歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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NHK大河ドラマ「篤姫」第50回「一本の道」

いよいよ最終回となりました。
昨夜、観られなかったので、遅ればせながら、本日鑑賞。

明治になってからの篤姫を描いたためか、すでに「総集編」的な趣きになっていたように感じました。

小松帯刀の死の様子については、私も一昨日、書いておりますので、前回分をご覧下さい。
ドラマでは「足痛」が強調されていましたが、今回は病床の小松が初めて吐血して、看病するお琴を驚かせたシーンがありました。
明言はしていませんでしたが、明らかに肺結核とおぼしき症状でしたから、同説を唱えた小生としては満足です。

ひとつ気になったというか、なるほどなと思ったのは、小松が病死した場所です。
外国人の医師が小松を治療していました。テロップは出ませんでしたが、おそらくオランダ人医師で小松の主治医だったボードウィンを想定しているのでしょうね。小松がボードウィンの治療を受けている様子はここに書いています。
ボードウィンは大坂医学校を設立して、医者の育成にあたりましたが、小松はそこに入院しているという設定でした。

私も同所に入院してそこで亡くなったというのも有力だと思うのですが、それを裏づける史料がないように思います。
一方、小松が亡くなる8カ月ほど前、大久保利通に宛てて病状を知らせた書簡のなかで、「八畳の床の中で大弱りです」と書いています。これはどうも日本間風に思えるので、小松はお琴の居宅で療養していたのではないかと推定しました。

もっとも、病状が重くなってから、設備のととのった大阪医学校に移った可能性は否定しません。

あと、鹿児島のお近が上坂して、お琴と一緒に看病にあたっていました。
これは史実です。ただし、上坂してきたのはお近だけではありません。
薩摩藩大坂留守居役だった木場伝内が大久保利通に宛てた書簡があります(『大久保利通関係文書』三)。これは7月2日付で、同書の編者は明治2年(1869)に比定していますが、小松が鹿児島から大坂に向かったのは同年7月5日頃ですので、この書簡は同3年とすべきでしょう。

となりますと、小松が亡くなる直前に、お近たちは見舞いにやってきたことになります。
それによれば、小松の病状は一進一退で、小松の体は「いらさ竹にぬれ紙かぶせた様にて、誠に見るに忍びざる御ありさま、気の毒の事」というものです。竹のように痩せ細って、皮膚がたるんでいるような状態だったのでしょう。

この頃、すでにお近たちが小松の所に駆けつけています。
お近のほか、次兄相良長発、弟の吉利群吉、養子の小松右近(町田申四郎改め)、そして「母堂」(肝付家の実母か)などが来ています。
それだけでなく、家来など6、70人も同行していたため、その生活費や諸経費だけで一日「四拾金」(40両)かかるありさまで、「会計大いに難渋」したそうです。さすがに薩摩藩の元家老、兄弟たちも門閥家当主ですから、何かと大所帯で物入りだったようです。

当然、お近はお琴や一子安千代(のち清直)にも会ったでしょう。


次に、天璋院関係ですが、再び江戸に戻ってきた和宮と、勝海舟に連れられて、芝居見物に行ったシーンで、天璋院と和宮がお給仕でシャモジの取り合いをしたシーンがありました。
これは勝の回想録である『海舟余波』に載っていますが、場所と状況の設定が少し違います。

「後に私の家に御一処にいらした時に、配膳が出てから、両方でお上りなさらん。大変だと言って、女が来て困るから、『どうした』と言うと、両方でお給仕をしようとして睨みあいだというのサ。それで、私が出て行って、『アナタ方はどういうものです』というと、互に、『私がお給仕をします筈です、それにアナタからなさろうとなさいますから』と言うのサ。私は笑うてネ、『なんです、そンな事ッてすか、それならば良い事があります』と言ってネ、お櫃を二つ出させて、一つ宛(づつ)、側に置いて、『サ、天璋院さまのは、和宮さまがなさいまし、和宮さまのは、天璋院さまがなさいまし、これで喧嘩はありますまい』と言って笑ったらネ、「安芳は利口ものです」と言って、大笑になったよ。それから、帰りには、一つ馬車で帰られたが、その後は、大変な仲よしサ。何事でも、互いに相談で、万事、一つだったよ」

