歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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中日文化センター講座「信長公記を読み解く」第2回

27日(木)午前、新幹線で名古屋へ。
上記講座に出講。

今回は表題のテーマでやる。
主に、①織田信秀の没年諸説の検討、
②信長と斎藤道三の出会いに関連して、美濃支配が道三一人ではなく、親子二代の事業であったことを、「六角承禎条書」などから解説。

この2点で、ほぼ時間が尽き、予定していた赤塚合戦には入れず、残念ながら次回まわしとなった。

受講者のみなさんからたくさん質問が出た。
信秀の没年は天文18年でもいいのではないかというご意見も。3年間喪を秘したから21年説があるのではということらしいが、何となく武田信玄の逸話からの流用ではないかと感じたが、そのような説があるのだろうか?

なお、気になったのは天文21年説の典拠になっている「万松寺過去帳」。
信秀の菩提寺の過去帳で、その没年に関して引用されることが多い有名な史料だが、その中身をよく知らない。
私の不勉強のせいだと思って、友人の信長研究者に聞いてみた。古い愛知県史など思いつく史料集をあたってみたけど、翻刻が掲載されていないとの回答。
探してもらったのはわずかな時間だったから、見つからなかっただけかもしれず、戦前の古い史書などに掲載されているのかもしれないが、最近刊行されたばかりの愛知県史・資料編の信秀他界の記事にも同史料が引用されていない。天文21年説を証明する重要な史料なのだが……。
諸書によく出てくる史料なのに、その中味がわからないとは不思議である。

前回、池田家本『信長記』写真版(福武書店)2冊をみなさんに回覧してもらったが、そのうちの巻八(長篠合戦部分)がみなさんに回り切らなかったので、改めて提示。
そしたら、『信長公記』のある現代語訳本に「鉄炮千挺計」の一節が「鉄炮百挺」と書いているけど、真偽のほどはどうなのかという質問があった。
それで、その本を見せてもらったところ、たしかにそう書いてある。誤植か編者の勘違いではないかと答えておいた。
底本は我自刊我本、史籍集覧本だと書いてあったので、帰宅してから見たところ、「鉄炮千挺計」とはっきり書いてある。

明らかに誤植か誤記であることがわかったが、論争にもなった重要な一節なのに、この間違いは看過できないのではないか。すでに絶版になった本だが、後世の読者が誤認する可能性が大きい。千挺か三千挺かではなく、千挺か百挺かでは不出来なジョークというしかない。

それと気になったのは、受講生のみなさんのほとんどが角川文庫版『信長公記』をお持ちではないこと。もちろん、同書が絶版になって久しいからである。だから、しかたなく現代語訳本を購入されたという事情らしい。

私がネット古書でも購入できるのではと話したところ、ほとんど商品がなく、あっても大変高価なんだそうだ。
試しに、ネット古書店「日本の古本屋」で検索してみたら、たしかに角川文庫版は1点もなかった。
あったのは新人物往来社版か現代語訳本だけである。
角川文庫版は初版以来、40年もたち、何回も重版されていて、延べ数万部は刊行されているはずだが、ほとんど市場に出回らないらしい。よほど大事にされているということか。

なお、私は同書を2冊もっている。1冊は書き込み用で、もう1冊は保存用にしている。
数年前だったか、輪読会仲間の研究者Hさんは10冊もっていると言っていた。絶版になったと聞いて、あちこちで買いまくったらしい。私とは思いの丈が違うなと感心したことを思い出した。

『信長記』の研究仲間であるOさんが現在、同書の全面改訂版を校訂中なのを知っている。読者や受講者のみなさんのためにも、なるべく早く刊行されることを期待したい。

講座終了後、たまには史跡の取材に行こうと思い立ち、この日の講座でやった信秀の菩提寺、万松寺と、清洲城跡に行った。

清洲城
万松寺の信秀墓前
万松寺
清洲城模擬天守






どちらも十数年ぶりのような気がする。
清洲城跡に立つ信長銅像は移動されたのか?
私のおぼろげな記憶では、かつて新幹線高架の反対側にあったような気がするが……。

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【2009/09/01 00:13】 | 中日文化センター
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角川版
k2
桐野様
こんにちは、現代訳の件見直しましたら確かに百ちょうとなってました。これは、一番間違ってはいけないところですね。

それと、角川版ですが、去年にブックオフの小説コーナーで、五百円で入手しました(二冊目ですが)平成八年の九版ものでしたが、粘り強く通うと、見つかるかも知れませんよ。

総見院
桐野
k2さん、こんにちは。

信長公記現代語訳本はちょっとひどいですね。
角川本はネットよりもブックオフなどで見つけるのが早いかもしれませんが、これも運不運がありそうで。

それはそうと、
清洲城址の近くに信雄が建てた総見院があるんですか?
知りませんでした。歩いていける距離なんでしょうか?
次回チャレンジしてみたいものです。


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角川版
桐野様
こんにちは、現代訳の件見直しましたら確かに百ちょうとなってました。これは、一番間違ってはいけないところですね。

それと、角川版ですが、去年にブックオフの小説コーナーで、五百円で入手しました(二冊目ですが)平成八年の九版ものでしたが、粘り強く通うと、見つかるかも知れませんよ。
2009/09/01(Tue) 11:35 | URL  | k2 #-[ 編集]
総見院
k2さん、こんにちは。

信長公記現代語訳本はちょっとひどいですね。
角川本はネットよりもブックオフなどで見つけるのが早いかもしれませんが、これも運不運がありそうで。

それはそうと、
清洲城址の近くに信雄が建てた総見院があるんですか?
知りませんでした。歩いていける距離なんでしょうか?
次回チャレンジしてみたいものです。
2009/09/01(Tue) 16:41 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
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