歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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先日、国会図書館で資料調べをしたとき、ある研究紀要の論文を見ていたら、同じ号に表題の研究レポートが載っていた。
薩摩の武芸も研究テーマになるのかと思ったので、ついでに複写してみた。

ペルザー・ロブ「薩藩武芸文化探検―文亀から元禄にかけて―」
『東京大学史料編纂所研究紀要』14号、2004年3月


筆者はオランダ人留学生である。ライデン大学日本学科で学びながら、日本の武道文化に深い関心をもって来日したらしい。
博士論文のテーマを探して、その準備段階でのレポートである。

一読して、まだテーマが絞りきれていない感じである。
近代日本における武道の存在意義を明らかにするために、武道の起源を探検したいということで、薩摩のいくつかの武芸流派と薩住刀鍛冶を素材としたいらしい。

そう意気込んで、いろいろ調査・研究したロブ氏だが、大きなハードルがあったようだ。まず日本語の習得だけでも大変なのに、そのうえ、現代日本人さえ読めない古文書のくずし字にチャレンジしなければならなかったというから、目がくらむような困難さは想像に難くない。本人も漢文の基礎知識もなく、くずし字のために「精神的混乱に落ち込みそうになった」と告白している。

さらに、武芸を研究しようと思っても、ほとんど史料がないことに途方に暮れたという。そりゃそうだろう。たとえば、宮本武蔵の有名な「五輪書」だって、本当に武蔵が書いたかどうかもわからないくらいだから、あとは推して知るべしである。本来、武芸・剣術は口伝や秘伝が多く、文字史料になじまない、あるいは文字ではその奥義を明らかにすることはできないという性格をもっている。

ロブ氏の置かれた環境や研究条件には、同情するに余りある。

それはともかく、彼は、武芸の文化的な背景に関心をもっているようだ。
たとえば、薩摩の示現流には、朱子学と真言宗が影響を及ぼしているという。真言宗の影響は示現流と近い体捨流が原点であり、型を始める前に摩利支天経を唱える慣習があるからだという。また、道場では稽古相手は敵と見なすべきなので、一切礼をしないという。
残念ながら、この指摘があたっているのかどうか、門外漢の私には判断のしようがない。

また野太刀自顕流、いわゆる薬丸流についても触れている。同流派の史料は1点しかなく、しかも品切れで入手困難だと注記してある。
どんな希少価値のある史料かと思ったら、何と、私はちゃんと持っていたではないか(写真参照)。

15年ほど前、尚古集成館だったかで購入したものだが、その後重版していないのだろうか。ロブ氏も鹿屋体育大学附属図書館で見たそうだから、彼のためにも同書の古書が見つかるか、重版が実現したら喜ばしい。
と書きながら、日本の古本屋で検索してみたら、1冊ヒットしたけどな。
野太刀自顕流

彼によれば、野太刀自顕流の代表者が自流の本格的な研究をする予定だと語ったとあるが、その後進展しているのだろうか。

武道に憧れてヨーロッパからわざわざわが国にやってきて、日本人よりも日本文化を知ろうとしている彼の研究が成就することを祈りたい。
当論文からすでに2年以上経過しているが、無事博士論文は成ったのであろうか。

上記で触れた野太刀自顕流の本

野太刀自顕流(薬丸流)
編集:伊藤政夫
発行:野太刀自顕流研修会
発行年:1988年
定価:2.500円
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【2007/01/13 22:48】 | 雑記
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HASU
ロブ氏の境遇ですが、冷たいようですが、「それくらい当然だろ。そんな泣き言を論文に書くんじゃねー」というのが正直なところです。

日本の西洋史研究者も欧米の文書館で、ミミズがのたくったような古文書を解読して博士論文に仕上げていますが、そんな繰り言を論文に書いたりしません。東洋史研究者には、今では絶滅した言語の文書を解読し、その前提として英仏独露中各国語の文献に目を通している人がたくさんいます。事実上、重要文献が日本語のみで済むし、日本は先進国だから海外で日本語を勉強することもけっこう容易い。日本史研究者は恵まれてるのです。


桐野
HASUさん、どうも。
以前から存じ上げていたHASUさんですよね?

