歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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南日本新聞連載「さつま人国誌」第121回
―身請け話、もつれた果てに―

連載が更新になりました。
左下のリンク欄「さつま人国誌」をクリックすれば、ご覧になれます。

今回は前回の続きです。
五人斬りをした早田八右衛門の供述から、惨劇に至るきっかけや動機を探りました。
記事に書いたような、八右衛門の供述が真実かどうかわかりません。
関係者がすべて殺されているので、「死人に口なし」です。
ただ、八右衛門が錯乱したわけではないようです。アリバイ工作や偽装工作をしているので、むしろ、冷静さ、冷酷さが見てとれます。

八右衛門は菊野を身請けして国に連れて帰るつもりだったようです。
だから、必死に金の工面に奔走したのでしょう。
記事には書く余裕がなかったのですが、ちょうど八右衛門の亡母の25年忌にあたっており、菊野と祝言を挙げれば、追善供養になると思ったと語っています。

しかし、その一方で、これも紙数の関係で書けませんでしたが、菊野の友人の女性は、八右衛門が思うようにならないと刀を振り回すので恐いと、菊野がこぼしていたとも語っており、果たして、菊野が鹿児島行きを承諾したかどうか微妙なところです。

どちらにしろ、身請け話が行きづまり、八右衛門は帰国が迫っていました。二人とも追いつめられていたことはたしかでしょう。
しかし、2人の当事者の刃傷沙汰ならともかく、巻き添えになった4人はたまりませんね。

この一件について、薩摩側の史料がないのか少し調べてみましたが、手許史料では見つかりませんでした。ほかにあるかもしれません。
あるいは、大坂の町奉行所関係史料が残っていれば、それにあるかもしれませんが、門外漢のため、史料の所在がつかめません。

次回からは、久しぶりに戦国に戻る予定です。

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【2009/09/21 12:24】 | さつま人国誌
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