歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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戦国三好氏研究で知られる天野忠幸氏から表題の論文をお送りいただいた。
正式な論文名・媒体・発行年は、

天野忠幸「三好氏と武家の権力秩序」 『歴史科学』198号 大阪歴史科学協議会 2009年9月

天野氏には以前、三好宗家と阿波三好氏の違いについて学恩を蒙り、拙著『だれが信長を殺したのか』(PHP新書)に少し反映できた。

今回の論文は、現在の戦国史研究の二大潮流である①「地域国家」論(戦国大名の分権性、自律性を重視する考え方)と、②室町幕府-守護体制という旧来の枠組みが変質しながらも、なお全国的な規定性を有しているという考え方があるなかで、肝心の畿内において形成された三好政権の性格をどのようにとらえるかという問題意識を有している。

天野論文は②の考え方に対して、三好政権が幕府の権力秩序を変質させ掘り崩したという画期性を重視し、それが次の織田政権の倒幕思想につながっていくと結論している。

つまり、統一政権の形成過程のなかに、三好政権を積極的に位置づけようという試みではないかと思われる。従来、統一政権の創出については朝尾直弘氏をはじめとして、信長を起点とする考え方があったが、それにも修正を加える意向があるのかもしれない。今後の進展に期待。
ともあれ、三好政権が織田政権の先駆的形態というべき意味あいをもつという指摘は新鮮である。それは両政権が幕府-将軍権力に依存せず、むしろそれを逸脱して成立した点を評価していることでもある。

個人的には、三好長慶がなぜ追放した将軍義輝と和睦し、その還京を認めてしまったのか、その理由や背景をもっと突っ込んで知りたかった。この和睦によって、三好氏が相伴衆となり、長慶の官途も修理大夫になるなど、三好家の家格上昇をもたらしたという評価はあるが、将軍抜きの政権形成という画期的路線がなぜ不徹底に終わってしまったのか、もっと知りたいと思う。これは三好政権の限界で、それを突破するには信長の登場を待たねばならなかったということなのか。

本稿は通常の論文より分量がやや少ないように感じた。媒体の事情によるものだろう。今後、上記の点をさらに展開してもらえば有難い。

新たな視野をひらいてもらった天野氏に感謝。

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【2009/10/12 12:35】 | 戦国織豊
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興味を惹かれます。
NAO4@吟遊詩人
こんにちは。
>天野忠幸「三好氏と武家の権力秩序」 『歴史科学』198号 大阪歴史科学協議会 2009年9月

結構惹かれるものがあります。しかし、この雑誌その辺の図書館には無さそうですね。国会図書館にはありそうですが。

三好氏というと、「戦国三好一族(今谷明著)」しか知らないので、どういう政権であったのか分類・詳述されているとしたら、面白そうです。

三好氏
桐野
NAO4@吟遊詩人さん、こんにちは。

三好氏に関心がおありでしたか。
天野論文はやはり国会図書館や大学図書館などでないと入手できないかもしれないですね。

ご指摘のとおり、現状では今谷明さんのご本が戦国三好氏について、もっともよくまとまった著作だろうと思います。

天野さんは三好氏の論文をすでに何本も書かれていますが、まだ単行本化には至っていませんね。そのうち、本になることを期待しましょう。


海部氏の方が早い
天鳥船
突然失礼いたします。

三好長慶・天野忠幸と検索してきて、こちらを見つけました。

徳島県海部郡海陽町の出身者です。

阿波海部氏のことで、皆様に認識を改めていただきたく、

できれば天野忠幸先生にもご連絡ください。

海部氏は、1352年・1392年・1420年と、京都で政権中枢部の根本史料に名を残しています。

1352年国宝東寺百合文書、1392年相国寺供養記、1420年『満済准后日記』、

原文も、リンク先に掲示しております。

http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/kaifusitotyuuouseikai.html

三好氏より海部氏の方が、京都での活動は、早いのです。

皆様にご紹介ください。

そして、もし、すでにご存知でしたら、失礼をおわびいたします。


海部氏
桐野
天鳥船さん、はじめまして。

コメント有難うございます。

阿波の海部氏についてはまったく不勉強で、ご教示感謝です。
天野さんもこちらをのぞいていらっしゃるかもしれませんので、お目に止まるかもしれません。

今後ともよろしく。

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コメント
この記事へのコメント
興味を惹かれます。
こんにちは。
>天野忠幸「三好氏と武家の権力秩序」 『歴史科学』198号 大阪歴史科学協議会 2009年9月

結構惹かれるものがあります。しかし、この雑誌その辺の図書館には無さそうですね。国会図書館にはありそうですが。

三好氏というと、「戦国三好一族(今谷明著)」しか知らないので、どういう政権であったのか分類・詳述されているとしたら、面白そうです。
2009/10/14(Wed) 02:27 | URL  | NAO4@吟遊詩人 #laIirjiw[ 編集]
三好氏
NAO4@吟遊詩人さん、こんにちは。

三好氏に関心がおありでしたか。
天野論文はやはり国会図書館や大学図書館などでないと入手できないかもしれないですね。

ご指摘のとおり、現状では今谷明さんのご本が戦国三好氏について、もっともよくまとまった著作だろうと思います。

天野さんは三好氏の論文をすでに何本も書かれていますが、まだ単行本化には至っていませんね。そのうち、本になることを期待しましょう。
2009/10/14(Wed) 10:40 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
海部氏の方が早い
突然失礼いたします。

三好長慶・天野忠幸と検索してきて、こちらを見つけました。

徳島県海部郡海陽町の出身者です。

阿波海部氏のことで、皆様に認識を改めていただきたく、

できれば天野忠幸先生にもご連絡ください。

海部氏は、1352年・1392年・1420年と、京都で政権中枢部の根本史料に名を残しています。

1352年国宝東寺百合文書、1392年相国寺供養記、1420年『満済准后日記』、

原文も、リンク先に掲示しております。

http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/kaifusitotyuuouseikai.html

三好氏より海部氏の方が、京都での活動は、早いのです。

皆様にご紹介ください。

そして、もし、すでにご存知でしたら、失礼をおわびいたします。
2010/07/29(Thu) 23:57 | URL  | 天鳥船 #KgL95V0o[ 編集]
海部氏
天鳥船さん、はじめまして。

コメント有難うございます。

阿波の海部氏についてはまったく不勉強で、ご教示感謝です。
天野さんもこちらをのぞいていらっしゃるかもしれませんので、お目に止まるかもしれません。

今後ともよろしく。
2010/07/30(Fri) 13:02 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
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