、こんばんは。

ニコライ二世のエピソードもなかなか面白いですね。
犬追物といえば、島津忠義が馬に乗ってそれらしき服装をした写真が残っていますね。馬が小さく見えたのは、忠義が大柄だからだというのが今回分かりました(笑)。
さて、テーマからはずれますので、この辺で打ち止めにしましょう。
2008/11/23(Sun) 17:32 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
日本の豚
はじめまして。いつも「さつま人国記」とブログを楽しく拝見しています。
パークスは「もっとも奇観」って英語で何と言ったのだろうと、あれこれ想像して、ぐぐってしまいました。

プロジェクト・グーテンベルグに面白い絵がありました(URL参照)。1861年にロンドン動物園で展示された日本の豚だそうです。(p.70の挿絵)
ちょっと梅山豚に似てます。
説明によると、日本古来の種かどうかは疑わしいとのこと。太平洋地域に元からいた豚は、近年ヨーロッパや中国の豚と交配されてほぼ絶滅したとあるので、幕末期にだけ飼われていた種類の豚かもしれません。

この記事以外にもダーウィンがこの豚のことを手紙に書いているなど、英国の博物学者何人かが記録しているのでガセネタではないと思います。

こんな変な顔の豚が丸焼きになって出て来たら、パークスもびっくりするだろうなと思ってしまいました。
2013/03/06(Wed) 18:36 | URL  | トーティ #-[ 編集]
日本の豚
トーティさん、はじめまして。

貴重な情報有難うございます。
英語を読むのは大変ですが、イラストはよくわかりました。

面白い顔をした豚さんですね。
梅山豚に似ているといえば似ているような。

薩摩の豚のルーツは琉球ではないのかなと思っているところです。
豚肉の塩漬けは琉球でつくっていたみたいですね。
さらに琉球豚のルーツがどこなのかという興味もありますが。
2013/03/09(Sat) 17:38 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
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