芝居見物の帰りかどうかはわかりませんが、勝の屋敷での出来事のようです。
またドラマでは、勝の機転でシャモジをもう1本もってこさせましたが、これでは、お櫃を2つ用意させて、それぞれがお櫃をそばに置いてお互いに給仕するという形になっていますね。
細かいことをいえば、ドラマでは人力車でしたが、勝は馬車だと語っています。

個人的には、天璋院が勝のためにシャツを縫ってあげたという逸話も取り上げてほしかったです。しかも、ミシンで縫っていたらなおよかったですが……。

ついでに、天璋院が静寛院宮の終焉の地、箱根塔ノ沢を訪れる場面もほしかったですね。2人の関係を偲ばせ、天璋院の静寛院宮への思いも伝わります。さらに欲ばれば、天璋院のこの旅日記によれば、新橋から横浜まで汽車を利用しています。
将軍御台所だった天璋院が汽車に乗る場面など、明治という新時代を彷彿とさせるのではないかと思いますが、予算の関係で無理だったのではないかと臆測します。

ドラマの冒頭と途中の2回、千駄ヶ谷の徳川家の屋敷の門が出てきました。
あれは上野の東京国立博物館横に建っている鳥取池田家の上屋敷門ではなかったでしょうか。
じつは、昨日、篤姫の幕末江戸ツアーの講師をして、その門を見学して説明したばかりでした。
知っていたら、参加者のみなさんに、最終回に登場しますよと伝えられたのに残念です。
もし、昨日の参加者でこのブログを見ている方がおいでしたら、あの門ですよと書いておきます。

最後に、大久保利通のヒゲ、カイゼル髭っていうんですかね?
岩倉使節団で洋行する前から、あのヒゲにしていましたが、どうでしょうか。
あのヒゲになったのは帰国後じゃないかという気がしますが。

ともあれ、1年間「篤姫」のおっかけをやってきました。
この感想は1度だけパスしたことがありますが、ほとんど毎回書いたのではないかと思います。
途中でよほど止めようかと思いましたが、日曜日の夜と月曜日にものすごいアクセス数が記録されるのを見て、みなさんの期待を裏切るわけにはいかないなと思い、何とか完走しました。
それもこれも、このブログをご覧になって下さったみなさんのおかげです。

来年の大河はどうしようかなあ……。

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【2008/12/15 20:53】 | 篤姫
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中村武生
いやいや。おつかれさまでした。たいへん勉強させていただきました。来年もどうかお願いいたしたいところです。


ぶるぼん
先生、1年間お疲れさまでした。僕のほうも今年最後のトラックバックを貼らせていただき、無事50回完走いたしました。先生の情報を参考にさせていただいたことしばしで、ほとんど関心のない当会のブログへのアクセス増にも貢献していただきありがとうございます。
 やはり先生の批評はドラマを観る上で大変参考になりますので、できれば来年の大河ドラマ『天地人』も続けてほしいです。これは僕だけでなく、読者すべてが求めていますので。僕のほうも不勉強ながら、スタンプを交えて展開していきたいと思います。

お疲れ様でした
Holy
毎回本編放映後、こちらの記事更新で補足説明(あるいは本来の史実)を読ませて頂き、お勉強させてもらえたのがドラマ以上に楽しみでした。
岩倉具視旧宅隣の対岳文庫にかかっていた岩倉使節団一行の写真の大久保甲東閣下は、ヒゲなかったですよね(笑)。私はあれはビスマルクに感化されたヒゲだと思ってたので、ドラマで維新後いきなりアレでしたからうろたえました。「新政府の大久保」としてわかり易く変身させたんでしょう。
お琴が小松の好物のお肉を買いに行っていたくだりも、桐野さんの記事を読んでいた身としては成程と思わせられました。
来年の妻夫木直江と北村景勝の物語も是非解説お願いします。特に序盤、阿部謙信は素敵そうですよ…。

