歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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昨夜、雨の中、通夜に行って来ました。

島津晴久氏は島津一門四家のひとつ、重富島津家の当主でした。

私も講演・講座で何度か、ご一緒したことがあります。
若僧にも親しく話しかけて下さり、その気さくさ、優しさには心温まる思いがしました。
昨年倒れられ、長く闘病中でしたが、つい先日帰らぬ人となられました。

永らく文科省関係で博物館行政に携わられ、博物館の充実や情報公開の必要を強調しておられました。
佐倉の歴博にお勤めのときは、今谷明さんとも仲がよかったとお聞きしました。

いつぞや、雑談の中で、私が重富島津家の幕末維新期の先祖、珍彦(忠鑑、久光三男)に関心がありますと話すと、数日後には珍彦の珍しい史料をたくさん送って下さいました。私はその場限りの雑談のつもりだったので、とても驚いた覚えがあります。
その史料をまだ十分活用したとはいえないので、それを使いこなすことが供養のひとつかなと思っているところです。

ご冥福を祈ります。合掌

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【2009/10/06 08:26】 | 雑記
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重富住民として
岩剣石塁
 当の重富住民ですが、氏の話題は全く耳にしませんでした。
お住まいが遠く離れていたにしても、残念なことです。
 ご冥福をお祈り申し上げます。

重富
桐野
岩剣石塁さん、こんにちは。

島津晴久さんはお仕事が関東でしたし、お住まいもそうでしたから、重富にはそう帰ってはおられないでしょうね。

でも、いつぞや地元に帰って墓参りしてきたと仰せでした。
晴久さんのお墓は、重富にできると聞きました。

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重富住民として
 当の重富住民ですが、氏の話題は全く耳にしませんでした。
お住まいが遠く離れていたにしても、残念なことです。
 ご冥福をお祈り申し上げます。
2009/10/07(Wed) 00:53 | URL  | 岩剣石塁 #qHI8YIeE[ 編集]
重富
岩剣石塁さん、こんにちは。

島津晴久さんはお仕事が関東でしたし、お住まいもそうでしたから、重富にはそう帰ってはおられないでしょうね。

でも、いつぞや地元に帰って墓参りしてきたと仰せでした。
晴久さんのお墓は、重富にできると聞きました。
2009/10/07(Wed) 08:35 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
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