歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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南日本新聞連載「さつま人国誌」第116回
―イメージと違う老け顔―

連載が更新になりました。
左のリンク欄「さつま人国誌」をクリックすれば、ご覧になれます。

今回のタイトルにある「再発見」の意味ですが、「新発見」ではなく、以前から一部では知られていたけれど、小松帯刀が写った写真だとは認識されていなかったので、新たに提示したという意味です。

森重和雄氏(幕末古写真研究者)のご教示によれば、この写真は40年前に刊行された『幕末の素顔』(毎日新聞社、1970年)にもすでに掲載されています。管見のかぎりでは、これが世間に知られるようになった最初かなと思います。もっとも、このときも小松が写っているとは認識されていません。
つまり、早くから知られた写真であったにもかかわらず、小松だとわからないままでいたということでしょう。

出処はあくまで推測ですが、写真にも写っている英国艦隊の司令官だったキング提督所蔵の写真か、あるいは、英国公使パークスの鹿児島訪問のとき、久光や茂久らと写った写真がほどなく長崎で出回ったという話もありますので、その一枚かなという気もします。

そして、私がこの写真の存在を知った「井関コレクション」の一枚は、かつて紹介しましたが、ここにあります。

今回の写真と同一だということはすぐ理解していただけると思いますが、鮮明度に雲泥の差があることもおわかりかと思います。

では、この写真の小松と一番有名な小松の写真とでは、あまりに落差があるため、別人ではないのかという疑問も出てくるかもしれません。
この写真の後ろに写っている人物を小松帯刀だと比定してあるのは井関コレクションの一枚だけです。
コレクションの主の井関盛艮(いぜき・もりとめ)は旧宇和島藩士で、明治初年、外国事務局判事を勤めています。つまり、小松の同役、同僚です。
また同コレクションの中にあるもう一枚の写真にも小松が写っていますが、それは外国事務局のメンバーである山口尚芳・田中静州・中井弘・上野景範が写っています。
そのことから考えて、当然、井関は小松と面識があり、同じ仕事をしていたわけですから、同コレクションがこの写真の後方の人物を小松と比定したのは相当確度が高いと思われます。

そして、記事にも書いたように、この写真と一番有名な小松の写真から、顔のパーツを比べてみると、とてもよく似ていると思います。

以上から、小松だと認定してよいのではないかと思っています。
もし、まだ論証不足だといったご意見や疑問があれば、後学のためにうかがいたいと存じます。

次回もまた、小松帯刀関連の記事を書く予定です。

よろしかったら、下記をクリックして下さい。
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【2009/07/27 22:28】 | さつま人国誌
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森重和雄
こんにちは!
井関コレクションの写真鑑定については当時、小沢健志先生が中心となって行われたようですが、当時の古写真情報、古写真比較などで鑑定の一部に誤りもあります。
例えば勝海舟とされたヒゲの人物の古写真は、勝海舟の写真ではありません。
そのため、東京大学の馬場研究室が中心となって井関コレクションの再鑑定作業を行いました。
今回の三人の集合写真についても当然、人物鑑定を行いましたが、『幕末の素顔』(毎日新聞社、1970年)にも掲載されているとおり、元の写真はアメリカの公文書館に保管されているため、まだこちらは直接、原本を確認できていない状況です。
しかしながら、他の小松帯刀が写った写真と比較しても、同一人物と思われます。
(つまりこの写真も小松帯刀が写った写真でいいと思います)

井関コレクションの人物比定について
桐野
森重和雄さん、こんにちは。

わざわざコメント寄せていただき、有難うございます。
小松と考えてよいとのご指摘、心強い限りです。

なお、気になっているのは井関コレクションの人物比定です。
現物を見たことがない私は、てっきり井関か誰かが写真裏に記載しているのが元になっているのかと思っていましたが、小沢健志氏がやられたのですか。
となると、小松に限らず、人物比定は要注意で、慎重にしないといけないかもしれませんね。

また例の小松の写真はアメリカの公文書館に保管されているのですか。イギリスならともかくどういう経緯があるのでしょうね。それもまた興味深いです。

今後ともよろしくご教示のほどを。


森重
桐野先生 こんにちは!
井関コレクションにある山口尚芳・田中静州・中井弘・上野景範などと小松帯刀が写っている集合写真と全く同じ集合写真で小松帯刀の人物名が書き込まれている集合写真も見たことがあります。
件の写真の人物が小松帯刀であることを証明するためには、小松帯刀が写っている確実な写真(ベンチマークになる写真)をまずは提示して、その写真の小松帯刀と件の写真の人物の顔とを並べて比較、表示すれば断定できると思います。




