歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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だいぶ遅くなりました。
先月26日、名古屋の栄・中日文化センター講座「本能寺の変を読み解く」第5回。

今回のテーマは「斎藤利三の立場と役割」。

冒頭、斎藤利三を名前だけでもご存じか、受講生のみなさんに挙手していただいたが、ほとんどの方がご存じだった。意外と知名度が高いことに驚かされる。

今回はおそらく、史料の数がこれまでの講座で一番多かったと思う。
いつも史料番号はアルファベットで表示しているが、なんと、AからZまであったのだ。つまり、26点です。
じつをいうと、あと2点ほど掲載できなかった史料があった(単にどこにしまい込んだか不明なだけですが)。これを載せていたら、αとかβにしなければならなかったかも。

そのうちの目玉は、斎藤利三の自筆文書と思われる写真版。
それも、本能寺の変から6日後のもの。
京都五山に宛てたもので、明9日、光秀屋敷に出頭するようにという簡単な下知状である。

利三文書はわずか数点(私が知っているのは3点だけ)しか残っていないと思われる。そのうちの貴重な1点だし、ましてや写真版などめったに見られないから、受講生のみなさんにも新鮮だったと思う。

この利三書状で面白いのは、光秀屋敷が洛中にあったと書かれていること。『言継卿記』にも、山科言継が光秀屋敷を訪ねたり、信長が宿泊したりしたという記事がある。
そして、年次が天正10年(1582)で、本能寺の変から6日後であることは、『兼見卿記』6月9日条との関連から明らか。光秀は朝廷のほか、五山に銀賦りをすると兼見に伝えている。利三がこの銀賦りを奉行したときの下知状であるのは間違いない。

もう1点は『稲葉家譜』のなかの天正10年4月条あたり、美濃稲葉家から出奔した利三と那波直治について、稲葉一鉄が信長に訴訟に及び、利三自害、直治帰参という裁定が下ったところである。もっとも、利三自害については、猪子兵介の諫止により、信長も思い止まったと書かれている。

この『稲葉家譜』。江戸期の編纂史料だけど、他の俗書と同列に扱ってはいけない。かなり正確で信頼がおける史料だと思う。
何より、稲葉家中に伝来している文書を本文に転載して、記述の裏付けをするその編纂姿勢に信がおける。

当該部分についても、一鉄が信長に訴えた一件を、4月21日のことで、甲州陣から安土へ帰る信長を一鉄が「濃州六渡」(呂久の渡り)で御座船を浮かべて接待したときだと記されている。
この記事は『信長公記』巻15の次の記事から裏が取れる。

「四月廿一日、濃州岐阜より安土へ御帰陣の処に、ろくの渡りにて御座船飾り、稲葉伊与一献進上なり」

もっとも、『信長公記』を見てから書いたのだという見方もあるかもしれないが、全体を通して、潤色はあまりないように感じられる。

結局、すべての史料を読み切れるはずもなく、時間を30分も延長して、駆け足で走り抜けた。
受講生のみなさんは、きっと他用もあったと思うが、一人も退席されずに聴いていただき、有難うございました。

いよいよ次回が今シリーズの最終回です。
決行された本能寺の変の実態に迫ります。

なお、都合により、5月と6月はお休みさせていただき、7月から新たなシリーズ(半年6回)を始めたいと思っております。テーマは未定です。もしご希望のテーマや人物などありましたら、ご意見をお寄せ下さい。コメントでもメール(左下のメールフォーム)でもかまいません。

 【告知】 「本能寺の変を読み解く」日帰りツアー
ところで、4月23日(木)は以前も告知しましたが、本講座の仕上げ・まとめとして、日帰りのツアーを企画しております。もちろん、講座を受講されなかった方も参加できます。名古屋・東海方面の方で興味のある方はどうぞ。遠隔地の方も歓迎です(深夜高速バスとか前泊になりますが)。

詳しくはここここをご覧下さい。

よろしければ、下記をクリックして下さい。
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【2009/03/07 00:11】 | 中日文化センター
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なにか
橋場
現地でお手伝いできる事がございましたら仰せつけ下さい。

有難うございます
桐野作人
橋場殿下、こんにちは。

それでは、お言葉に甘えて、スリッパをひと肌に温めておいていただけるか、愛宕山に登ってクジを三回引いてもらうか(まだ未踏でしたよね?)……。

お言葉有難いかぎりですが、どうも窮屈なスケジュールでして。わざわざ殿下にご足労いただくほどのこともございませぬ。ご好意感謝です。



橋場
では「凶」三本セットを魔除けに献上申し上げます(笑)。

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コメント
この記事へのコメント
なにか
現地でお手伝いできる事がございましたら仰せつけ下さい。
2009/03/07(Sat) 15:04 | URL  | 橋場 #-[ 編集]
有難うございます
橋場殿下、こんにちは。

それでは、お言葉に甘えて、スリッパをひと肌に温めておいていただけるか、愛宕山に登ってクジを三回引いてもらうか(まだ未踏でしたよね?)……。

お言葉有難いかぎりですが、どうも窮屈なスケジュールでして。わざわざ殿下にご足労いただくほどのこともございませぬ。ご好意感謝です。
2009/03/08(Sun) 10:36 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
では「凶」三本セットを魔除けに献上申し上げます(笑)。
2009/03/11(Wed) 14:57 | URL  | 橋場 #-[ 編集]
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