さて、辛口コメント有難うございます。
まあ、語学のハンデ抱えて大変だろうなと思って、あまり内容上の評価はしなかったのですが……。

西洋史や東洋史の研究状況はもっと厳しいのですね。
私の方に、日本の古文書が特殊だという視野の狭い予断があったようです。


HASU
どうも。お会いしていたもうすぐ無くなる@niftyでも、それほどおたくさん話しした記憶がなかったので、覚えてくださって嬉しいです。

先のコメントでは厳しいことを書きましたが、もちろん、日本史には日本史の困難があると思います(郷土史家まで含めて異様に厚い研究者層と世界屈指の精緻さを誇る先行研究の山があるけど、論文の電子化は殆ど進んでないとか、日本人は中学から英語習うけど、非漢語圏の人は大学から漢字とひらがなを習うとか)。それは否定しません。でも、それは決して特殊なハンデではないです。日本の西洋研究者は、「翻訳と海外研究の紹介が仕事とはお気楽ですね」などと今でも陰口叩かれてます。私も影印本『慶長年録』程度の崩し字すら読めず、かわとさんを喫茶店に呼びつけて、教えてもらったことがあります。これは逆に言えば、普通の日本人が読めないのだから、スタート地点での差は、現代日本語の読解より少ないことを意味するのかも知れません。

欧米の日本史研究の集大成たるCambridge History of Japan(と言っても、日本人も書いてますが…)への《日本語での》書評を、私は寡聞にして知りません。あんまり一生懸命探したわけじゃありませんので、どこかにあるのかもしれませんが、無いのなら、要するに、一部の近現代史を除いて、海外の日本史研究者は、日本人研究者から舐められているからだと思うのです。ロブ氏には是非この苦難を乗り越えて欲しいと思います。じゃないと日本人研究者の意識も変わりません。


開国?
桐野
HASUさん

以前、遣明船に木材や銭貨をバラスト代わりに積載すると教えてもらって、目からウロコだったので、HASUさんのことは印象深く覚えています。

くずし字については、外国人が現代日本人に比してそれほどハンデないのではないのかというご意見、自分の経験に照らしても納得です。

日本史研究はどうしても一国主義といいますか、国内的に自己完結している嫌いがあり、それが日本人研究者の根拠のないプライドになっている一方、世界の歴史研究からは取り残されている傾向を生みだしているかもしれませんね。
そのように日本からの発信が少ない現状は、日本史の世界史、あるいは東アジア史における位置づけが不当に低く見られる傾向を生み出していないでしょうか。
個人的には、明治維新はフランス革命やロシア革命に比すべき歴史的事件ではないかと思っているのですが、どうもそうした比較史的な検討から、自ら遮断しているような気がします(まあ、欧米至上主義は世界史的な風潮であり、その規定力が大きいのでしょうが)。

ロブ氏のレポートについては、残念ながら論文の体をなしておらず、エッセイ程度だと思います。その点は承知の上で俎上に上げたのですが、考えてみれば、その紀要の主宰者もよく掲載したなと思いました。

何というか、外国人なので下駄をはかせてあるという位置づけにも見え、これはむしろ、ロブ氏はじめ外国人の日本史研究者に対しては非礼にならないのかなとも、チラッと思いました。

外国人がそういう研究状況を突破するというのも一興ですね。最近は幕末史などにそうした研究者がちらほらといるように思います。
日本史研究も長い「鎖国」からようやく「開国」する兆しがあるのでしょうか。


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この記事へのコメント
ロブ氏の境遇ですが、冷たいようですが、「それくらい当然だろ。そんな泣き言を論文に書くんじゃねー」というのが正直なところです。

日本の西洋史研究者も欧米の文書館で、ミミズがのたくったような古文書を解読して博士論文に仕上げていますが、そんな繰り言を論文に書いたりしません。東洋史研究者には、今では絶滅した言語の文書を解読し、その前提として英仏独露中各国語の文献に目を通している人がたくさんいます。事実上、重要文献が日本語のみで済むし、日本は先進国だから海外で日本語を勉強することもけっこう容易い。日本史研究者は恵まれてるのです。
2007/01/12(Fri) 23:31 | URL  | HASU #SFo5/nok[ 編集]
HASUさん、どうも。
以前から存じ上げていたHASUさんですよね?

