歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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書き込むのも久しぶりです。

第14回 お尋ね者龍馬

ドラマ進行時点:文久2年(1862)3月~8月

脱藩した龍馬は4月1日、下関の白石正一郎の世話になったあと、九州遊歴の旅に出ます。
龍馬と沢村惣之丞は先に脱藩した吉村寅太郎と落ち合う手筈になっていましたが、何かの手違いで不発に終わりました。

ちょうどこの頃、薩摩藩国父の島津久光は朝幕改革のため、1000人の藩士を率いて率兵上京の途につき、龍馬が下関に着いた直前に下関を発して京都に向かっています。
このすれ違いはまったくの偶然とは思えません。吉村寅太郎はその後上京して、伏見寺田屋に入り、薩摩藩激派の有馬新七らと合流していますので、龍馬も久光の率兵上京に合わせた京都での攘夷派の挙兵計画に一枚噛んでいた可能性があります。これも「草莽崛起」を説く久坂玄瑞に影響されたのかもしれません。ただ、史料不足でそれ以上はわかりません。

その後、龍馬はドラマでもあったように、薩摩に向かいました。
このことはあまり知られていませんが、脱藩した龍馬の最初の目的地が薩摩だったことは、その後の龍馬の足跡を考えれば暗示的です。
龍馬の薩摩行きについても、一次史料はなく編纂史料のみです。

「坂本龍馬海援隊始末」一 
『坂本龍馬関係文書』二所収 日本史籍協会叢書
文久2年(1862)4月朔日条
「此の日龍馬は島津久光已に(すでに)汽船にて東上せるを聞き、義挙に投ずるの軌を失するを悟り、沢村と東西に手を分ちたりと云ふ。
 爾来(じらい)数十日は龍馬の消息を伝へず、唯薩藩に入らんとして関吏に拒まれ、空しく踵(きびす)を返して東上したるを知るのみ」


また龍馬の薩摩行きは郷里の画家、河田小龍の影響ではないかともいわれています。
小龍は島津斉彬存命中の安政元年(1854)、土佐藩が薩摩藩の集成館事業を視察したのに同行しています。その見聞を龍馬に語ったので、龍馬が関心を示した可能性もないとはいえません。
この件についても一次史料はありませんが、編纂史料には書かれています。

「坂本龍馬海援隊始末」一
「是れより先、即ち此の年(安政元年)八月、藩庁筒奉行池田歓蔵・砲術指南役田所左右次を鹿児島に遣はし、反射炉を視察せしむ。河田小龍其の随員たり、地震後、小龍帰国し、旧宅焼失するを以て上町築屋敷三丁目新越戸に寓す。坂本家本町の宅と甚だ近し。龍馬即ち往きて薩藩の武備の状を聞き、日本刀のみを以て攘夷の効を見るべきにあらざるを悟る」

『維新土佐勤王史』其四十七
「蓋し(けだし)坂本は嘗て画家河田小龍より、薩藩が夙に(つとに)製鉄所を設け、盛に大砲などを鋳立つるを聞きしを以て、一たび其の実際を目撃せんと企てしものなるべし」

その後、6月、ドラマにもあったように、龍馬は大坂に現れます。11日には沢村惣之丞と再会を果たします。これはドラマにありませんでしたが。すでに惣之丞は入京して、公家の河鰭家(かわばた・け)の公家侍になり、大河原刑部と変名していました。

龍馬は吉田東洋暗殺の直前に脱藩していますが、それでも、時期が近かったため、龍馬にも東洋暗殺の嫌疑がかかっていたようです。
土佐藩主山内豊範の率兵上京に随行していた、郷里の友人望月清平が龍馬に次のように忠告しています。

「坂本龍馬海援隊始末」一
「去る四月八日の夜、高知城下に於て参政吉田元吉(東洋の実名)暗殺せられ、御身にも亦刺客の嫌疑かかれり。速に捕吏を避けよと」

武田鉄矢演じる勝海舟もちらりと登場しましたね。
ただ、イケメンの海舟役にはさすがに向いていないのではないかという気もしますが……。
それに、キャラクター的に江戸っ子海舟の洒脱さを出せるでしょうかね?

