歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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南日本新聞連載「さつま人国誌」第120回
―薩摩藩士・早田某の犯行―

連載が更新になりました。
左のリンク欄にある「さつま人国誌」をクリックすれば、ご覧になれます。

今回は一風変わった題材を取り上げました。
こういう人情物というか、刃傷沙汰を扱うのは、この連載では初めてかもしれません。
江戸中期に起きた大量殺人で、しかも薩摩藩士の犯行です。

今年の3月、大阪龍馬会の史跡探訪に参加したとき、回った史跡のひとつで、前々から面白いネタなので、何とか書けないかと思っていました。
しかし、『旧記雑録追録』など薩摩藩側の史料にはまったく記事がなく、諦めかけていましたが、ひょんなことから、下手人や関係者の供述調書を翻刻してある近世文学関係の本を見つけることができました。

ほんとに詳細な記録で、関係者20人以上の調書ですから、読むだけでひと苦労でしたが、おかげで、事件の輪郭はかなりつかめました。

それでも、薩摩側の事情は相変わらずわかりません。
まず下手人の早田某にしてからが、薩摩藩でもどの地域の出身なのか、身分・禄高・役職などはどのようなものなのか、また薩摩藩大坂蔵屋敷がこの事件にどのような対応をしたのか。当然、大坂の町奉行所から照会その他交渉があったはずですが、どのような応対がなされたか、さっぱりわかりません。

わからないなりに、事件の真相というか、殺した側の釈明と、殺された側周辺の供述とが微妙にすれ違っているあたり、時代は変わっても、状況は同じだなと感じた次第です。

なお、早田という名字は鹿児島にはあまりないように思います。
鹿児島の名字を網羅した『鹿児島県姓氏家系大辞典』(角川書店)には、早田名字は立項されていません。
ただ、巻末の電話帳の名字一覧には掲載されているようです。まったくないわけではないと思いますが、鹿児島では珍しい名字の部類ではないでしょうか。もしかして変名、偽名かなとも感じましたが……。

次週は月一の休載日です。
先週は総選挙特集でつぶれましたから、ちょっと間延びした感じになりますが、懲りずに読んでいただければ幸いです。

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【2009/09/07 21:37】 | さつま人国誌
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