歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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日次記です。

4月8日(水)天晴
先日、選評した歴史群像大賞の講評原稿を書く。
他人の作品を評価するのはやはり難しい。
他人より自分はどうなんだという、もう一人の自分の声も聞こえてくる(爆)。

9日(木)天晴
夕方から内輪の研究会に出席。
近刊の『信長公記を読む』(吉川弘文館)の合評会。
拙稿の件はさておいて、『信長記』か『信長公記』かという基本的なところから議論になった。
個人的な定見は持ちあわせていなかったが、とても面白かった。

10日(金)天晴
数日前から刊行したばかりの拙著を恵贈したが、ぼちぼちと反響や礼状が返ってくる。
まあ、こういう場合、批判めいたことを書いてくる人はまずいないが、ひとつだけ注文があった。
索引を付けてほしかったと。
おそらく人名索引だろうが、今度の拙著は索引が必要なほど多くの人物に触れているわけではないし、コラムの延長上というか評論なので、とくに必要ないのではないかと思ったが、それでも、自分が目当ての人物が書かれているかどうかが購入の動機になったりするかもしれないので、なるほどなとも思った。

それより、個人的な反省点は末尾に参考史料のリストを挙げなかったこと。
たとえば、本文に論文名を注記しても、その掲載誌までは書いていないケースが多い。本来なら、掲載誌や発行年まで載せたほうが親切だと思う。
心の余裕がなかったので、そこまでやれなかった。
続編では、それらのことを少し考えてみたい。

11日(土)天晴
近くのスーパーの店頭に、奄美の島ラッキョが出ていた。
とても珍しいうえに、先月奄美に行ったばかり。また居酒屋で食べた島ラッキョはおいしかった。
だから、ほとんど衝動的に買ってしまった。

料理法は簡単。
適当な長さに切り、根のひげを切り、皮を剥いて、あとは粗塩を振って、1時間ほど寝かせるだけ。
写真は食べ残し。
今回は粗塩の量が少し多かったのが反省点。
素材だけでもピリッと辛いから、塩はほとんど要らない感じ。
ビールのつまみに最高。
最近、ほとんどビールを飲まないのだけど、つい1本飲んでしまった。
島ラッキョ





12日(日)天晴
夜、久しぶりに大河ドラマ「天地人」を見る。
景虎の一子道満丸が景虎方の主戦派に殺されるという設定になっていたが、おかしい。
何より、道満丸は前関東管領で謙信の養父にあたる上杉憲政と一緒に殺されたのに、憲政はまったく出てこなかった。
憲政は景勝にとっては養祖父にあたる。それを討ったとあっては、「義」が立たないというか、重大な不孝である。それでは都合が悪いから、存在しなかったことにしたのか。
御都合主義とうわべだけ取り繕うから、こんな無様な仕儀になるのである。

存在しなかったことにされたのはもう一人いる。
北条景広である。
神社に参詣した北条高広が景勝方の刺客たちに闇討ちにされるシーンがあったが、あれは息子の景広のほうである。
このブログでも、何度か書いたように、高広は上州厩橋を守っているはず。御館の乱後も生き延びて、武田勝頼の仲介で、再び景勝に仕えている。
どうせなら、最初から景広にしておけばよかったのに。
この父子とり違えは意図的なんだろうか? だとしたら、どんな意味があるというのか?

景虎の側近、遠山康光は一貫して策謀家に描かれていたが、最後は景虎を見棄てて小田原に帰るというとんでもない設定になっていた。
すでに橋場殿下のブログでも指摘してあったが、康光は景虎と一緒に鮫ヶ尾城で自刃している。康光は北条氏政に命じられた景虎の後見人だから、当然の身の処し方である。
なぜ、当時の主従関係の基本中の基本を無視するのかね。
なお、康光の子直次は景虎と父の自刃を見届けると、再び御館に取って返し、景虎の妻子を殺してから自刃したという。
これが事実であれば、華姫は景虎に同道せず、御館で最期を遂げたことになる。あと妻子とあるが、道満丸のほかにも景虎には子どもがいたのか?
この大河には開いた口がふさがりませぬ。

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【2009/04/13 23:52】 | 日次記
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調所
今晩は。一月しか経ってないのに、初めて訪れた奄美が懐かしいです。島尾敏雄の言うジャポネシアの魅力に満ち溢れている感じです。私も首都圏で奄美の食材が手に入る所を探してみます。