ありがとうございました
もん吉
このドラマが始まってここを知り、それからは毎日アップされるのを楽しみに拝見しておりました。
ドラマだけではどこまで本当のことか創作なのかよくわからず
桐野さんの説明を読んでなるほどと思ったことが数知れず。
今まで流していた部分にも興味を持ちまたいろんな書物を読み日本の歴史も学び直したいと思う今日この頃です。
本当にありがとうございました。


不謹慎にも
NAO4@吟遊詩人
小松帯刀が吐血したシーンで、「やった。桐野先生おめでとう。」と思ってしまいました。ここは、泣くシーンですよね。
帯刀様祟らないでね。ご冥福をお祈りします。

桐野先生、この1年(私は途中からですが)ありがとうございました。信長の方も期待しております。

お疲れ様でした
シラオ
妻がTV見る横で、先生から得た知識をひけらかすのが、
私の「篤姫」鑑賞の醍醐味でした^^
しゃもじ出た瞬間!「これは事実だよ^^」とか・・・。
楽しませて頂きました。
そして今日、種明かしを告げて先生のブログを妻のパソコンのお気に入りにも設定しました。
一年分振り返ることでしょう^^
本当にありがとうございました。これからも楽しみにしております。

ありがとうございます
桐野作人
みなさま

励ましの言葉をいただき、有難うございます。
少しはお役に立ったようで、私もやり甲斐があったなと感じています。

来年の大河については、私より詳しい方がリンク先にもいらっしゃいますので、できるだけといいますか、私の守備範囲内でやっていきたいと思います。

たっぷりの休息を!
でこ
有難う御座いました 何回お礼を云ってもたりませんこれからも、お体にご無理が 有りません様にお願い致します
又 榎本さんの中村 半次郎に期待をして居ります ご成功を
祈ります 風邪の予防注射は済みまして?是非済ませて下さい

おつかれさまでした
ばんない
当方2回目で挫折したので、以後はこちらのブログを経由して「観賞」?させていただいておりました。完走された桐野さんの忍耐には感服します。

お仕事もご多忙のご様子、また、リンク先の方の守備範囲となれば、来年は視聴率とにらめっこしながら(苦笑)適当でよろしいんじゃないでしょうか。重ね重ねお疲れさまでした。

