歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

先週から、激ジョブと出張、体調不良(自業自得によるストレス発症)など、もろもろありまして、更新が滞っておりました。

せめて、近況だけでも書こうと思います。
少し旧聞に属しますが、先月23日(木)の

栄・中日文化センター講座「本能寺の変を読み解く」第6回

このシリーズも最終回でした。
本能寺の変が実際にどのように実行されたのか、戦闘の様子を明智方、織田方、公家や寺社の立場などから見ていきました。

とくに時間を取ったのは、次の2点。

1,福屋彦太郎宛て明智光秀書状(5月28日付)
  年次がおそらく天正10年で、本能寺の変の3日前であること。
2,本城惣右衛門覚書
  明智軍の下級兵士の60年後の回想

またご多分にもれず、レジュメが多すぎて時間が足りなくなった。
それでも、終了後、たくさんの質問があった。
みなさんがいろいろな関心や疑問をお持ちだということがわかった。
ひとつひとつ丁寧に答えたつもりだが、納得していただけたかどうかはわからない。

あと、次の講座のテーマについてアンケートをお願いした。
私の守備範囲でやりやすいもの、旬のテーマなどをあらかじめ5つほど提示しておいた。
そしたら、終了後、多数回答をいただいた。
いろいろな要望が寄せられていたが、そのなかで、一番多かったのが『信長公記』を読みたいというものだった。
受講者の要望に応えたいと思っているので、7月からの講座は、

『信長公記』を読み解く

にしたいと思います。
また受講していただければ有難いです。

それと、今シリーズの講座の総仕上げとして、同センターと中日旅行社による日帰り史跡探訪を催します。

4月23日
本能寺の変を読み解く旅


不肖、桐野が同行します。
明智光秀の行軍ルートを辿りながら、丹波亀山城、老ノ坂、七条口、本能寺、二条御所、小栗栖などをめぐります。
その場で、関連史料を読んだりして、在りし日の出来事を感じてもらおうという趣旨です。
本能寺の変だけでなく、信長や光秀のことその他、どんな疑問や質問でもかまいません。
私が知っている範囲でお答えします。お気軽に声をかけて下さい。

詳しくは、ここここをご覧下さい。
おそらくこれが最後の告知になると思います。
すでにツアーとして成立しておりますが、まだ若干空席があります。
条件の許す方で、関心のある方はご検討下さい。

よろしければ、下記をクリックして下さい。
人気ブログランキング
スポンサーサイト

【2009/04/03 23:21】 | 中日文化センター
トラックバック(0) |

残念無念
木暮兼人
よりによって、このタイミングなのですね・・・
ぜひとも参加したいので、実家にも打診してみたのですが
「自信がない」といわれてそれっきりです。

間近になればまた状況も変わることもあるかと
多少期待はしているのですが。

難しいですね
桐野作人
木暮兼人さん、こんばんは。

本能寺ツアーまであと一週間になりました。
参加するには大きな問題をクリアしないといけないので大変ですね。
参加していただければ有難いし、無理されるのは心配でもありますし……。

万事がうまくいけばいいですが……。

コメントを閉じる▲
コメント
この記事へのコメント
残念無念
よりによって、このタイミングなのですね・・・
ぜひとも参加したいので、実家にも打診してみたのですが
「自信がない」といわれてそれっきりです。

間近になればまた状況も変わることもあるかと
多少期待はしているのですが。
2009/04/15(Wed) 19:31 | URL  | 木暮兼人 #-[ 編集]
難しいですね
木暮兼人さん、こんばんは。

本能寺ツアーまであと一週間になりました。
参加するには大きな問題をクリアしないといけないので大変ですね。
参加していただければ有難いし、無理されるのは心配でもありますし……。

万事がうまくいけばいいですが……。
2009/04/15(Wed) 23:26 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。