歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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司馬遼太郎

週刊朝日編集部の村井重俊さんから表題のムックをいただいた。
ご恵贈、感謝。
村井さんはずっと司馬さんと親しいお付き合いがあった人で、週刊朝日で続いている司馬さんとその作品にまつわる長期連載もご存じの方も多いと思う。

私にとっての司馬遼太郎といえば、高校時代に読んだ『国盗り物語』と、社会人になってから読んだ『翔ぶが如く』に尽きる。

今もって、『竜馬がゆく』も『燃えよ剣』も読んでいないし、今年の大河の原作『功名が辻』も読んだことがない。とくに前二者を読んでいないというと、よくそれで……という目で見られる(笑)。

いただいたムックは非常にきれいで、よくまとまっている。
安野光雅氏の挿絵も素敵だ。作品の登場人物をTVや映画で演じた役者さんたちのインタビューもたくさん載っている。

個人的に、ハッと思った1枚の写真がある。
司馬さんが京都・黒谷の会津藩士の墓地を訪れている写真だ。
非業の最期を遂げた同藩士柴司の墓の後ろに司馬さんが佇んでいて、視線が下に落ちている。おそらく墓碑銘を読んでいるのだろう。

何に驚いたかというと、会津藩墓地に背の高い雑草が生い茂っていること。
撮影年次が1962年とある。もう40年以上前だ。
司馬さんがコートを着ているから、晩秋から冬の季節だろう。夏ならともかく、その時季にこれほどの雑草が繁茂しているというのは、世話する人もほとんどいなかったのだろう。

今でこそ、この地は訪れる人々が多く、今春私が参詣したときも、会津藩墓地はきれいに清掃が行き届いていた。

40年以上前にこの地はそれほど顧みられることがなかったのだなと、実感した。
大げさにいえば、時代の移り変わりというか、日本人の価値観の変化を感じさせる写真だった。





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【2006/11/18 22:08】 | 雑記
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橋場
司馬さんが「王城の護衛者」を発表したのが’68年ですね。
幕末、会津への世間の関心を呼び覚ます一石を投じた司馬さんは、その6年前に何を思って墓碑銘に向かっていたのでしょうか。

嗅覚
桐野
司馬さんが会津藩に着目したのは、今から考えると、先見性があったかもしれませんね。薩長(とくに長州)にばかり見ていた研究者とは異なる、独特の嗅覚があったのではないでしょうか。


先見性
吉田松陰大好き
これを持つ人が大好きです。本人は周囲より先を行くものだから、理解を得るのに時間がかかり、様々な苦難もあった事でしょう。'07,1/6,7放送の『白虎隊』を見て、今まで「倒幕派が好き」と表現してきましたが、もう止めようと決心しました。歴史は勝者に光を当てがちで、敗者は本当に影になってしまう。会津の人々は自国や殿を誇りに思っており、子供から老人まで命を惜しまず戦った。トップの容保公がプライドを捨てづらい気持ちも分かるけど、会津の犠牲は大き過ぎます。倒幕派は、山で自刃した隊士の亡骸を1年以上も引き取ったり、葬る事を許さなか

続きです
吉田松陰大好き
許さなかった様だし、親の苦しみは想像を絶する。会津が倒幕派に落ちた後の事は詳しく知らないが、敗者となった以上、大抵の予想は付きます。ドラマの会津の人間模様は人道主義に反しておらず、ただ立場が逆なだけで、倒幕派の人道主義に反する行いは、その後、長い間恨まれても仕方無いでしょう。新しい時代の幕開けは大変悲痛です。悲痛な歴史を繰り返してはいけないと、よく言うけれど、生活に密着してないと忘れがちなので、本当に歴史をどう学ぶべきか考えさせられます。勝敗で見ず、過程も見ながら、両者の個性や精神性等を理解したいです。

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この記事へのコメント
司馬さんが「王城の護衛者」を発表したのが’68年ですね。
幕末、会津への世間の関心を呼び覚ます一石を投じた司馬さんは、その6年前に何を思って墓碑銘に向かっていたのでしょうか。
2006/11/21(Tue) 16:52 | URL  | 橋場 #-[ 編集]
嗅覚
司馬さんが会津藩に着目したのは、今から考えると、先見性があったかもしれませんね。薩長(とくに長州)にばかり見ていた研究者とは異なる、独特の嗅覚があったのではないでしょうか。
2006/11/21(Tue) 20:07 | URL  | 桐野 #-[ 編集]
先見性
これを持つ人が大好きです。本人は周囲より先を行くものだから、理解を得るのに時間がかかり、様々な苦難もあった事でしょう。'07,1/6,7放送の『白虎隊』を見て、今まで「倒幕派が好き」と表現してきましたが、もう止めようと決心しました。歴史は勝者に光を当てがちで、敗者は本当に影になってしまう。会津の人々は自国や殿を誇りに思っており、子供から老人まで命を惜しまず戦った。トップの容保公がプライドを捨てづらい気持ちも分かるけど、会津の犠牲は大き過ぎます。倒幕派は、山で自刃した隊士の亡骸を1年以上も引き取ったり、葬る事を許さなか
2007/03/09(Fri) 15:55 | URL  | 吉田松陰大好き #-[ 編集]
続きです
許さなかった様だし、親の苦しみは想像を絶する。会津が倒幕派に落ちた後の事は詳しく知らないが、敗者となった以上、大抵の予想は付きます。ドラマの会津の人間模様は人道主義に反しておらず、ただ立場が逆なだけで、倒幕派の人道主義に反する行いは、その後、長い間恨まれても仕方無いでしょう。新しい時代の幕開けは大変悲痛です。悲痛な歴史を繰り返してはいけないと、よく言うけれど、生活に密着してないと忘れがちなので、本当に歴史をどう学ぶべきか考えさせられます。勝敗で見ず、過程も見ながら、両者の個性や精神性等を理解したいです。
2007/03/09(Fri) 16:37 | URL  | 吉田松陰大好き #-[ 編集]
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