歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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古文書塾てらこや冬期講座の2回目。

昨日はいろいろあって疲れて更新できなかった。

のっけからお詫びです>受講生のみなさん
また時間に追われて、レジュメに収録した史料の説明をするのを忘れていたことに気づきました。

史料6,防長回天史 5編下のことです。

これは長州藩士柏村数馬(広沢真臣の兄)の日記の一部です。柏村がひそかに上京して、西郷吉之助らと会談した内容を国許に報告したものです。
柏村らが上京したのは、薩長の間で改めて軍事同盟を結び挙兵計画が進行しているなか、薩土盟約(平和的に王政復古をめざす方針)の一報がもたらされたために、長州側としては薩摩側に方針変更が生じたのかどうかを確認しようとして、柏村らの派遣になったわけです。この柏村日記には、西郷が語った有名な「三都同時挙兵計画」が記されています。

で、表題の後藤象二郎に戻しますと、日記のなかで、薩土盟約の成否について土佐藩や後藤がどう考えているのかを伝える内容です。
つまり、一気に京都政局を主導するようになった後藤の薩土盟約案ですが、それを実現するための土佐藩や後藤らの責任と覚悟のほどを明らかにしています。
まず、後藤はこの薩土盟約案を幕府が採用しなかったとしたらどうするかについて、

「その策を持ち出しても幕府に採用これなきは必然に付き、右の塩に幕と手切れの策にこれあり、在京同藩(土佐藩)の者は残らず同意に付き、弊藩(薩摩藩)異議これなく戮力同心と申す事」

土佐藩の献策を幕府が採用しないと、それを機に幕府と断交する策であり、土佐藩の在京重役はみな意見が一致しているので、薩摩藩もそれほどの覚悟ならと、異議なく同意したというわけです。

問題は、土佐藩の在京重役で意見が一致したとしても、国許の老公、山内容堂の承認を得て藩論と定めるという作業がまだ残っています。土佐藩の国許には、門閥層を中心に佐幕派や後藤糾弾派の勢力がいるので予断を許しません。西郷らは後藤に、もし薩土盟約案が藩論にならなかった場合、後藤らはどうするのかと詰問しました。そのときの後藤の答えですが、

「後藤などよほど尽力此度の建策自然土藩一般の国論に相成らずとも、象次郎は勿論、同志の者だけは相加わり申すべし」

後藤は、薩土盟約論を藩論にできなかったら、自分と同志の者だけでも薩長側に加わるという形で責任を取ると、覚悟のほどを示したわけです。

薩摩藩が薩土盟約案に同意したのは、その趣意が薩摩藩の方針に合致していただけでなく、後藤の覚悟のほども見極めたからでしょう。
薩摩藩にとって、薩土盟約が成就しようがしまいが、まったく損がないことになりました。もし成就したら、薩摩藩は武力挙兵というリスクを冒さなくても、その果実を得ることが出来ます。また成就しなかったとしても、土佐藩の大立て者である後藤が薩長陣営に加わるとなると、土佐藩の討幕派(乾退助や小笠原唯八ら)を元気づけ、土佐藩の世論が一気に薩長との連合に傾きます。どっちにしろ、薩摩藩には損がありません。
前回の講座で、西郷が後藤や土佐藩を「主人」にしてみようといったのには、そういう真意が隠されていたわけです。

遅ればせながら、昨日の講座の補足とさせていただきました>受講生のみなさん。
今回は多くの質問が出て、とても賑やかでした。これからもよろしくお願いします。

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それでは、「ゴンザの露薩語講座」第9回です。
前回出題分「シンド」の解答は「労働」でした。
残念ながら、今回は正解者がありませんでした。
シンド」はみなさんもご想像どおり、「しんどい」から来ていると思います。でも、なぜこれが「労働」になるのか、ゴンザの考えがよくわかりませんが、『鹿児島方言大辞典』(高城書房)によると、「シンド」は苦労の意味で「心労」からの転訛だとあります。ゴンザは薩摩時代、自分のまわりで働く大人たちが「シンド」とか「テソカ」「テセ」と話していたのを耳にしたからでしょうか。もっとも、仕事が大変だという意味では「テシケコッジャ」(疲れることだ)とか使うように、「シンド」よりも「テセ」系が鹿児島では一般的なような気がします。
水戸っぽさん、岐阜少将さんは、疲れた→病気という連想はとてもよいと思うのですが、今回にかぎってはゴンザがちょっとひねてましたね(笑)。きなみんさんのシンド→神道→ロシア正教というのはじつに素晴らしい連想でしたが、ちょっと方向が違いましたね。それと神道なら「シント」と濁らないかも知れません。

第9問:ボズ

ヒント:前回のきなみんさんの発想法です。
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【2007/01/31 11:14】 | てらこや
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水戸っぽ
ん..ボズ・スキャックズに相当するミュージシャンが
当時のロシアにいたか?...。
と、世迷い言はこの辺までにして、
「ボズ」→坊主→司教
(というか、ロシア正教的にはこの語で正しいのかどうか。カトリックなら神父、新教なら牧師ですよね。)


きなみん
ボズ→BOSE→スピーカー→...ウソです。
ボズ→坊主→司祭 ですかね?
私もロシア正教での呼称を知らないので...


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この記事へのコメント
ん..ボズ・スキャックズに相当するミュージシャンが
当時のロシアにいたか?...。
と、世迷い言はこの辺までにして、
「ボズ」→坊主→司教
(というか、ロシア正教的にはこの語で正しいのかどうか。カトリックなら神父、新教なら牧師ですよね。)
2007/01/31(Wed) 11:55 | URL  | 水戸っぽ #-[ 編集]
ボズ→BOSE→スピーカー→...ウソです。
ボズ→坊主→司祭 ですかね?
私もロシア正教での呼称を知らないので...
2007/02/02(Fri) 01:49 | URL  | きなみん #-[ 編集]
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