歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
今月1日(木)から坂本龍馬をテーマにした表題の市民講座が始まっている。
詳しくは、ここをご覧下さい。

決して安くはない受講料のうえ、初めての人は入会金も必要という講座だが、予想を上回る多くの方々においでいただいた。これも来年の大河ドラマという話題性とともに、多彩な講師陣にご協力いただいた賜物だと思う。

第1回は私の担当で、「坂本龍馬と薩摩藩―小松帯刀・西郷隆盛・吉井幸輔―」というタイトルでお話した。薩摩藩士の3人のなかで、私がとくに取り上げたかったのは吉井幸輔である。

坂本龍馬に接触した最初の薩摩人が吉井ではないかと思われること(私は最近別の意見を抱いているが)。
また寺田屋事件が起きたとき、まっ先に京都から伏見に駆けつけたのも吉井、負傷した龍馬を京都の藩邸に護送するときの警固隊長も吉井である。
霧島での龍馬とお龍の、いわゆる新婚旅行に同行したのも吉井である。
さらに龍馬の死の直前、幕吏に不穏な動きがあることを知らせ、薩摩藩邸に龍馬を保護しようと動いたのも吉井である。

わずか4年間だが、薩摩藩のなかで、龍馬ともっとも親密で親身になって世話してくれたのは吉井である。
おそらく来年の大河ドラマには登場しないだろうけど、龍馬の人間関係において、決して忘れてはならない人物だと強調した。

最後のまとめとして、龍馬や中岡慎太郎など脱藩浪士集団が維新変革に果たした役割を論じて終えた。


そして、第2回が台風が関東を通過した8日にあった。
講師は高知県北川村の中岡慎太郎館学芸員の豊田満広氏。
折からの台風のため、講師が上京できるのか、受講者のみなさんは出席できるのか気を揉んだが、杞憂に終わった。
豊田氏招聘については、企画段階で、私がぜひにと事務局のI氏に頼み込んでお願いしていた。
タイトルは「中岡慎太郎から見た坂本龍馬」。

中岡慎太郎の日記「海西雑記」「行行筆記」などを使って、龍馬との関係を説明された。
もっとも、中岡の日記は簡略すぎて、多弁な龍馬の手紙などとは非対称的で、両者の関係をなかなか比較しにくいという史料上の制約もあるというお話もあった。

中岡と龍馬の関係はお互いに信頼するタッグパートナーであったことを力説された。もちろん、考え方の違いは少しあるが、基本的な政治姿勢などは変わらないとも。
受講者から中岡が龍馬を暗殺したという説もあるがという質問に関連して、佐佐木高行の『保古飛呂比』を引いて、龍馬も「砲撃芝居」=武力倒幕を決して否定しておらず、中岡の倒幕路線とは基本的に同じであり。暗殺は考えにくいとの回答で、私も同感だった。

終了後、豊田氏と以前からの知友であるMさんを交えて、飛行機の時間まで歓談した。
私は十数年前、中岡の生家を訪れたことがあるが、その頃はまだ記念館はできていなかった。だから、豊田氏とも初めてお会いしたが、予想したとおりの好青年だった。

第3回は10月29日。
薩長同盟前夜に書かれた龍馬書簡を読み解く」というテーマで、宮川禎一氏(京都国立博物館)が講師です。

よろしければ、下記をクリックして下さい。
人気ブログランキング

スポンサーサイト

【2009/10/10 10:16】 | 明治大学リバティアカデミー
トラックバック(0) |
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック