歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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現在、発売中の『歴史読本』3月号。
目次の紹介などはここにあります。

表題のタイトルで記事を書きました。サブタイトルもあります。
―小松帯刀の京都邸「御花畑」を探す―

一昨年来、ずっと探索を続けていたテーマで、南日本新聞連載「さつま人国誌」などでも中間報告してきましたが、今回こそはほぼ確実に町名レベルまで明らかにできたと思います。

詳しくは同誌の拙稿をご覧いただくとして、これまで摂関家の近衛家は京都に本邸、別邸合わせて5つの邸宅があるとされてきましたが、どうやら6つ目がありました。それが小松帯刀が京都邸とした「御花畑」です。

今回の結論に辿りつくまで試行錯誤がありました。
とくに近衛基熈の隠居屋敷で幕末まで存在した堀川邸(堀川一条上ル)に比定できるのではないかという考えに一時傾いたことがありましたが、結果としてこれも否定せざるをえなくなりました。私の未熟の致すところです。

そんなこんなの試行錯誤のプロセスを書きましたので、興味のある方はご覧下さい。

なお、薩長同盟が締結された場所も、『桂久武日記』や木戸孝允、品川弥二郎など当事者の伝記や証言から、おそらくこの「御花畑」ではないかと結論しました。
この点も強調しておきたいところです。

ついでながら、同誌には、私の連載「信長―狂乱と冷徹の軍事カリスマ―」第27回も掲載されています。
今回は「足利義昭の追放と浅井・朝倉の滅亡」というテーマで書きました。
そのとおり、元亀争乱の終結について詳しく述べたものです。
こちらもよかったら、ご覧下さい。

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【2010/01/29 22:39】 | 新刊
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2010/02/03(Wed) 05:41 |   |  #[ 編集]
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