歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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京都新聞サイトの記事。
http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2007010500076&genre=J1&area=K10

やっぱり、銀閣寺には銀箔が張ってなかったそうな。以前からそう言われていたが、科学的な調査ではっきりと結論が出たようだ。

そもそも足利義政が東山殿を造営した頃は、北山殿の金閣への対抗意識などなかったはずで、記事にもあるように、銀閣寺と呼ばれるようになったのは江戸時代からのようである。

当て推量だが、江戸時代、西の金閣に対して、東の銀閣があったほうがよいという程度で呼び出したのが発端ではなかったのか。←大文字祭りなどとも関連がないのか?

学生時代、銀閣寺の近くに下宿していただけに感慨深かった。





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【2007/01/06 00:12】 | 雑記
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