森重
桐野先生 こんにちは!
肝心なことを書き忘れました。
今年、東京神保町の古書店で「薩摩藩士初代埼玉県知事野村宗七鶏卵写真」が一括で出品されました。
この写真は元々は差し込み式の古い写真アルバムの収納されていた名刺判写真で、この写真群の中に件の写真と同じ名刺判写真があったと記憶しています。
これらの写真群は現在、東京都写真美術館が購入し、管理しているそうです。


野村宗七写真
桐野
森重さん、こんにちは。

野村宗七の写真も出ていましたか。
私は井関コレクションの1点は知っていますが、「一括」ということだと、複数枚あったんですね。どこから出てきたのか? いずれにしろ、公共機関の所蔵になったので安心です。もし公開されるようなことがあったら、教えて下さい。

ベンチマークというのは古写真研究の専門用語なんでしょうね。
小松の写真で言えば、いちばん有名な写真が小松だとした根拠は何なのかもよくわかりませんが……。


森重
桐野先生 こんにちは!
「薩摩藩士初代埼玉県知事野村宗七鶏卵写真」は、古書店の目録にその一部が掲載されていましたので、別途メールでお送りしておきました。
現所蔵は東京都写真美術館なので、一般公開などは当分先になりそうですね。

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この記事へのコメント
こんにちは!
井関コレクションの写真鑑定については当時、小沢健志先生が中心となって行われたようですが、当時の古写真情報、古写真比較などで鑑定の一部に誤りもあります。
例えば勝海舟とされたヒゲの人物の古写真は、勝海舟の写真ではありません。
そのため、東京大学の馬場研究室が中心となって井関コレクションの再鑑定作業を行いました。
今回の三人の集合写真についても当然、人物鑑定を行いましたが、『幕末の素顔』(毎日新聞社、1970年)にも掲載されているとおり、元の写真はアメリカの公文書館に保管されているため、まだこちらは直接、原本を確認できていない状況です。
しかしながら、他の小松帯刀が写った写真と比較しても、同一人物と思われます。
(つまりこの写真も小松帯刀が写った写真でいいと思います)
2009/07/28(Tue) 12:01 | URL  | 森重和雄 #-[ 編集]
井関コレクションの人物比定について
森重和雄さん、こんにちは。

わざわざコメント寄せていただき、有難うございます。
小松と考えてよいとのご指摘、心強い限りです。

なお、気になっているのは井関コレクションの人物比定です。
現物を見たことがない私は、てっきり井関か誰かが写真裏に記載しているのが元になっているのかと思っていましたが、小沢健志氏がやられたのですか。
となると、小松に限らず、人物比定は要注意で、慎重にしないといけないかもしれませんね。

また例の小松の写真はアメリカの公文書館に保管されているのですか。イギリスならともかくどういう経緯があるのでしょうね。それもまた興味深いです。

今後ともよろしくご教示のほどを。
2009/07/29(Wed) 09:25 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
桐野先生 こんにちは!
井関コレクションにある山口尚芳・田中静州・中井弘・上野景範などと小松帯刀が写っている集合写真と全く同じ集合写真で小松帯刀の人物名が書き込まれている集合写真も見たことがあります。
件の写真の人物が小松帯刀であることを証明するためには、小松帯刀が写っている確実な写真(ベンチマークになる写真)をまずは提示して、その写真の小松帯刀と件の写真の人物の顔とを並べて比較、表示すれば断定できると思います。

2009/07/29(Wed) 10:53 | URL  | 森重 #-[ 編集]
桐野先生 こんにちは!
肝心なことを書き忘れました。
今年、東京神保町の古書店で「薩摩藩士初代埼玉県知事野村宗七鶏卵写真」が一括で出品されました。
この写真は元々は差し込み式の古い写真アルバムの収納されていた名刺判写真で、この写真群の中に件の写真と同じ名刺判写真があったと記憶しています。
これらの写真群は現在、東京都写真美術館が購入し、管理しているそうです。
2009/07/29(Wed) 11:03 | URL  | 森重 #-[ 編集]
野村宗七写真
森重さん、こんにちは。

野村宗七の写真も出ていましたか。
私は井関コレクションの1点は知っていますが、「一括」ということだと、複数枚あったんですね。どこから出てきたのか? いずれにしろ、公共機関の所蔵になったので安心です。もし公開されるようなことがあったら、教えて下さい。

ベンチマークというのは古写真研究の専門用語なんでしょうね。
小松の写真で言えば、いちばん有名な写真が小松だとした根拠は何なのかもよくわかりませんが……。
2009/07/30(Thu) 09:02 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
桐野先生 こんにちは!
「薩摩藩士初代埼玉県知事野村宗七鶏卵写真」は、古書店の目録にその一部が掲載されていましたので、別途メールでお送りしておきました。
現所蔵は東京都写真美術館なので、一般公開などは当分先になりそうですね。
2009/07/30(Thu) 10:09 | URL  | 森重 #-[ 編集]
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