歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
もう先月のことで旧聞になってしまいました。
このところ忙しくて、なかなかブログの更新もかないません。
連休も仕事ばかりです。

先月22日(木)、名古屋の栄・中日文化センターに出講。
今回から、2コマの講座になりました。

13:00からは、いつもの「信長公記を読み解く」第4回。
今回は「山科言継とフロイスの岐阜訪問」がテーマ。
今回に限って、『信長記』のテキストは使いませんでした。
この2人の岐阜訪問を太田牛一が書いてくれていないためです。
牛一は知らなかったのでしょうか。あるいは大したことではないと思ったからでしょうか。
この2人は気難しい信長から奇跡的に親切にされています。
次回からいよいよ元亀争乱に入ります。まずは金ヶ崎の退き口でしょうね。

15:00から新たに始まった「戦国の手紙を読み解く」の初回です。
同日連続になったので、受講者の方が当初少なかったのですが、このブログでもお願いしたせいか、最終的にはそこそこの受講数になりました。
御礼申し上げます。

さて、初回のテーマは「織田信長」の手紙です。
連続して受講された方には既視感があったかもしれません。
でも、取り扱う時代が違ったのでお許し下さい。何というか、初回に信長はお約束みたいなものですから。
今回は5点の信長書状を取り上げました。
有名なおね宛ての手紙や、信長と家族(信忠・信雄)との関わりを述べたものです。
5点は多いかと思いましたが、5分ほどオーバーしただけで何とかおさめられました。
次回は上杉景勝です。


4月27日(火)、小学館「てらこや」出講
今月から始めた新講座「坂本龍馬と丁卯日記」の2回目です。
大政奉還をめぐる土佐藩や薩摩藩の動きとともに、龍馬の越前訪問を見ました。
また、越前藩の前藩主松平春嶽が上京するか否かをめぐって、春嶽本人と側近たちの間で検討が加えられますが、その根底には将軍慶喜への不信感が横たわっており、大政奉還が慶喜の「権謀」「権略」ではないかという疑念を拭いきれなかったようです。
結局、ある藩士の「朝幕之危難」を助けるべきだという「一正論」によって上洛と決します。
この「正論」を唱えたのが誰だかわかりませんでしたが、受講者からご指摘あり、なるほどと思いました。

中根雪江の日記は越前藩の準公用日記といってよいと思いますが、今回も内部のあーでもない、こうでもないという議論はぐだぐだ感が否めず、読むのにやや退屈ですが、これが実態というものでしょう。
藩の方針を定めたり、ひとつのアクションを起こすにも、内部でのさまざまな情報収集と慎重な検討がなされたということでしょう。
こういうのはドラマで描かれるはずはありませんが、やはり大事なことだと思います。
次回は近江屋事件まで行くかどうか。

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【2010/05/03 09:34】 | 中日文化センター
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