歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
南日本新聞連載「さつま人国誌」第131回
―薩藩が戊辰戦争で依頼―

連載が一昨日すでに更新になっていたのですが、諸事多忙でお知らせするのが遅くなりました。
左のリンク欄「さつま人国誌」をクリックしていただくか、同紙サイトのここをクリックすれば、ご覧になれます。

今回は一風変わった題材を取り上げました。
我が国のビスケットはいつ、どのような形で生まれたのかという話です。

昨秋、鹿児島に帰ったとき、某菓子メーカーの社長さんと同席して雑談していたところ、鹿児島の銘菓「さつまどりサブレ」に代表されるサブレの始まりは島津斉彬にあるんじゃないか、何か知らないかと質問された。
私には答える用意のない難問で、斉彬が乾パンや乾飯(ほしいい)を製造して大量に備蓄していたことは知っているが、それ以上はわからない、帰って調べてみますと答えるしかなかった。

その一件がずっと気になっていたところ、記事にも書いたように、たまたま憲政記念館の展示を見学したとき、明治時代の風月堂のビスケット広告に「薩藩兵粮方」という一節があるのを見て驚いた次第。
それから、風月堂の社史を調べたり、同堂の広報部に電話して尋ねたりした(当時の広告写真をご提供いただき多謝)。

当初、薩摩藩兵粮方が江戸の風月堂に製造を依頼したのなら、てっきり彰義隊と戦った上野戦争で使用されたのではと思い込んでいたのだが、広告の文章には、平潟口の戦闘で使用したと書いてある。
そこで、戊辰戦争の一級史料『復古記』の平潟口戦闘の頁をすべて繰ったが、見つからなかった。
そういえば、大山柏『戊辰役戦史』もあるな、でも、これは大山の分析が多くて、あまり史料は引用されていないがと、あまり期待せずに読んだところ、なんと、大山が取材したと思われる地元の古老の証言があり、そこにビスケットの記事が書かれていた。
しかも、ビスケットを糸に通してあったというから、ドーナツのような中空の形状をしていたこともわかって面白かった。

もっと裏付けの史料もほしかったが、それ以上は手許史料で見つかりそうもなかったので、ひと区切りつける意味で、記事にしたという次第。サブレではなく、ビスケットだったが、何とか1年前の宿題が果たせてホッとしている。

なお、記事で書いた「凮月堂」の「凮」は「風」の異体字です。一応、原文を尊重して異体字を用いました。

次回は、島津久章一件を書く予定。知る人ぞ知る人物です。

よろしければ、下記をクリックして下さい。
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【2009/12/09 19:05】 | さつま人国誌
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風月堂
ばんない
今回のコラム、ビスケットの起源じゃなくて、風月堂の起源が分かって興味深かったです…すいません、意図しているところと違うところに注目してしまって…。松平定信の命名ですか。当初は和菓子屋だったのでしょうか。

関西では風月堂と言えば神戸に本社のあるところが知名度が高いです。なので、東京にも風月堂があるとは知りませんでした。気になって検索してみると、どうも全国に「風月堂」を屋号にしている洋菓子店があり、それらは複雑に関係のあるところが多いようです(先述の神戸の風月堂と東京の風月堂も間接的ながら関係があるようです)

サブレは鎌倉の有名なあそこが明治時代に作り始めたと言うことを主張していたような記憶があります。しかし日本で最初に誰が作り始めたかはちょっと調べた限りでは分かりませんでした。

次回は島津久章ですか。前回の押川強兵衛といいダークサイドストーリーが続いているような気が(汗)

風月堂
桐野
ばんないさん、こんばんは。

風月居士だったか、松平定信の雅号だったようで、それを頂戴したようですね。
風月堂は鹿児島にもありますね。のれん分けで増えたようです。

今回の連載について、京都のそばぼうろは真ん中に穴が空いているけど、あれが「乾蒸餅」と関係ないかという情報がお二人の方から寄せられました。

http://www.kawamitiya.co.jp/branding.html

こんな感じですが、たしかに穴が空いてますね。

島津久章は一回ではなかなか難しそうなのと、年末年始進行と重なるため、垂水家歴代の一人として取り上げようと思います。

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この記事へのコメント
風月堂
今回のコラム、ビスケットの起源じゃなくて、風月堂の起源が分かって興味深かったです…すいません、意図しているところと違うところに注目してしまって…。松平定信の命名ですか。当初は和菓子屋だったのでしょうか。

関西では風月堂と言えば神戸に本社のあるところが知名度が高いです。なので、東京にも風月堂があるとは知りませんでした。気になって検索してみると、どうも全国に「風月堂」を屋号にしている洋菓子店があり、それらは複雑に関係のあるところが多いようです(先述の神戸の風月堂と東京の風月堂も間接的ながら関係があるようです)

サブレは鎌倉の有名なあそこが明治時代に作り始めたと言うことを主張していたような記憶があります。しかし日本で最初に誰が作り始めたかはちょっと調べた限りでは分かりませんでした。

次回は島津久章ですか。前回の押川強兵衛といいダークサイドストーリーが続いているような気が(汗)
2009/12/09(Wed) 19:53 | URL  | ばんない #kyBjvhlc[ 編集]
風月堂
ばんないさん、こんばんは。

風月居士だったか、松平定信の雅号だったようで、それを頂戴したようですね。
風月堂は鹿児島にもありますね。のれん分けで増えたようです。

今回の連載について、京都のそばぼうろは真ん中に穴が空いているけど、あれが「乾蒸餅」と関係ないかという情報がお二人の方から寄せられました。

http://www.kawamitiya.co.jp/branding.html

こんな感じですが、たしかに穴が空いてますね。

島津久章は一回ではなかなか難しそうなのと、年末年始進行と重なるため、垂水家歴代の一人として取り上げようと思います。
2009/12/14(Mon) 00:17 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
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