歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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このところ多忙で、2週間前の鹿児島での講演の報告もしてませんでした。

11月15日(土)午後1時から、会場は南日本新聞社5F会議室。
桜島
写真のように、桜島一人占めというくらいの眺望のよさです。

演題は「篤姫と幕末薩摩の青年たち」というものでした。
主催者のサイトに少し紹介されています。ここです。
大河ドラマ「篤姫」の最後の「篤姫紀行」の音楽でも知られているリコーダー奏者の吉嶺史晴氏も駆けつけて演奏していただきました。とても素敵な調べでした。

会場には200人以上来られて満席で、椅子を追加したほどだったそうで、主催者のご努力に感謝です。
もっとも、私が途中で不覚にも時間の感覚を失って予定時間を大幅に超過してしまい、主催者のその後のスケジュールが大幅に変更されたそうです。
大変ご迷惑をおかけしてしまい、申しわけありませぬ。
日頃、時間を超過する場合でも本人が自覚していて、適当なところで切り上げるのですが、この日に限ってどうしたことでしょう。思ったより熱弁だったことはたしかでしたが、時計を見ても、全然時間が計算できなかったのが不思議です。

講演に先立ち、鹿児島市内常盤町にある西郷家墓所を訪れました。
これには理由がありました。
私がかつて南日本新聞連載で書いたことがあるこの記事をご覧になったTさんからメールをいただきました。
彼女は、西郷の孫で神宮のスターだった準氏と親しい知り合いで、1944年、彼が出征するとき、東京駅に見送りに行き、握手したのが今生の別れだったそうです。準氏はフィリピンで戦死しました。
準氏の墓参りをしたくても、場所もわからずにいたところ、私の記事を見て、準氏の墓を尋ねられたのです。
私も南洲曾孫の西郷隆文氏にお尋ねするなどして、西郷家墓地に合葬されていることを知り、鹿児島の知友Hさんの協力もあって、63年ぶりの墓参が実現しました。
Tさんは関東にお住まいでしたが、お身体が少し不自由なのと、目の見えない愛犬がいるため、飛行機・新幹線や船も使えず、娘さんと車で一週間かけて鹿児島までおいででした。
63年ぶりの対面に、私も言葉が出ませんでした。

西郷家の墓は吉田茂が銘を刻んでいたんですね。
その墓碑銘には、準氏の名前もありました。
DSC07656_640.jpg

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【2008/11/28 14:26】 | イベント
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