はじめまして
黒田裕樹
私のブログにご訪問下さいまして有難うございます。
まさか桐野先生にお越し頂けるとは思ってもいませんでした。
先生の作品で一番印象深いのはやはり「破・三国志」でしょうか。この作品で歴史if小説に目覚めましたので、私にとっては非常に思い出深い作品です。
先生と比較するのもおこがましいほどの拙いレベルのブログですが、もしお気に召しましたら、また機会がございましたら私のブログにご訪問いただければ幸甚です。
長文失礼しました。

ジャポネシア
桐野作人
調所さん、こんにちは。

その後、奄美の余韻がまだ残っていますね。
島尾敏雄の作品を読まれたようで。
私は特攻関係しか読んでいません。

先日、南日本新聞に、笠利の津代で慰霊祭があったという記事が載っていました。写真を見ると、私たちが登った丘の上のようです。
何でも、10年ほど前、あの周辺で多数の人骨が出土したそうですね。島津軍との戦争のものなのかどうかわかりませんが、その慰霊祭でもあったようです。
http://373news.com/modules/pickup/index.php?storyid=16328
奄美の食材は有楽町の遊楽館には売っていないのでしょうか?

破・三国志
桐野作人
黒田裕樹さん、はじめまして。

たまたま貴兄のブログをのぞかせてもらいました。
頑張って書いておられますね。

また拙著もいろいろ読んでいただいたようで、有難うございます。
「破・三国志」は私にとっても思い出深い作品ですね。
現在はすっかり三国志世界からも遠ざかってしまいましたが、先日、「レッドクリフ」1を見たときには、正史どころか演義からもはずれた、まさに「破・三国志」だと感じた次第です(笑)。

またたまにのぞかせてもらいます。
ご健筆お祈りします。

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この記事へのコメント
今晩は。一月しか経ってないのに、初めて訪れた奄美が懐かしいです。島尾敏雄の言うジャポネシアの魅力に満ち溢れている感じです。私も首都圏で奄美の食材が手に入る所を探してみます。
2009/04/14(Tue) 21:36 | URL  | 調所 #-[ 編集]
はじめまして
私のブログにご訪問下さいまして有難うございます。
まさか桐野先生にお越し頂けるとは思ってもいませんでした。
先生の作品で一番印象深いのはやはり「破・三国志」でしょうか。この作品で歴史if小説に目覚めましたので、私にとっては非常に思い出深い作品です。
先生と比較するのもおこがましいほどの拙いレベルのブログですが、もしお気に召しましたら、また機会がございましたら私のブログにご訪問いただければ幸甚です。
長文失礼しました。
2009/04/14(Tue) 23:02 | URL  | 黒田裕樹 #qvcTopkk[ 編集]
ジャポネシア
調所さん、こんにちは。

その後、奄美の余韻がまだ残っていますね。
島尾敏雄の作品を読まれたようで。
私は特攻関係しか読んでいません。

先日、南日本新聞に、笠利の津代で慰霊祭があったという記事が載っていました。写真を見ると、私たちが登った丘の上のようです。
何でも、10年ほど前、あの周辺で多数の人骨が出土したそうですね。島津軍との戦争のものなのかどうかわかりませんが、その慰霊祭でもあったようです。
http://373news.com/modules/pickup/index.php?storyid=16328
奄美の食材は有楽町の遊楽館には売っていないのでしょうか?
2009/04/15(Wed) 10:15 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
破・三国志
黒田裕樹さん、はじめまして。

たまたま貴兄のブログをのぞかせてもらいました。
頑張って書いておられますね。

また拙著もいろいろ読んでいただいたようで、有難うございます。
「破・三国志」は私にとっても思い出深い作品ですね。
現在はすっかり三国志世界からも遠ざかってしまいましたが、先日、「レッドクリフ」1を見たときには、正史どころか演義からもはずれた、まさに「破・三国志」だと感じた次第です(笑)。

またたまにのぞかせてもらいます。
ご健筆お祈りします。
2009/04/15(Wed) 10:19 | URL  | 桐野作人 #hxjklqKc[ 編集]
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 まだ15回というのに、あまりにもちぐはぐ陳腐なストーリーに、すでに歴史作家の先...
2009/04/14(Tue) 11:38:58 |  旅じゃ.com
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