歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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南日本新聞連載「さつま人国誌」第137回
―キリシタン発覚し、火刑―

連載が更新になりました。同紙サイトのここをクリックするか、左のリンク欄「さつま人国誌」をクリックすれば、ご覧になれます。

今回は矢野主膳の一件を書きましたが、この事件が発端となって、永俊尼ことカタリナ夫人の流罪に発展するまで、3回にわたって書く予定です。

なお、矢野主膳の処刑地について桜島とする説もありますが、帖佐脇元ではないかと思っています。

近世初期のキリシタン弾圧は徳川幕府の基本政策でしたが、薩摩藩では少し特種な展開を見せました。
ひとつは、薩摩が辺境であるせいか、さまざまな亡命者やキリシタンが潜伏しやすかったこと。またカタリナ夫人という島津家当主の家族がキリシタンだったことによって、島津家久、光久が苦渋の選択を迫られます。とくに対幕関係の悪化=島津家の改易の恐れに戦々兢々としたことはいうまでもありません。

今回から3回にわたって、矢野主膳、明石小三郎、カタリナ夫人という3人のキリシタンを紹介する予定ですが、その陰にあって、キリシタン問題の火の粉が何とか島津家に降りかからないように奔走するのが、家老の伊勢貞昌です。
貞昌は近世初期の名家老といってよいと思います。いつか本連載でも紹介したいと思っていますが、その事績が多岐にわたり、またあまり劇的な面がないため、書くにはなじみにくい人物ですね(笑)。

伊勢貞昌をはじめ、比志島国隆、島津久慶といったひと癖も二癖もある人物が書けるようになればいいなと念願していますが、まだまだ未熟です。

次回はキリシタン武将で有名な明石掃部全登の一子小三郎の薩摩潜伏について書く予定です。

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【2010/02/01 21:51】 | さつま人国誌
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ばんない
こんばんは。

「矢野主膳」なる人物の名前は、そのカタリナ夫人がらみで聞いたことはあったのですが、「薩藩旧記雑録」でも彼に言及した文書は管見では見つからず、全く謎の人物だったので、今回のコラムは興味深く拝見致しました。そもそもは義弘がらみで重用された人物のようですね。中馬大蔵といい、義弘が重用する人物は一癖ある人が多いような(苦笑)

「薩藩旧伝集」の光久が主膳をなじったという話は、光久の祖母が問題のキリシタン・カタリナだったために、光久と主膳のつながりを消し去るために捏造されたっぽい逸話に感じました。

ところで、伊勢貞昌とか島津久慶は確かに気になる人物ですね。2人とも名家老でもありますが、清廉潔白とも言い難く胡散臭い人物とも言うか(苦笑)

矢野主膳
桐野
ばんないさん、こんにちは。

矢野主膳は「島津の退き口」関係の史料でも、何カ所か登場しています。
一行が戦場を離脱して駒野の山中をさまよっていたとき、義弘の鞍が毀れたのか、主膳が自分の鞍と取り替えたりとか。
ようやく住吉まで達して、それから義弘がほとんどの家来たちと別れてわずかな供回りだけで堺に潜入するのですが、その数人の供のなかにも主膳がいます。
義弘が信頼する馬廻だったのはたしかだと思います。義弘存命中はよかったんでしょうけどね(笑)。


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こんばんは。

「矢野主膳」なる人物の名前は、そのカタリナ夫人がらみで聞いたことはあったのですが、「薩藩旧記雑録」でも彼に言及した文書は管見では見つからず、全く謎の人物だったので、今回のコラムは興味深く拝見致しました。そもそもは義弘がらみで重用された人物のようですね。中馬大蔵といい、義弘が重用する人物は一癖ある人が多いような(苦笑)

「薩藩旧伝集」の光久が主膳をなじったという話は、光久の祖母が問題のキリシタン・カタリナだったために、光久と主膳のつながりを消し去るために捏造されたっぽい逸話に感じました。

ところで、伊勢貞昌とか島津久慶は確かに気になる人物ですね。2人とも名家老でもありますが、清廉潔白とも言い難く胡散臭い人物とも言うか(苦笑)
2010/02/02(Tue) 00:19 | URL  | ばんない #kyBjvhlc[ 編集]
矢野主膳
ばんないさん、こんにちは。

矢野主膳は「島津の退き口」関係の史料でも、何カ所か登場しています。
一行が戦場を離脱して駒野の山中をさまよっていたとき、義弘の鞍が毀れたのか、主膳が自分の鞍と取り替えたりとか。
ようやく住吉まで達して、それから義弘がほとんどの家来たちと別れてわずかな供回りだけで堺に潜入するのですが、その数人の供のなかにも主膳がいます。
義弘が信頼する馬廻だったのはたしかだと思います。義弘存命中はよかったんでしょうけどね(笑)。
2010/02/03(Wed) 10:02 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
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