歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

大河ドラマ「天地人」第24回「戸惑いの上洛」

上杉景勝の初めての上洛、先週の講座で「天正十四年上洛日帳」を読んだばかりだったので、我慢して観た。

日帳によれば、景勝主従が上京したのが天正14年(1586)6月7日夜。
本来はこの日、近江坂本に宿泊する予定だったが、石田三成の「御異見」により急遽予定を変更して、逢坂の関を越えて入京、夜8時頃、六条本国寺に入っている。旅程を変更させるくらいだから、最初からこの上洛を三成が仕切っていたのだろう。
そういえば、このとき、三成は加賀・越中国境の森本まで、景勝主従を迎えに出ている。景勝・兼続と三成の対面は本当はこのときが初めてだといわれる。
ドラマではすでに両者は対面していることになっているから、もはや対面シーンは不要だったのだろうな。

さて、京都から大坂に下ったのが12日。再び大坂から上京するのが18日。
大坂滞在は6日間である。

そのうち、秀吉と大坂城で対面したのは14日と16日。
14日、景勝が天守閣に登って見学したことはちゃんと書かれている。
そのほか、「小金(黄金か)之御座敷」を秀吉から見せられている。これはおそらく惣金造りの茶室だろう。「宗易手前」があったというから、すでに景勝はこの日に千利休に会っているが、描かれていない。惣金の茶室といい、描いたほうが効果的なものがなぜかスルーされていて、妙な作り話ばかりだった。

何より、日帳によれば、景勝らは北政所にも福島正則にも会ったとは書かれていない。ましてや、30以上の大名家に挨拶回りしたなんて、どこにも書いてない。
大名として会ったと書かれているのは、14日、秀吉との対面のとき、陪席者として織田長益、前田利勝(のち利長)、石川数正、榊原康政。家康の重臣2人が来ているのは、家康の上洛の段取りがすでに決まっていたからだろう。前田利家も来ていない。
そのほか、16日、秀吉が茶湯朝会を開いている。このとき、大名も何人か陪席していたかもしれないが、名前が書かれていない。
同日、景勝は豊臣秀長の屋敷に茶湯に招かれている。

日帳に書かれている大名の人名はこれだけである。大名家への挨拶回りは豊臣秀長だけ。

またドラマでは、景勝が偏頭痛のような病気で倒れたが、日帳には景勝が病気になったという記事はない。ただ、17日、秀吉から堺見物を勧められたが、断っている。理由は高野への物詣のためで病気ではなさそうだ。

あと、千利休の娘「お涼」。
利休には系図上、6人の娘が確認できるが、もちろん「お涼」という名前の娘はいない。
6人を挙げてみると、

1,石橋良叱の妻 お吟か
2,万代屋宗安の妻 お三(お亀とも)
3,千紹二の妻
4,本能寺円乗坊宗円の妻
5,魚屋渡辺与兵衛の妻
6,亀 おちやう(千少庵の妻)

有名なのは1。今東光の「お吟さま」のヒロインで、映画化もされた。吟子という名前だったというが、果たして定かであろうか。

「涼」という名の娘はいない。お吟の夫が良叱で、唯一音が「りょう」だが、これから採ったか。
とすれば、「お涼」はお吟をモデルにしているのか?

番組最後の天地人紀行は、景勝主従の宿舎となった六条本国寺だった。
この寺は別の事件のほうが有名である。
永禄12年(1569)、上洛したばかりの将軍義昭がこの寺にいたが、三好三人衆に襲撃されている。
あと、幕末には水戸藩の宿舎となり、同藩佐幕派は本圀寺党と呼ばれた。

寺名は義昭、景勝の頃は「本国寺」、江戸時代中期、「本圀寺」に改称している。水戸光圀の一字をもらったものとか。たしか中国の武則天がつくった漢字でしたね。

日蓮宗の有力な門流寺院だったが、戦後になってから郊外の山科に移転しています。
紀行で流れていた映像も山科のもの。以前、行ったことがあるので、参考までに写真を掲げておきます。
関白秀次の母日秀尼や加藤清正ゆかりの遺跡もあります。

