歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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関西の歴史研究者、城郭研究者の福島克彦氏(大山崎町歴史資料館)より図録「第17回企画展 豊臣秀吉と大山崎」や資料をご恵贈していただいた。
謹んで御礼申し上げます。
福島氏とその著書については、以前、当ブログのここで紹介したことがあります。ご参照下さい。

大山崎町歴史資料館は、山崎の合戦や幕末の禁門の変の舞台(真木和泉らが自害)にもなった天王山の麓にある。石清水八幡宮もほど近い。京都盆地の南からの玄関口というべき隘路であり、古来から西国街道の要所として知られている。山崎の合戦も明智光秀がこの隘路で秀吉軍を防ごうとして起こった。
そうした立地条件に合った企画「豊臣秀吉と大山崎」という展示会を同館が開催していたが、先月29日で終了していた。
このところ多忙で、外出も多かったため、紹介する時機を失してしまった。あとの祭りで、福島氏と同館に対して申し訳なかったなと思う。

同館では、展示期間中に3回の講演会が開かれ、福島氏も10月18日、

「豊臣権力の京都改造と洛外」

と題して、講演された模様。
そのレジュメもお送りいただきました。こちらも御礼申し上げます。
西国街道と豊臣政権の関係については、以前、同氏から、沿道の史跡から金箔瓦が少なからず出土しており、秀吉が西国街道を金ピカに装飾する荘厳化を意図していたのではないかと伺った記憶がある。そのあたりもレジュメに反映されていた。

また丹波の某旧家の調査報告書も頂戴した。
その所蔵文書のなかに石田三成の過所(関所の通行手形)がある。文禄・慶長の役の時期のもの。写しのようだが、三成の印判が非常に特殊なデザインをしている。馬の鞍の形か? かつて斑鳩の藤ノ木古墳から金の鞍金具が出土したことがあったが、それを連想させる形状。不勉強で知らないが、三成はこんな印判も使っていたのかと驚く。

まったく証文の出し遅れというべき紹介になってしまったが、福島氏に御礼申し上げます。

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【2009/12/03 19:44】 | イベント
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びわこ
>馬の鞍の形か?

鞍の形の中に「石田三成」っていう少々変形文字で描かれてる印判ですか?
このデザインは知ってたのですが、何に使ってたのか知らなかったです。
通行手形だから、鞍の形?だとしたら、ウィットに富んだ三成がますます好きになります(笑)

三成印判
桐野
びわこさん、こんにちは。

この印判を使った三成文書、ほかにもあるんですか。
彦根市史などに載っているのでしょうか?

通行手形ではありますが、水運関係なんですよ。

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この記事へのコメント
>馬の鞍の形か?

鞍の形の中に「石田三成」っていう少々変形文字で描かれてる印判ですか?
このデザインは知ってたのですが、何に使ってたのか知らなかったです。
通行手形だから、鞍の形?だとしたら、ウィットに富んだ三成がますます好きになります(笑)
2009/12/06(Sun) 01:55 | URL  | びわこ #-[ 編集]
三成印判
びわこさん、こんにちは。

この印判を使った三成文書、ほかにもあるんですか。
彦根市史などに載っているのでしょうか?

通行手形ではありますが、水運関係なんですよ。
2009/12/07(Mon) 00:24 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
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