徳川家屋敷門
御座候
>あれは上野の東京国立博物館横に建っている鳥取池田家の上屋敷門ではなかったでしょうか。

何か見覚えがある門だと思ったのですが、東博正門横のアレですか。なるほど。

鳥取池田家屋敷門
桐野作人
御座候さん、こんばんは。

放映の当日にその門を見学したので既視感があり、直感的にそう思ったのですが、確認したわけではありません。

では、よいお年を。

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コメント
この記事へのコメント
いやいや。おつかれさまでした。たいへん勉強させていただきました。来年もどうかお願いいたしたいところです。
2008/12/15(Mon) 21:07 | URL  | 中村武生 #-[ 編集]
先生、1年間お疲れさまでした。僕のほうも今年最後のトラックバックを貼らせていただき、無事50回完走いたしました。先生の情報を参考にさせていただいたことしばしで、ほとんど関心のない当会のブログへのアクセス増にも貢献していただきありがとうございます。
 やはり先生の批評はドラマを観る上で大変参考になりますので、できれば来年の大河ドラマ『天地人』も続けてほしいです。これは僕だけでなく、読者すべてが求めていますので。僕のほうも不勉強ながら、スタンプを交えて展開していきたいと思います。
2008/12/15(Mon) 21:18 | URL  | ぶるぼん #41Gd1xPo[ 編集]
お疲れ様でした
毎回本編放映後、こちらの記事更新で補足説明(あるいは本来の史実)を読ませて頂き、お勉強させてもらえたのがドラマ以上に楽しみでした。
岩倉具視旧宅隣の対岳文庫にかかっていた岩倉使節団一行の写真の大久保甲東閣下は、ヒゲなかったですよね(笑)。私はあれはビスマルクに感化されたヒゲだと思ってたので、ドラマで維新後いきなりアレでしたからうろたえました。「新政府の大久保」としてわかり易く変身させたんでしょう。
お琴が小松の好物のお肉を買いに行っていたくだりも、桐野さんの記事を読んでいた身としては成程と思わせられました。
来年の妻夫木直江と北村景勝の物語も是非解説お願いします。特に序盤、阿部謙信は素敵そうですよ…。
2008/12/15(Mon) 21:30 | URL  | Holy #dQiDlXB2[ 編集]
ありがとうございました
このドラマが始まってここを知り、それからは毎日アップされるのを楽しみに拝見しておりました。
ドラマだけではどこまで本当のことか創作なのかよくわからず
桐野さんの説明を読んでなるほどと思ったことが数知れず。
今まで流していた部分にも興味を持ちまたいろんな書物を読み日本の歴史も学び直したいと思う今日この頃です。
本当にありがとうございました。
2008/12/15(Mon) 23:54 | URL  | もん吉 #-[ 編集]
不謹慎にも
小松帯刀が吐血したシーンで、「やった。桐野先生おめでとう。」と思ってしまいました。ここは、泣くシーンですよね。
帯刀様祟らないでね。ご冥福をお祈りします。

桐野先生、この1年(私は途中からですが)ありがとうございました。信長の方も期待しております。
2008/12/16(Tue) 00:26 | URL  | NAO4@吟遊詩人 #laIirjiw[ 編集]
お疲れ様でした
妻がTV見る横で、先生から得た知識をひけらかすのが、
私の「篤姫」鑑賞の醍醐味でした^^
しゃもじ出た瞬間!「これは事実だよ^^」とか・・・。
楽しませて頂きました。
そして今日、種明かしを告げて先生のブログを妻のパソコンのお気に入りにも設定しました。
一年分振り返ることでしょう^^
本当にありがとうございました。これからも楽しみにしております。
2008/12/16(Tue) 09:43 | URL  | シラオ #-[ 編集]
ありがとうございます
みなさま

励ましの言葉をいただき、有難うございます。
少しはお役に立ったようで、私もやり甲斐があったなと感じています。

来年の大河については、私より詳しい方がリンク先にもいらっしゃいますので、できるだけといいますか、私の守備範囲内でやっていきたいと思います。
2008/12/16(Tue) 12:32 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
たっぷりの休息を!
有難う御座いました 何回お礼を云ってもたりませんこれからも、お体にご無理が 有りません様にお願い致します
又 榎本さんの中村 半次郎に期待をして居ります ご成功を
祈ります 風邪の予防注射は済みまして?是非済ませて下さい
2008/12/16(Tue) 18:19 | URL  | でこ #-[ 編集]
おつかれさまでした
当方2回目で挫折したので、以後はこちらのブログを経由して「観賞」?させていただいておりました。完走された桐野さんの忍耐には感服します。

お仕事もご多忙のご様子、また、リンク先の方の守備範囲となれば、来年は視聴率とにらめっこしながら(苦笑)適当でよろしいんじゃないでしょうか。重ね重ねお疲れさまでした。
2008/12/16(Tue) 22:32 | URL  | ばんない #kyBjvhlc[ 編集]
徳川家屋敷門
>あれは上野の東京国立博物館横に建っている鳥取池田家の上屋敷門ではなかったでしょうか。

何か見覚えがある門だと思ったのですが、東博正門横のアレですか。なるほど。
2008/12/26(Fri) 19:54 | URL  | 御座候 #Oy7xWeJw[ 編集]
鳥取池田家屋敷門
御座候さん、こんばんは。

放映の当日にその門を見学したので既視感があり、直感的にそう思ったのですが、確認したわけではありません。

では、よいお年を。
2008/12/26(Fri) 20:03 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
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