それと、岡田以蔵が吉田東洋暗殺の探索のため、上坂していた下横目の井上佐市郎を暗殺してしまいました。これは史実とおりですね。いうまでもないですが、岩崎弥太郎は井上と同行していません。
【後記】
岩崎弥太郎が井上佐市郎と同行していないと書きました。これは弥太郎が目付的な仕事をしていないという意味でしたが、弥太郎もこのとき、藩主山内豊範上京・出府に「臨時御用」として加わっており、道中や大坂の住吉陣屋で、井上と何度か会って懇談しています。この点、不正確でしたので、訂正・加筆しておきます。
とくに井上が暗殺される2週間ほど前、2人はかなり親しく懇談しています。
また、のちの岡田以蔵の口供書によれば、井上暗殺を提案したのは平井収二郎のようですね。収二郎が絞殺を指示しています。暗殺を実行した者も以蔵だけでなく、3、4人おります。手拭いで絞めたのが以蔵、腹を短刀で刺したのが村田忠三郎のようです。

『岩崎弥太郎日記』上巻
文久2年7月19日条
「井上佐市郎、五藤の寓前に余を待ち、何の談を以てすを問ふ。余実を以て答ふ。佐市郎格別心気不快の模様に付、余痛悔し、容易の談を以てす。実に易らざるは、久々の回寓の一睡」

これによれば、弥太郎と井上が語り合っており、井上が「格別心気不快」な様子だったと書き留めています。それが何を意味するのか、よくわかりません。東洋暗殺の探索に関わることなのかどうかも、これだけではわかりません。
その後、弥太郎はまた失策をやらかして帰国命令が出ており、井上が暗殺された当日の8月2日は室戸岬沖を航行しており、日暮れまでに郷里に着いていますから、井上の死を知る由もありませんでした。


武市半平太にけなげに尽くし、何とか認められようと暗殺に手を染める以蔵の哀しさの端緒を、佐藤健が予想以上に好演していました。
個人的には、岡田以蔵といえば、ショーケン(萩原健一)を思い出してしまう世代ですが(爆)。ショーケンはこの熱演によって役者として化けましたが、同じ健君はどうでしょうか?

次回は龍馬の江戸行きでしょうか?

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【2010/04/04 22:21】 | 龍馬伝
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岩崎弥太郎の同行について
NAO4@吟遊詩人
桐野先生、いつもお教えくださりありがとうございます。

「龍馬の夢をかなえた男 岩崎弥太郎」(原田泉著、KKベストセラーズ)という本p81付近に、「岩崎弥太郎は、藩主山内豊範の上洛の供に加えられたが、規律違反のかどで帰国を余儀なくされる。」と書かれており、岩崎弥太郎の日記には井上佐一郎が身の危険を感じたようなことが書かれているとあります。

この本からは、岩崎弥太郎は井上に同行したと考えられます。一次史料を確かめてないので、不勉強な根拠で申し訳ないのですが。

不覚
桐野
NAO4@吟遊詩人さん、こんにちは。

ご指摘、有難うございました。
私は、弥太郎が藩主上京の隊列に加わっていても、目付的な仕事はしていないはずだと思っていたので、井上佐市郎とは行動を共にしていないはずだと書いてしまいましたが、やはり井上とは東洋塾の同門ということもあって、日記を見れば、何度か会っていましたね。
本文も訂正しておきます。


忍っこ
桐野先生こんばんは
佐藤健の岡田以蔵はいい演技でしたね
武田海舟はイメージに合いません
ちゃきちゃきの下町江戸っ子ですので
べらんめー調の会話が武田鉄矢に出来るとは思いません
私が、いいなと思ったのは大河新選組の時の海舟をやった
野田秀樹です。
もう一つ注目は、龍馬と海舟の出会いです。
あい変わらず 斬りに行くんですかね(笑)

ノンポリ龍馬
桐野
忍っこさん、こんばんは。

半平太と以蔵の関係はBLですね。
腐女子さんの間では盛り上がっているのでは?