さて、辛口コメント有難うございます。
まあ、語学のハンデ抱えて大変だろうなと思って、あまり内容上の評価はしなかったのですが……。

西洋史や東洋史の研究状況はもっと厳しいのですね。
私の方に、日本の古文書が特殊だという視野の狭い予断があったようです。
2007/01/13(Sat) 00:30 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
どうも。お会いしていたもうすぐ無くなる@niftyでも、それほどおたくさん話しした記憶がなかったので、覚えてくださって嬉しいです。

先のコメントでは厳しいことを書きましたが、もちろん、日本史には日本史の困難があると思います(郷土史家まで含めて異様に厚い研究者層と世界屈指の精緻さを誇る先行研究の山があるけど、論文の電子化は殆ど進んでないとか、日本人は中学から英語習うけど、非漢語圏の人は大学から漢字とひらがなを習うとか)。それは否定しません。でも、それは決して特殊なハンデではないです。日本の西洋研究者は、「翻訳と海外研究の紹介が仕事とはお気楽ですね」などと今でも陰口叩かれてます。私も影印本『慶長年録』程度の崩し字すら読めず、かわとさんを喫茶店に呼びつけて、教えてもらったことがあります。これは逆に言えば、普通の日本人が読めないのだから、スタート地点での差は、現代日本語の読解より少ないことを意味するのかも知れません。

欧米の日本史研究の集大成たるCambridge History of Japan(と言っても、日本人も書いてますが…)への《日本語での》書評を、私は寡聞にして知りません。あんまり一生懸命探したわけじゃありませんので、どこかにあるのかもしれませんが、無いのなら、要するに、一部の近現代史を除いて、海外の日本史研究者は、日本人研究者から舐められているからだと思うのです。ロブ氏には是非この苦難を乗り越えて欲しいと思います。じゃないと日本人研究者の意識も変わりません。
2007/01/14(Sun) 00:03 | URL  | HASU #SFo5/nok[ 編集]
開国?
HASUさん

以前、遣明船に木材や銭貨をバラスト代わりに積載すると教えてもらって、目からウロコだったので、HASUさんのことは印象深く覚えています。

くずし字については、外国人が現代日本人に比してそれほどハンデないのではないのかというご意見、自分の経験に照らしても納得です。

日本史研究はどうしても一国主義といいますか、国内的に自己完結している嫌いがあり、それが日本人研究者の根拠のないプライドになっている一方、世界の歴史研究からは取り残されている傾向を生みだしているかもしれませんね。
そのように日本からの発信が少ない現状は、日本史の世界史、あるいは東アジア史における位置づけが不当に低く見られる傾向を生み出していないでしょうか。
個人的には、明治維新はフランス革命やロシア革命に比すべき歴史的事件ではないかと思っているのですが、どうもそうした比較史的な検討から、自ら遮断しているような気がします(まあ、欧米至上主義は世界史的な風潮であり、その規定力が大きいのでしょうが)。

ロブ氏のレポートについては、残念ながら論文の体をなしておらず、エッセイ程度だと思います。その点は承知の上で俎上に上げたのですが、考えてみれば、その紀要の主宰者もよく掲載したなと思いました。

何というか、外国人なので下駄をはかせてあるという位置づけにも見え、これはむしろ、ロブ氏はじめ外国人の日本史研究者に対しては非礼にならないのかなとも、チラッと思いました。

外国人がそういう研究状況を突破するというのも一興ですね。最近は幕末史などにそうした研究者がちらほらといるように思います。
日本史研究も長い「鎖国」からようやく「開国」する兆しがあるのでしょうか。
2007/01/14(Sun) 12:53 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
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