梵鐘
bosho
墓所







よろしかったら、下記をクリックして下さい。
人気ブログランキング



スポンサーサイト

【2009/06/15 00:28】 | 天地人
トラックバック(1) |

もののふのあわれ
市川
桐野先生、こんにちは。
話題は尽きない大河ドラマ「天地人」でありますね。
「我慢して観た」……心中、お察しします。
とことん強調したい愛の兜。もはやお笑いと化した福島正則。必要ない兼続の恋愛劇。無口(無礼者)・軟弱・病人となった上杉景勝。
私も歴史には詳しいほうではありませんが、これはもう歴史がどうこうの話ではありません。国営といってもやはり時代の流れ、運営する人材の質が昔とは違うのでしょうか。残念なことです。
愚痴ばかりとなりましたが、来週のさつま人国誌を楽しみにしています。これからも頑張ってください。


k2
桐野様
久しぶりに、我慢して、見て頂きありがとうございます。
私的にウケたのは、大坂城天守閣で、小栗三成が一回目とはうって変わり、ちゃんとひざまついて頭を下げていました。
桐野様の指摘で、今回は変えたのかも知れません(笑


時代の流れ
桐野
コメント有難うございます。

「時代の流れ」が的確な批評かもしれませんね。
視聴率を見ると、「篤姫」ほどではないですが、高率をキープしています。
ということは、あれで満足している視聴者が多数いるということですね。
私のまわりの人からの話でも、家族や知人などが史実だと思い込んで見ている人が多いとか。
春日山城に行った観光客が、謙信がこもった岩窟はどこだと、ガイドに真顔で聞いたという笑い話もありますし。

もう、国民の大多数が支持しているのなら、それでよいのではないでしょうか。

コメントを閉じる▲
コメント
この記事へのコメント
もののふのあわれ
桐野先生、こんにちは。
話題は尽きない大河ドラマ「天地人」でありますね。
「我慢して観た」……心中、お察しします。
とことん強調したい愛の兜。もはやお笑いと化した福島正則。必要ない兼続の恋愛劇。無口(無礼者)・軟弱・病人となった上杉景勝。
私も歴史には詳しいほうではありませんが、これはもう歴史がどうこうの話ではありません。国営といってもやはり時代の流れ、運営する人材の質が昔とは違うのでしょうか。残念なことです。
愚痴ばかりとなりましたが、来週のさつま人国誌を楽しみにしています。これからも頑張ってください。
2009/06/15(Mon) 18:54 | URL  | 市川 #-[ 編集]
桐野様
久しぶりに、我慢して、見て頂きありがとうございます。
私的にウケたのは、大坂城天守閣で、小栗三成が一回目とはうって変わり、ちゃんとひざまついて頭を下げていました。
桐野様の指摘で、今回は変えたのかも知れません(笑
2009/06/16(Tue) 11:32 | URL  | k2 #-[ 編集]
時代の流れ
コメント有難うございます。

「時代の流れ」が的確な批評かもしれませんね。
視聴率を見ると、「篤姫」ほどではないですが、高率をキープしています。
ということは、あれで満足している視聴者が多数いるということですね。
私のまわりの人からの話でも、家族や知人などが史実だと思い込んで見ている人が多いとか。
春日山城に行った観光客が、謙信がこもった岩窟はどこだと、ガイドに真顔で聞いたという笑い話もありますし。

もう、国民の大多数が支持しているのなら、それでよいのではないでしょうか。
2009/06/17(Wed) 22:43 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
 話が急展開して随分とアップテンポな曲が流れておりました。利休の娘お涼(木村佳乃...
2009/06/15(Mon) 20:54:07 |  旅じゃ.com
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。