歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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新型インフルにはくれぐれも気をつけたい今日この頃。
ふと思いあたったことがある。

文禄慶長の役。
島津義弘にとっても、惨憺たる敗戦でした。

戦争が始まって一年数カ月たった文禄2年(1593)9月。
義弘の縁者が相次いで陣没します。

9月8日、長男の久保(ひさやす)

9月12日、娘婿の朝久(ともひさ、豊州島津家)。

久保は21歳、朝久も30歳前後ではないかと思われます。
わずか4日間で、義弘は2人の若い縁者を失ったわけです。
病名は「瘴癘」(しょうれい)とあります。
ふつう、地元特有の風土病を意味しますが、さてどうなのでしょうか?
熱病とも解説されることがあるので、高熱を発する病気のようですね。
2人が亡くなったのは、新暦に直せば、10月2日と6日。
秋ですね。

でも、最近の新型インフルは必ずしも冬だけが流行期ではありません。
また免疫のあまりない若年層が重症化する傾向も指摘されています。

久保と朝久。
日をおかずに亡くなっているところをみると、もしかして陣中でインフルエンザがまん延し、感染してしまったんじゃないですかね?

2人のほか、時期は少しずれますが、島津義久の女婿彰久も29歳。
分家の北郷忠虎も39歳で、それぞれ朝鮮で陣没しています。

しかし、50代以上の義弘や島津忠長など年長者で、病気により陣没した人はほとんどいません。

インフルエンザを疑いたくなりますが、どうなんでしょうか。

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【2009/09/19 10:20】 | 戦国島津
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