最近の大河は意識的にこの路線、場面を狙っていますね。
昨年は兼続と景勝の関係が怪しかったです。
一昨年の「篤姫」では小松帯刀と坂本龍馬が霧島で一緒に温泉に入って裸の付き合いでした。
その前の「風林火山」でも、山本勘助と武田晴信が隠し湯に一緒に入っていましたね。

もう40年以上前、勝新太郎が岡田以蔵を演じた「人斬り」という映画がありましたが、あれは無骨な以蔵だったですね。
半平太は仲代達矢。
田中新兵衛は何と、三島由紀夫。
龍馬は石原裕次郎
でした。

これまで「攘夷」に疑問を抱いている龍馬像からすれば、勝麟太郎を斬りに行くのは不自然ですね。
もしそうするなら、千葉重太郎が斬りに行くのに同行して制止するという設定か、あるいは勝に素直に時勢と国事のあり方を尋ねるという設定のどちらかでしょうかね?

このドラマの龍馬像が見えてきました。

ノンポリ龍馬

です。
小市民的、日和見的で面白くも何ともありません。
何より時代が描けません。

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岩崎弥太郎の同行について
桐野先生、いつもお教えくださりありがとうございます。

「龍馬の夢をかなえた男 岩崎弥太郎」(原田泉著、KKベストセラーズ)という本p81付近に、「岩崎弥太郎は、藩主山内豊範の上洛の供に加えられたが、規律違反のかどで帰国を余儀なくされる。」と書かれており、岩崎弥太郎の日記には井上佐一郎が身の危険を感じたようなことが書かれているとあります。

この本からは、岩崎弥太郎は井上に同行したと考えられます。一次史料を確かめてないので、不勉強な根拠で申し訳ないのですが。
2010/04/06(Tue) 05:21 | URL  | NAO4@吟遊詩人 #laIirjiw[ 編集]
不覚
NAO4@吟遊詩人さん、こんにちは。

ご指摘、有難うございました。
私は、弥太郎が藩主上京の隊列に加わっていても、目付的な仕事はしていないはずだと思っていたので、井上佐市郎とは行動を共にしていないはずだと書いてしまいましたが、やはり井上とは東洋塾の同門ということもあって、日記を見れば、何度か会っていましたね。
本文も訂正しておきます。
2010/04/06(Tue) 08:29 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
桐野先生こんばんは
佐藤健の岡田以蔵はいい演技でしたね
武田海舟はイメージに合いません
ちゃきちゃきの下町江戸っ子ですので
べらんめー調の会話が武田鉄矢に出来るとは思いません
私が、いいなと思ったのは大河新選組の時の海舟をやった
野田秀樹です。
もう一つ注目は、龍馬と海舟の出会いです。
あい変わらず 斬りに行くんですかね(笑)
2010/04/09(Fri) 23:06 | URL  | 忍っこ #-[ 編集]
ノンポリ龍馬
忍っこさん、こんばんは。

半平太と以蔵の関係はBLですね。
腐女子さんの間では盛り上がっているのでは?

最近の大河は意識的にこの路線、場面を狙っていますね。
昨年は兼続と景勝の関係が怪しかったです。
一昨年の「篤姫」では小松帯刀と坂本龍馬が霧島で一緒に温泉に入って裸の付き合いでした。
その前の「風林火山」でも、山本勘助と武田晴信が隠し湯に一緒に入っていましたね。

もう40年以上前、勝新太郎が岡田以蔵を演じた「人斬り」という映画がありましたが、あれは無骨な以蔵だったですね。
半平太は仲代達矢。
田中新兵衛は何と、三島由紀夫。
龍馬は石原裕次郎
でした。

これまで「攘夷」に疑問を抱いている龍馬像からすれば、勝麟太郎を斬りに行くのは不自然ですね。
もしそうするなら、千葉重太郎が斬りに行くのに同行して制止するという設定か、あるいは勝に素直に時勢と国事のあり方を尋ねるという設定のどちらかでしょうかね?

このドラマの龍馬像が見えてきました。

ノンポリ龍馬

です。
小市民的、日和見的で面白くも何ともありません。
何より時代が描けません。
2010/04/10(Sat) 19:47 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
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敦賀駅前のビジネスホテルでも途中から観ていましたが、 7日午前様で帰宅してから録画を再び観ましたので更新します。 セカンドステージのはじまりですが、12回で視聴率20%切ってからというもの、 低迷が続いていますね。ドラマ自体は決して悪くないですが。 オープンニン
2010/04/07(Wed) 13:58:04 |  shugoroの日記
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