歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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3月10日

朝4時半起きで、羽田から奄美への直行便に乗る。
10:40頃、奄美空港着。
暖かいというより、暑い。
半袖の人が多いのに驚く。

空港近くの奄美パーク内にある田中一村記念館に行き、作品を鑑賞。
以前、鹿児島の山形屋でやっていた展示を観たことがある。

その後、龍郷の西郷隆盛謫居跡や愛加那の墓を見学。
西郷が上陸した場所にある西郷松も見た。
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愛加那の墓と西郷松





ホテルにチェックインしてから、地元の郷土史家の弓削さんと、南日本新聞奄美総局長のHさんと合流。Hさんは旧知で、私の連載「さつま人国誌」執筆を勧めてくれた人。文化部のデスクだったが、昨年から奄美総局に異動になった。
夜は郷土料理居酒屋「喜多八」で痛飲。
弓削さんから貴重な話を承る。それまで私が抱いていた藩政時代の常識や通説をひっくり返される。
いい意味でのカルチャショックだった。

3月11日
早朝、ホテルでHさんと合流し、ガイドしてもらう。
島を南下する。
途中、住用町西仲間にあるマングローブ原生林を眼下に見る。
沖縄や西表島でもたくさん見たが、かなり規模が大きい。
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島南端の瀬戸内町の古仁屋港から対岸の加計呂麻島にフェリーで渡る。
加計呂麻島は映画「男はつらいよ」シリーズのマドンナでもっとも人気が高いリリー(浅丘ルリ子)の故郷としても知られる。
スリ浜はロケ地のひとつ。そのとき撮影されたレストランなどがいまも営業して、昼食をとった。
浜には寅さんファンと思われる妙齢の女性グループも観光に着ていた。
その後、同じくロケ地の諸鈍(しょどん)にも行く。
ここはリリーの実家があったという設定で、そのときの家も残っている。
またその家の前にはデイゴの長い並木がある。
沖縄でデイゴはよく見たが、このデイゴは素晴らしい。
花が咲く6月頃はもっときれいなのだろうなと思う。
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加計呂麻島に渡るフェリー「かけろま丸」
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「男はつらいよ」のロケ地となったスリ浜とリリーの実家跡
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デイゴ並木



また同島の呑ノ浦には、大戦末期、海上特攻艇「震洋」の基地があったところ。
作家島尾敏雄は震洋攻撃隊の隊長として、ここに赴任。
出撃しないままに敗戦を迎え、現地で知り合ったミホ夫人と結婚し、奄美が終焉の地となった。
震洋攻撃隊の体験を綴った「出発は遂に訪れず」や、妻ミホとの葛藤を描いた「死の棘」などの作品で知られる。「死の棘」は松坂慶子と岸部一徳主演で映画化もされた。

スリ浜は加計呂麻島の内湾にあり、のどかできれいな浜。とても戦跡があるとは思えない場所。
ここに、島尾敏雄の墓もあり、震洋艇を収容した壕が6基も残っている。
アダンやハイビスカスに囲まれた崖に掘られているが、とても戦跡とは思えないほど。
おそらく映画「死の棘」で使われたと思われる震洋艇も格納してあった。
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島尾敏雄の墓
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震洋攻撃隊基地に残る桟橋の杭と震洋を格納する壕




その後、島の反対側(外洋に面している)にある安脚場(あんきゃば)にある海軍の哨戒基地も訪れた。弾薬庫など戦跡が多数残っているのに驚かされた。
スリ浜の震洋艇の基地では、米軍艦船の接近を視認できないので、おそらく安脚場の哨戒基地から連絡を受けて出撃する仕組みになっていたのではないかと想像された。
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安脚場の海軍哨戒基地に残る弾薬庫跡と哨戒棟跡から見た東シナ海



夜は、島唄の酒場で有名な「かずみ」に行く。
おいしい郷土料理をいただきながら、島唄と三線を堪能。
かずみママのノドは素晴らしい。
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すっかり奄美のとりこになった一日でした。

明日は島北の笠利にある島津軍上陸地といわれる場所に行きます。
ちょうど400年前の慶長14年(1609)、島津軍の琉球侵攻があったが、島津軍の最初の上陸地点である。

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【2009/03/11 23:56】 | 日次記
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寛永寺幼卒人
カメラ・・・変りました? この頃良い写真が入りますので
楽しく拝見! そんなに遠路地にも西郷さんは~
お体大切に お陰様で日本の歴史に興味を持てる様になりました 有難うございます

写真?
桐野作人
寛永寺幼卒人さん、こんばんは。

その後、お元気でしょうか?
写真は日頃と同じ条件で掲載しているのですが……。
もし写りがよいとしたら、私の腕よりも被写体のおかげではないかと思います。

続編も近いうちに掲載しますので、お楽しみに。

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コメント
この記事へのコメント
カメラ・・・変りました? この頃良い写真が入りますので
楽しく拝見! そんなに遠路地にも西郷さんは~
お体大切に お陰様で日本の歴史に興味を持てる様になりました 有難うございます
2009/03/13(Fri) 09:43 | URL  | 寛永寺幼卒人 #-[ 編集]
写真?
寛永寺幼卒人さん、こんばんは。

その後、お元気でしょうか?
写真は日頃と同じ条件で掲載しているのですが……。
もし写りがよいとしたら、私の腕よりも被写体のおかげではないかと思います。

続編も近いうちに掲載しますので、お楽しみに。
2009/03/15(Sun) 01:44 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
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 今年は薩摩の琉球侵略四百年ということで新聞でも色々記事になっていますが、以前、薩摩による奄美の砂糖収奪を指揮した調所笑左衛門広郷の7代目子孫が奄美に初めて来島した記事が地元の南海日日新聞に掲載されていました。  それにしても南海日日新聞社さんのサイト...
2009/04/08(Wed) 18:27:06 |  あまみ便りblog
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