歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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日次記です。

昨22日(木)朝、名古屋の中日文化センター講座「信長公記を読み解く」出講のため、新幹線に乗る。
今回で4回目。
しかも、テーマが桶狭間合戦である。
レジュメもB4で11枚とふんだんに用意した。

首巻における桶狭間合戦の特色をまず確認する。
年次の不正確さ、方位・方角への疑問、肝心の信長の義元本陣急襲に至る経緯が不明なこと、義元の最終的な本陣がどこにあったか不明なこと、などなど、いろいろな限界はあるものの、一番の信頼できる基本史料であることを説明。

また同じ『信長公記』でも、テキストに使っている陽明本(角川文庫版)と天理本(天理大学附属図書館所蔵)では、桶狭間合戦の記事に小さくない異同があることを、両者を読みくらべることで確認する。

最後に参謀本部編『日本戦史 桶狭間役』が提唱した奇襲説が現在否定され、藤本正行氏の正面攻撃説がおおかたの支持を得ていることも説明。
とくに江戸期の俗流軍記物を排除して、より信頼できる史料に依拠するという方法論は歴史学の常道であり、合理的なやり方であることを説明。

もっとも、藤本説にも疑問があることも付け加える。
とくに、正面攻撃説の根拠となっている今川軍の進路(「戌亥」)を近世東海道に比定するのは妥当なのかどうかという解説も加える。

講義時間はほぼ予定どおりに終わったが、その後、質問タイムが30分以上も続き、多くの受講者のみなさんが残られて、熱い応答があった。みなさん、大変熱心なのと、独自のお考えをお持ちであることがわかって、こちらも勉強になった。

その足で京都に飛ぶ。
京都国立博物館の宮川さんから、現在開催中の「日蓮と法華の名宝」展のお誘いをうけていたのが最大の理由。
展示の詳細はここをご覧下さい。
『信長記』の自筆本「建勲神社」本が展示されていますよという宮川さんの言葉が殺し文句だった(笑)。つまり、天正7年の安土宗論の部分が公開されているのである。
京博は翌日行くことにしてあり、その前にある気になったポイントを調査したいと思っていた。
秋も深まり、陽もだいぶ短くなるなかで、辛うじて撮影ができた。
でも、もう一度行ったほうがいいかもしれない。

夜は居酒屋「龍馬」にて、前出の宮川さん、それに中村武生氏らと旧交を温める。
TVでおなじみの某政治評論家さんご一行もおいでになった。
現在の民主党政権の生みの親ともいうべき人物。
いろいろ龍馬の話で盛り上がる。
そのほかにも重要な情報交換もあり。

23日(木)。
午前中は京博の日蓮展見学。
会場のなかで宮川さんと遭遇。
来館したら電話するようにと昨日言われていたが、こちらが展示の見学に夢中で、いつの間にか時間が過ぎていたのを忘れていたから、向こうから探しに来られたのだろう。
館内は、日蓮宗の僧侶や在家信者と思われる方々がたくさんおいでで、なかなか前に進めなかった。
「立正安国論」の本物を見られて感激した。
もちろん「建勲神社」本も見ました。
狩野山楽も唐獅子図屏風を書いているとは知らなかった。
狩野派の永徳一家とそのライバル長谷川等伯がともに法華の在家信者だったのはとても面白い。

午後から三井寺まで足を伸ばす。
じつは初めての参詣。
目的は東京国立博物館をつくった町田久成(幕末薩摩藩大目付、英国留学生の一人)が晩年出家して、三井寺光浄院の住職となるという隠遁生活を送ったことに興味があり、足を運んだ次第。

光浄院は、個人的には信長関連史跡。
信長が元亀争乱の志賀の陣のとき宿泊したこともあるし、当時の住職は勢多・甲賀の豪族、山岡兄弟の四男暹慶(俗名景友)だった。暹慶は信長と将軍義昭が決裂したとき、一度は義昭に味方し、のち降伏した。
その後、秀吉・家康に仕えて同朋衆となり、山岡道阿弥の名前で知られる。家康の謀臣となり、関ヶ原合戦でも暗躍。それから、甲賀衆を与力とする棟梁となった。

光浄院は現在、無住状態のようだったが、庭園や方丈が美しいらしい。
その隣にある三井寺の寺務所で、町田久成の墓の場所を尋ねる。
塔頭法明院にあるフェノロサの墓の近くにあると聞き、山奥に分け入る。
すごい山道だった。
でも、途中で新羅三郎義光のお墓も見つけて感激。
そこから道に迷って、あちこち探しまわり、ようやく見つけることができた。
汗ビッショリかいたが、そこまでした値打ちがあった。
感激に浸る間もなく、帰路を急いだが、京阪線の駅に着いた頃にはふくらはぎに乳酸がたまっていることを自覚できるくらい足が疲れていた。
山中を2時間近く歩いたせいである。

でも、目的を果たし、達成感を抱いたまま帰路に着いた。

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【2009/10/24 00:17】 | 日次記
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日蓮展
びわこ
桐野さんは、もう行ってこられたのですね。
友人が日蓮宗のお寺さん(佐和山城の法華丸を移したといういわれのある)なので、この日蓮展に誘われています。

>「立正安国論」の本物を見られて感激した

実は私もこれが一番気になるところです。


日蓮展
桐野
びわこさん、こんばんは。

日蓮展は平日にもかかわらず、大変込んでいました。
僧侶や信者の方が多い感じでした。

いろいろ興味深い展示品があります。
分厚い充実した図録もありますよ。


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この記事へのコメント
日蓮展
桐野さんは、もう行ってこられたのですね。
友人が日蓮宗のお寺さん(佐和山城の法華丸を移したといういわれのある)なので、この日蓮展に誘われています。

>「立正安国論」の本物を見られて感激した

実は私もこれが一番気になるところです。
2009/10/24(Sat) 21:59 | URL  | びわこ #-[ 編集]
日蓮展
びわこさん、こんばんは。

日蓮展は平日にもかかわらず、大変込んでいました。
僧侶や信者の方が多い感じでした。

いろいろ興味深い展示品があります。
分厚い充実した図録もありますよ。
2009/10/25(Sun) 18:53 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
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